2022-08-09 東京大学
発表者
山元 孝佳(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
上林 勇太(東京大学 教養学部 統合自然科学科 4 年(研究当時))
大塚 祐太(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程(研究当時))
道上 達男(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授)
Stefan Hoppler(アバディーン大学 医科学研究所 教授)
発表のポイント
- Wnt(ウィント)と呼ばれるシグナル分子は、その濃度に応じてさまざまな臓器の形成を担う。本研究ではWnt の分布を狭い範囲に高濃度で留め、心膜を薄く形成する仕組みとして、Wnt 受容体に捕らえられたWnt 量に応じてWnt 受容体が増産されること(受容体フィードバック)を明らかにした。
- 生体を用いた実験と数理モデルの両方で調べた結果、受容体フィードバックはWnt の生産量のブレやからだの形成スピードの変化の影響を緩和して、心膜の厚さを一定に保つことが明らかになった。
- この発見は、試験管内で臓器を再現性良く作成する等の応用にも繋がる重要な知見である。
発表概要
東京大学の山元孝佳助教、上林勇太学部生(研究当時)、大塚祐太大学院生(研究当時)、道上達男教授は、英国アバディーン大学のStefan Hoppler 教授らとの共同研究により、アフリカツメガエル(注1)胚を用いて、薄い心膜が再現性良く形成される仕組みを解明しました。
心膜は水風船のように薄く、心嚢(しんのう)液と共に心臓を包むことで、心臓への衝撃を吸収しています。衝撃を柔軟に吸収するために心膜は薄いことが重要ですが、受精卵からのからだづくりの過程で、心膜がどのようにして薄く、そしてさまざまな変動要因の影響をあまり受けずに常にほぼ同じ薄さで形成されているかは分かっていませんでした。
心膜は拡散性のタンパク質(注2)のWnt6 が高濃度になると形成されます。Wnt6 は心膜の外側の特定の細胞で生産・分泌され、心臓領域で濃度勾配を形成します。本研究グループがWnt6 の受容体(注3)の量を制御する仕組みを調べたところ、心臓領域ではWnt6 量に応じてWnt6 の受容体が増産されること(受容体フィードバック)が明らかになりました。
このようにトラップ(受容体)でWnt6 を捕らえたときに、トラップを増やしてさらにWnt6を捕らえることで、Wnt6 の分布を狭い範囲に留めていることが分かりました。さらに、アフリカツメガエル胚や数理モデルを使って、この受容体フィードバックが生物にとってどういうメリットがあるのかを調べたところ、受容体フィードバックはWnt の生産量などが変化しても心膜の薄さを保ち、再現性の良い心膜形成を可能にしていることが明らかになりました。
なおWntを狭い範囲に留めておくだけであれば、最初から全細胞で大量に受容体を用意しても良いのですが、受容体フィードバックにより、必要に応じて必要な場所で受容体を作ることで、受容体作成にかかるエネルギーの節約、すなわち省エネを実現していると考えられます。
本研究成果は、2022年8月9日(英国夏時間)に国際科学誌「eLife」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
私たちヒトなどの動物の心臓は、心膜に包まれています。薄い心膜に心嚢液が貯まって水風船のようになり、心臓と他の組織の衝突を緩和しています。しかしどのようにして心膜を薄く、再現性良く形成しているのかはこれまで分かっていませんでした。
受精卵からのからだづくりの過程では、さまざまな拡散性タンパク質が細胞の外で濃度勾配を形成し、その濃度に応じてさまざまな種類の組織・器官が出来ていきます。心膜も例外ではなく、Wnt6と呼ばれる拡散性のタンパク質が心膜の外側で生産・分泌されて、Wnt6が高濃度な領域で心膜が形成されます。しかしWnt6を狭い範囲に高濃度で留めておく仕組みは分かっていませんでした。本研究グループは、細胞外に存在するWnt6の受容体と、Wntに結合する拡散性タンパク質であるsFRP1や細胞外基質であるヘパラン硫酸(注4)に着目して研究を行い、その仕組みを明らかにしました。
まずWnt6の受容体の量を制御する仕組みを調べたところ、心臓領域ではWnt6の量に応じて受容体が発現すること(受容体フィードバック)が明らかになりました。次に、アフリカツメガエル胚や数理モデルを使って、受容体フィードバックの生物学的な意義を調べました。その結果、この受容体フィードバックはWntの量が変化しても心膜の厚さを一定に維持することが明らかになりました。また特にカエルをはじめとした変温動物では、からだづくりのスピードが温度などに応じて変化することが知られています。本研究では、からだづくりの一部のスピードが変化してしまった際にも、この受容体フィードバックがあれば悪影響が軽減され、通常通りの心臓形成が行なえることも分かりました。
