認知症予防の日本初のシステム、健常者対象オンラインレジストリ大規模データから
2018-06-04 国立精神・神経医療研究センター 日本医療研究開発機構
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市、理事長:水澤 英洋)は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の認知症研究開発事業の支援により国立長寿医療研究センターなどとともに2016年に運用開始した、認知症の発症予防を目指したインターネット健常者登録システムIROOP®(Integrated Registry Of Orange Plan;アイループ)に関する研究で、オンラインレジストリIROOPに登録された日本人の高齢健常者の大規模データから、認知機能の変化に影響している因子について解明することに成功しました。具体的には、風呂に入る、洋服を着ることなどの日常生活活動が低下すること、抑うつ、がん・糖尿病の既往、慢性的な痛みの有無、および聴力損失、等が認知症の危険因子として抽出されました。このことから身体活動の低下や認知機能の低下を防ぐために、家庭外の社会的活動への参加や気分低下の防止、さらには身体的な痛みの除去や生活習慣病への介入が認知症予防になることが明らかになりました。
これらの結果は、先行研究の結果を支持できるものであり、認知症、特にアルツハイマー病に対して、予防的介入の一助となることが期待されます。
この研究成果は、日本時間2018年5月18日午前4時に、米国科学誌のPLOS ONEオンライン版に掲載されました。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構の認知症研究開発事業「認知症疾患修飾薬の大規模臨床研究を効率的に推進するための支援体制と被験者コホートの構築に関する研究」(研究開発代表者:大阪市立大学 嶋田 裕之)
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構の認知症研究開発事業「時間軸を念頭に適切な医療・ケアを目指した、認知症の人等の全国的な情報登録・連携システムに関する研究」(研究開発代表者:国立長寿医療研究センター 鳥羽 研二)における分担研究
研究の背景
わが国では2025年までに認知症人口が700万人まで達するという推計が発表されています。 認知症、特にアルツハイマー病(Alzheimer’s disease; 以下、AD)に対する対策が急がれていますが、根治薬の開発には至っていません。現時点でAD治療薬の開発・臨床治験の進捗は十分とは言えず、そのため円滑な患者登録の促進も必要とされていました。すなわち、今後、前臨床期、軽度認知症害(Mild Cognitive Impairment ; MCI)および早期ADを対象とした臨床試験を効率的に進めるためにも大規模な効率性の高いリクルート方法の確立が求められていたのです。
また、AD発症リスクは生活習慣病の予防や生活習慣の是正によって軽減できる可能性があることが分かっていました。根治薬の開発が待たれる現在では、AD発症リスクをもつ認知機能正常者の登録システムを整備する重要性が指摘され、それと同時に将来ADに移行するリスク因子探索が急務となっていました。AD治療薬・根治薬が開発されるまでの間、認知症リスク因子を検証し、修正可能なリスク因子へ介入を行うことも喫緊の課題となっていたのです。
そこでNCNPでは、AMEDの支援の下、大規模なインターネット健常者登録システム(Integrated Registry of Orange Plane。以下、IROOP®)の構築・運用開始を2016年に実施し、その後登録されたデータから認知機能へ関連している因子および半年経過後の認知機能の変化に影響している因子を探ることにしました。
研究の内容
2016年7月5日からインターネットを介して日本に在住し日本語を母国語とする40歳以上の健康な国民を対象にIROOP®システムへの登録を開始しました。①2017年8月15日までに全ての初回アンケート項目への回答と電話による10単語記憶検査(あたまの健康チェック)を完了した1038名(平均年齢59.0±10.4歳、男性400名、女性638名)と、②初回アンケート回答から半年経過後の定期アンケートと、③2回目の10単語記憶検査を終了した353名(平均年齢60.2±10.0歳、男性139名、女性214名)のデータを解析対象としました。
方法は、10単語記憶検査から得られた記憶機能指数であるMemory Performance Index (MPI)スコアと関連するアンケート項目を調べるため初回MPIスコアを従属変数、各アンケート項目を独立変数に投入して重回帰分析ステップワイズ法を実施しました。次に認知機能の経時的変化にはどのアンケートの項目が影響しているかを検討するため、初回MPIスコアと半年経過後の2回目MPIスコアの差を従属変数とし、各アンケート項目を独立変数として重回帰分析ステップワイズ法を実施しました。
