全ゲノム解析情報を活用して医薬品による治療効果や副作用発現の個人差に関与する薬物代謝酵素CYP1A2の遺伝的特性を解明

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2021-08-06 東北大学大学院薬学研究科,日本医療研究開発機構

ポイント
  • 4773人の全ゲノム解析情報から薬物代謝酵素CYP1A2の遺伝子多型情報を抽出
  • アミノ酸置換型CYP1A2バリアントを人工的に発現させて網羅的に酵素機能変化を解析
  • 患者の遺伝子型からCYP1A2の薬物代謝活性を予測する個別化医療への応用へ期待
概要

東北大学大学院薬学研究科の平塚真弘准教授(同大学・東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)、未来型医療創成センター(INGEM)、病院薬剤部兼任)らの研究グループは、ToMMoが公開する「日本人全ゲノムリファレンスパネル(注1)4.7KJPN」を利用して、薬物代謝酵素CYP1A2(注2)の21種類の遺伝子多型(注3)バリアントタンパク質について、酵素機能に与える影響とそのメカニズムを解明しました。

CYP1A2は臨床現場で用いられる約9%の医薬品(表1)の代謝反応を触媒する重要な酵素です。これまでに、CYP分子種には多くの遺伝子多型が報告されており、特に一塩基多型に由来するアミノ酸置換型バリアントは、タンパク質の立体構造変化による著しい酵素機能の変化が、薬物動態に影響することで薬効や副作用発現の個人差の原因となることが分かっていました。したがって、CYP1A2遺伝子多型に由来するバリアント酵素の機能を詳細に解析することは、それらの特性情報に基づいた医薬品の選択や投与量設計に重要となります。


表1 CYP1A2で主に代謝される医薬品

最近、東北メディカル・メガバンク計画による大規模な一般住民集団の全ゲノム解析によって、これまで見落とされてきたCYP1A2遺伝子多型が多数同定されてきました。これらの遺伝子多型の中には、日本人集団特有の薬物体内動態変動を予測する遺伝子多型マーカーが存在する可能性があります。そこで本研究では、日本人4773人の全ゲノム解析で新たに同定された21種類のCYP1A2遺伝子多型に由来するバリアントタンパク質について、それらが薬物代謝に与える影響を明らかにするために、遺伝子組換え酵素タンパク質を作製して網羅的に機能解析しました。

その結果、CYP1A2の遺伝子多型のうち5種類で解熱鎮痛薬フェナセチンに対する代謝活性が消失し、10種類で代謝活性が50%以下に低下することを明らかにしました。したがって、これらの多型を有する方では、もともと想定される薬物動態とは異なる挙動を示し、医薬品の作用が強すぎたり、副作用が起こりやすくなる可能性があります。さらに、3次元ドッキングシミュレーションモデルを利用して、酵素活性が変化する原因を分子レベルで解析しました。東北メディカル・メガバンク機構の全ゲノム解析情報を活用することで、患者個々に最適な医薬品の種類や投与量を決定するためのコンパニオン診断薬(注4)の開発や従来よりも安全かつ効果的な個別化医療の臨床応用実現の推進が期待されます。

本研究成果は、2021年7月22日公開の国際科学誌Journal of Personalized Medicine誌に掲載されました。

背景

医薬品の効果や副作用発現には遺伝的な個人差が存在し、患者個々に効果的かつ効率的な薬物療法を実施するための、予測性の高いバイオマーカーの同定が求められています。遺伝子配列が複数カ所異なっていてもタンパク質の機能には全く影響がない場合や、逆に遺伝子上の一塩基多型のみでタンパク質の機能が著しく変化する場合もあり、ゲノム解析だけでなくタンパク質の機能変化解析が極めて重要です。特に、薬物代謝酵素は医薬品の体内動態に関わる最も重要な分子であり、それらの遺伝的バリアントがヒトの薬効・副作用発現の個人差に大きく影響すると考えられています。しかし、薬物代謝酵素の遺伝的バリアントが実際にどの程度機能変化を起こすかについては不明な部分が多く、ファーマコゲノミクス(PGx)(注5)検査が臨床で実施されているものは一部にすぎません。したがって、今後、個人のゲノム解析情報が蓄積しても、それらに由来するバリアント酵素の機能変化が正確に評価・予測されなくては、PGx検査のゲノム医療への応用は困難を極めることになります。

平塚准教授らの研究グループはこれまでに、独自の手法により、約300種以上のアミノ酸置換型薬物代謝酵素バリアントを作製し、それらの活性変化を解析することで薬物応答性を予測できる有用なPGx情報を明らかにしてきました。しかし、国内外の他の研究では、存在頻度の高い遺伝子多型に関するものがほとんどであり、低頻度多型に関しては、酵素機能解析はおろか、その存在そのものが未知であるという課題が残っています。

研究成果

本研究では、ToMMoが構築した日本人4773人のコホートで同定された21種のCYP1A2新規レアバリアントの酵素機能的特徴を明らかにしました。各CYP1A2バリアントタンパク質を哺乳動物細胞株発現系で発現させ、フェナセチンをプローブ基質とした酵素反応速度論的解析や3次元立体構造シミュレーションモデルを用いたin silicoのタンパク質-リガンドドッキング解析等を行いました(図1)。

全ゲノム解析情報を活用して医薬品による治療効果や副作用発現の個人差に関与する薬物代謝酵素CYP1A2の遺伝的特性を解明
図1 21種のCYP1A2新規レアバリアント酵素機能変化機能解析各CYP1A2バリアントタンパク質を哺乳動物細胞株293FT発現系で発現させ、フェナセチンをプローブ基質とした酵素反応速度論的解析や3次元ドッキングシミュレーションモデルを用いたin silicoのタンパク質-リガンドドッキング解析等を行いました。