さらに心膜の内側の心筋領域ではsFRP1というWnt6に結合してWnt6の機能を抑制するタンパク質が分泌されています。本研究グループは、細胞外基質であるヘパラン硫酸のうち、高レベルにN-acetyl化されたヘパラン硫酸が心膜を含む心臓予定領域の広範囲に発現し、このヘパラン硫酸にsFRP1が集まることを発見しました。さらに数理モデルを用いて調べたところ、受容体フィードバックに加えて、sFRP1とヘパラン硫酸がはたらくことで心膜領域がより狭い範囲に限定される(心膜を薄く形成する)ことが分かりました。また、受容体フィードバックと同様にsFRP1とヘパラン硫酸が、からだづくりのスピードの変化に対する頑強性に寄与することも分かりました(図)。
図:心臓分化過程におけるWntの分布制御の模式図Wnt6は外胚葉から分泌され、細胞外を拡散する。心臓中胚葉領域ではWnt6の濃度に応じて、受容体のFrizzled-7が発現する。予定心筋領域からはWnt結合性の抑制性タンパク質であるsFRP1が分泌される。sFRP1に結合するN-acetyl化されたヘパラン硫酸は心膜を含む心臓予定領域の広範囲に発現している。これらのはたらきで、心膜領域は狭く規定されている。
Wntや受容体、sFRP1、ヘパラン硫酸は心臓形成だけでなく、心臓の修復や再生時にもはたらき、その他のさまざまな細胞分化でも重要な役割を果たします。これらの分子はいずれも細胞外ではたらくことから薬剤のターゲットとしても有望であり、再生医療等への応用も期待されます。
本研究は、Daiwa Anglo-Japanese Foundation(課題番号:12969/13787)、科研費(課題番号: JP18K06244、JP19K16138、JP21K06183)、BHF Centre of Research Excellence(課題番号:RG/18/8/33673)、Biotechnology and Biological Sciences Research Council (BBSRC) (課題番号:BB/N021924/1、BB/M001695/1)、Leverhulme Trust(課題番号:SRF/R1/191017)の支援により実施されました。
発表雑誌
雑誌名:「eLife」(オンライン版:8月9日)
論文タイトル:Positive feedback regulation of frizzled-7 expression robustly shapes a steep Wnt gradient in Xenopus heart development, together with sFRP1 and heparan sulfate
著者:Takayoshi Yamamoto*, Yuta Kambayashi, Yuta Otsuka, Boni Afouda, Claudiu Giuraniuc, Tatsuo Michiue, Stefan Hoppler (*責任著者)
DOI:https://doi.org/10.7554/eLife.73818
問い合わせ先
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
助教 山元 孝佳(やまもと たかよし)
用語解説
(注1)アフリカツメガエル
南アフリカ原産のカエルで、学名はXenopus laevis。温度管理された実験室内では、通年産卵させることが可能で、細胞分裂の研究や発生生物学の研究を中心に広く用いられてきた。例えばジョン・ガードン博士はアフリカツメガエル卵の核を取り除いて、代わりに成体の細胞の核を移植しても、成体のカエルが発生することを示した。この実験から成体細胞核の初期化の可能性が示され、2012年に山中伸弥博士とともにノーベル生理学・医学賞を受賞するに至った。
(注2)拡散性(の)タンパク質
タンパク質は細胞によって生産され、細胞内外でさまざまな機能を担う分子である。例えば細胞内で梁のように細胞を支えるタンパク質や細胞内外の化学反応を触媒する酵素、細胞膜上で細胞外と細胞内の情報伝達を担う受容体などがある。拡散性タンパク質は細胞外へ分泌されて拡散し、濃度勾配を形成する。
(注3)受容体
Wntなどのシグナル分子と結合して、細胞にシグナルを伝える役割をもつ分子の総称。拡散性タンパク質の受容体は通常、細胞膜に存在するタンパク質である。
(注4)ヘパラン硫酸
ヘパラン硫酸はグルクロン酸とN-アセチルグルコサミンからなる二糖が多数連なった鎖状の分子である。ヘパラン硫酸は細胞表面等に存在しさまざまな化学修飾を受け、修飾の種類に応じて異なる種類の分子と結合する。