初回MPIスコアの結果では、「年齢」、「性別」、「教育年数」、「毎日行っている活動;自分で風呂に入る、服を着ることの支障の程度」、「10年前と比べて予期される出来事に対して前もってスケジュールを調整する計画能力の変化」、「糖尿病」、「がんの既往」等のアンケート項目が関連していることがわかりました。次に初回MPIスコアと半年経過後の2回目のMPIスコアの差に影響しているアンケート項目は「年齢」「6か月前と比べて毎日の活動力や周囲への興味減少の程度」「外傷性脳損傷」、「聴力損失の既往」、「痛みの有無」、「人生が空っぽと感じるかどうか」などが関連していることがわかりました。
初回の重回帰分析の結果では、構築されたモデルの決定係数(R 2)は0.608、(p<0.05)で、「あなたの健康状態により自分で風呂に入る服を着ることにどの程度支障がありますか?」という質問に対して「1:かなり支障がある」、「2:少し支障がある」「3:全く支障がない」、という選択肢の中から「3:全く支障がない」を選んだ人は「1:かなり支障がある」と回答した人より約3.8ポイント高いMPIスコアが得られました。「以下の病気に現在かかっているかまたはかかったことがありますか?-聴力損失-」では「1:はい」「2:いいえ」の選択肢の中から「2:いいえ」と回答した人の方が約2.4ポイント高いMPIスコアを示しました。
これらの結果より、風呂に入る、服を着る、スケジュールを立てるなどの日常の活動における支障とそれに伴う気分の落ち込みや意欲の低下が認知機能低下につながることが分かりました。さらに、糖尿病、がんや頭部外傷の既往、聴力の損失、慢性的な痛みも認知機能の低下に関連することが分かったのです。
研究の意義・今後期待される展開
本研究ではIROOP®データベースに登録された健康な日本人の記憶機能指数(MPIスコア)とその変化に影響を及ぼす因子を探ることを目的としました。本研究の結果から日常生活活動の低下が認知機能低下に関連していることが示されました。日常生活活動の低下は家に閉居する要因の一つとなり、その結果社会的活動への参加減少、ひいては気分の低下をもたらすと言われています。家庭外での社会的活動への参加、また参加できる環境があることが認知症予防になると思われます。次に糖尿病、がん、聴力損失、外傷性脳損傷の既往、痛みの有無についても因子として抽出されたことより、生活習慣病や、その他の疾患の予防への取り組みの必要性が示されました。
本システムは半年毎のアンケートと認知機能検査を無料で国民に提供しています。今後さらに経時的なデータの解析を進めていくことにより、認知症予防に貢献できると期待しています。
用語解説
- IROOP®:
- Integrated Registry of Orange Plan(認知症予防のための健常者向け情報登録システム)
- あたまの健康チェック:
- 米国食品医薬品局で認可され新薬治験や国内の地方自治体でも採用されている10単語記憶検査日本版(株式会社ミレニアとの共同研究)
- MPI:
- Memory Performance Index (記憶機能指数)0~100の数値で表され数値が低くなる程、記憶機能の低下を表している。
論文情報
- 著者:
- Ogawa M, Sone D, Maruo K, Shimada H, Suzuki K, Watanabe H, et al. (2018)
- 論文名:
- Analysis of risk factors for mild cognitive impairment based on word list memory test results and questionnaire responses in healthy Japanese individuals registered in an online database.
- 掲載誌:
- PLoS ONE 13(5):e0197466.
- URL:
- https://doi.org/10.1371/journal.pone.0197466
お問い合わせ先
研究に関すること
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
脳病態統合イメージングセンター長 松田 博史
報道に関すること
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
総務課広報係
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 戦略推進部 脳と心の研究課