ジャパンラグビートップリーグ選手におけるメンタルフィットネス*1の調査からの報告
2022-01-18 精神・神経医療研究センター,筑波大学
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部、日本ラグビーフットボール選手会、筑波大学のグループは、ジャパンラグビートップリーグ所属(当時)の男性ラグビー選手に実施したCOVID-19感染拡大前後の二時点の調査から、日本のアスリートのメンタルヘルス実態について、環境変化により不調が改善される一群がいる一方で、専門家による支援が必要な選手が一定数存在することを示しました。
COVID-19感染拡大前(2019年12月-2020年1月)と感染拡大中(2020年12月-2021年2月)に実施した調査に回答した男性ラグビー選手、それぞれ251名と227名のデータを比較分析しました。COVID-19感染拡大前では、何らかのメンタルヘルス不調を抱える選手の割合は42.2%(内訳:心理的ストレス(32.2%); 中等度~重度のうつ不安症疑い(10.0%))だったのに対し、1年後のCOVID-19感染拡大中には、不調者の割合は25.2%(内訳:心理的ストレス(15.0%); 中等度~重度のうつ不安症疑い(10.2%))で、心理的ストレスを抱える選手の割合が有意に減少し、中等度~重度のうつ不安症疑いの選手の割合には違いがありませんでした。この結果は、環境変化により状態が改善される比較的軽症な一群がいる一方で、環境調整に加えて専門家の支援を要する一群が一定数存在する可能性を示していると考えられ、国内スポーツ組織に、体系的なメンタルヘルスケアシステムを構築する必要性を示した知見となりました。
本研究成果は日本時間2022年1月18日13時(中央ヨーロッパ時間:1月18日6時)に「International Journal of Public Health」に掲載されました。
研究の背景
COVID-19感染拡大は人々の生活を一変させました。緊急事態宣言中には、多くのアスリートが世の中に広くメッセージを届ける姿に、大いに勇気づけられ、アスリートやスポーツの価値の大きさを改めて認識する機会になりました。一方、著名なアスリートのメンタルヘルス不調や治療経験の告白により、アスリートにおけるメンタルヘルスケアのあり方が日本国内でも注目されています。国際的には、アスリートのメンタルヘルス研究や実践が進み、メンタルヘルスの問題はアスリートにも無関係ではないという理解が広がりつつあり、既にメンタルヘルスケアシステムが実装されている国もあります。
COVID-19感染拡大は、アスリートのメンタルヘルスにも影響を与えました。欧州サッカーリーグでの調査研究では、欧州諸国でロックダウンが実施されていた時期には、感染拡大以前よりも、不安症・うつ病が疑われる選手の割合が有意に高いことが報告されています。本研究では、日本のラグビー選手において、COVID-19感染拡大前と、その1年後に行われたメンタルヘルス調査の結果を比較することで、COVID-19感染拡大による環境変化が選手のメンタルヘルスに与えた影響を検討しました。
研究の内容
方法:COVID-19感染拡大前(2019年12月〜2020年1月)と、1年後のCOVID-19感染拡大中(2020年12月〜2021年2月)に実施された調査データを分析しました。いずれの調査も、日本ラグビーフットボール選手会から各選手にwebアンケート調査が配布され、調査説明に同意した選手から回答を得ました。調査項目には、うつ病・不安障害が疑われる状態(K6*2)が含まれました。本調査を分析するにあたっては、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター倫理委員会の承認を受けています。
結果:COVID-19感染拡大前の調査では、251名の回答があり、このうち、32.2%(81名)がこの一ヶ月間に心理的ストレス、4.8%(12名)はうつ・不安症の疑い、5.2%(13名)は、重度のうつ・不安症の疑いに相当する状態でした(重度とは、社会機能に支障をきたす程度)。その1年後のCOVID-19感染拡大中の調査では、227名が回答し、15.0%(34名)は心理的ストレス、6.7%(15名)はうつ・不安症の疑い、3.5%(8名)が中等度~重度のうつ不安症疑いに相当する状態でした。この二時点で比較すると、COVID-19感染拡大前からCOVID-19感染拡大中かけて、心理的ストレスを経験している者の割合が有意に減少していました。一方、うつ・不安症の疑いあるいは重度のうつ・不安症の疑い相当の状態の選手割合に違いはありませんでした。
図1:COVID-19前後のメンタルヘルス不調者の割合比較
結果から 言えること
日本のラグビー選手においては、COVID-19感染拡大前の状況と比べると、COVID-19感染拡大期間に、何らかのメンタルヘルス不調(心理的ストレス〜重度のうつ不安症疑い)を抱える選手の割合は小さくなったことが示されました。特に、心理的ストレスを抱える選手の割合が有意に減少していました。中等度~重度のうつ不安症疑いの不調を抱える選手の割合には違いがありませんでした。COVID-19感染拡大は、アスリートの生活環境にも変化をもたらしました。その中で、リモートワークやイベントのオンライン参加など、レスト(休息やリフレッシュ)にも使うことができるような時間が増えたと言えるかもしれません。そのような環境変化により状態が改善される比較的軽症な一群(心理的ストレス)がいる一方で、環境の変化のみでは状態が改善されず、専門家の支援を要するような一群(中等度~重度のうつ不安症疑い)が一定の割合で存在することも示しました。
この知見を踏まえると、国内スポーツ組織・チームに、メンタルヘルス専門家への相談窓口等を含めた体系的なケアシステムを導入することが求められます。この数年で、国際スポーツ組織から、次々と、アスリートのメンタルヘルスケアの必要性を訴える内容の声明文が発表されています。日本のスポーツ界にとっても、メンタルヘルスケアシステムの構築は喫緊の課題と言えます。
本調査は、日本ラグビーフットボール選手会と研究者の共同プロジェクト「よわいはつよいプロジェクト」から生まれた取り組みです。日本のスポーツ界において、メンタルフィットネスへの意識を高め、アスリートへの有効なメンタルヘルス支援策の開発を目的にしています。「よわいはつよいプロジェクト」のwebサイトでは、アスリートが、心の状態を認識し、受け入れ、困難への柔軟な対応力を高めるための情報を発信しています。
論文情報
雑誌名:International Journal of Public Health
論文タイトル:Anxiety and depressive symptoms in the new life with COVID-19: A comparative cross-sectional study in Japan Rugby Top League players
著者:Yasutaka Ojio*, Asami Matsunaga, Shin Kawamura, Masanori Horiguchi, Goro Yoshitani, Kensuke Hatakeyama, Rei Amemiya, Ayako Kanie, Chiyo Fujii
DOI:10.3389/ijph.2021.1604380
URL:https://www.ssph-journal.org/articles/10.3389/ijph.2021.1604380/full
用語解説
*1 メンタルフィットネス:⼼の状態を正しく認識し、受け容れて、柔軟に対応する⼒。心の健康やそのケアの必要性について、より受け入れやすいフレーズとして、ニュージーランドラグビー協会が発案し使用している。
*2 K6:6項目の質問により過去30日間のメンタルヘルス状況を測る尺度。合計得点は0点から24点までで、得点が高いほど心理的ストレスが強いことを意味する。5-10点は心理的ストレス、11-12点はうつ・不安障害の疑い、13-24点は重度のうつ・不安障害が疑われる状態の可能性がある。
よわいはつよいプロジェクト
ウェブサイトURL:https://yowatsuyo.com/
本研究への支援
公益財団法人トヨタ財団2019年度「先端技術と共創する新たな人間社会」(代表者 小塩靖崇)
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国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部
小塩靖崇(おじおやすたか)
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国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係
国立大学筑波大学 広報室