その結果、16種のCYP1A2バリアント(Arg34Trp、Glu44Lys、Gly47Asp、Arg79His、Asp104Tyr、Ala150Asp、Thr324Ile、Gln344His、Ile351Thr、Ile351Met、Arg356Gln、Gly454Asp、Arg457Trp、Val462Leu、Ile474AsnおよびHis501Tyr)では、ホロ酵素(注6)量の有意な減少や酵素活性が低下することが明らかになりました。4種のバリアント(Leu98Gln、Gly233Arg、Ser380delおよびIle401Thr)については、ホロ酵素量も酵素活性も定量限界以下になることが判明しました。これらの活性消失型バリアントにおけるin silico解析の結果、ヘム結合部位に隣接するアミノ酸残基の相互作用に違いがあることが判明し、これがホロ酵素としてスペクトル検出できない理由と考えられました。さらに、基質認識部位や活性部位にも著しい構造的な変化が認められ、これらのバリアントが示す酵素活性消失の原因であるという仮説が支持されました。

今後への期待

本研究では、東北メディカル・メガバンク機構が構築した一般住民バイオバンクの全ゲノム解析情報を活用して、CYP1A2だけでなく、様々な薬物代謝酵素における約1000種の組換えバリアントを作製・機能評価を目的としています。これにより、これまで見落とされてきた薬物代謝酵素活性に影響を及ぼす重要な低頻度遺伝子多型を同定し、遺伝子型から表現型を高精度で予測できる薬物応答性予測パネルを構築できると考えられます。さらに今後、薬物代謝酵素の発現量に影響を及ぼすプロモーター・イントロン多型、miRNA、エピゲノム、臨床研究情報等を加えることにより、患者個々の薬物応答性を高精度に予測できるPGxコンパニオン診断薬の開発や医療実装が期待できます。

謝辞

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)のゲノム創薬基盤推進研究事業「網羅的生体情報を活用したゲノム診断・ゲノム治療に資する研究:ファーマコゲノミクスにより効果的・効率的薬剤投与を実現する基盤研究、課題名(健常人バイオバンクを活用した薬物代謝酵素遺伝子多型バリアントの網羅的機能変化解析による薬物応答性予測パネルの構築)(JP19kk0305009)、東北メディカル・メガバンク計画(東北大学)東日本大震災復興特別会計分(JP20km0105001)、東北メディカル・メガバンク計画(東北大学)一般会計分(JP20km0105002)、文部科学省先端研究基盤共用促進事業などの支援を受けて実施されました。

論文情報
論文名
Functional Characterization of 21 Rare Allelic CYP1A2 Variants Identified in a Population of 4773 Japanese Individuals by Assessing Phenacetin O-deethylation(フェナセチンO-脱エチル化活性を指標とした4773人の日本人集団で同定された21種類のCYP1A2レアバリアントの酵素機能変化解析)
著者名
Masaki Kumondai1,2, Evelyn Marie Gutiérrez Rico1, Eiji Hishinuma3,4, Yuya Nakanishi1, Shuki Yamazaki1, Akiko Ueda3, Sakae Saito3,4, Shu Tadaka4, Kengo Kinoshita3,4, Daisuke Saigusa4, Tomoki Nakayoshi5, Akifumi Oda5, Noriyasu Hirasawa1,2,3, Masahiro Hiratsuka1,2,3,4 (1東北大学大学院薬学研究科、2東北大学病院薬剤部、3東北大学未来型医療創成センター、4東北大学東北メディカル・メガバンク機構、5名城大学薬学部)
雑誌名
Journal of Personalized Medicine
DOI
10.3390/jpm11080690
公表日
2021年7月22日
用語解説
(注1)日本人全ゲノムリファレンスパネル
数千人規模の全ゲノム解析を行い構築した日本人のリファレンスパネル。一塩基バリアント(Single Nucleotide Variant:SNV)、挿入・欠失の位置情報、アレル頻度情報などをまとめたデータベース。
(注2)CYP1A2
薬物代謝酵素であるシトクロムP450分子種の1種であり、主に肝臓に発現している。気管支拡張薬テオフィリン、統合失調症治療薬オランザピン、狭心症治療薬プロプラノロールなどの代謝反応を触媒する。
(注3)遺伝子多型
ゲノムDNA配列の個人間の違い。
(注4)コンパニオン診断薬
特定の医薬品の有効性や安全性を一層高めるために、その使用対象患者に該当するかどうかなどをあらかじめ検査する目的で使用される診断薬。
(注5)ファーマコゲノミクス
ゲノム情報(遺伝子情報)に基づいた創薬研究と、医薬品の作用と患者個人の遺伝子特性との関係性を研究する学問(ゲノム薬理学)を指す。ファーマコゲノミクスの目的は、個々の患者に最適化された医薬品や投薬法の開発である。患者個人の遺伝子に最適な医薬品を開発・投与することで、医薬品の効果の向上や副作用の抑制が期待でき、医療費の削減につながることが期待される。
(注6)ホロ酵素
タンパク質成分のほかに活性に必須な非たんぱく質成分を含み(CYPの場合はヘム)、これらすべてが結合している酵素。タンパク質部分のみを示すアポ酵素に対する語。
お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ
東北大学大学院薬学研究科 准教授 平塚真弘(ひらつかまさひろ)

報道に関するお問い合わせ
東北大学薬学部総務係(〒980-8578 仙台市青葉区荒巻字青葉6-3)

AMED事業に関するお問い合わせ
(ゲノム創薬基盤推進研究事業)
日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課

有機化学・薬学
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