2022-12-14 東京大学
- 発表者
- 佐々木 舞雪 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程:研究当時)
西村 慎一 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 講師)
八代田 陽子 (理化学研究所 環境資源科学研究センター 副チームリーダー)
松山 晃久 (理化学研究所 環境資源科学研究センター 専任研究員)
掛谷 秀昭 (京都大学 大学院 薬学研究科 教授)
吉田 稔 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授/理化学研究所 環境資源科学研究センター グループディレクター)
発表のポイント
- 免疫抑制剤の新しい生物活性を見出し、その作用メカニズムを明らかにしました。
- 真菌において免疫抑制剤の標的分子であるFKBP12タンパク質がイソロイシンの生合成酵素にブレーキをかけることを発見しました。
- イソロイシンの生合成酵素の新しい制御メカニズムを詳細に解明することで、抗真菌剤の開発に貢献することが期待されます。
発表概要
放線菌が産生するタクロリムス(FK506)やラパマイシン(注1)は免疫抑制剤や難治性リンパ管疾患治療薬として利用されており、それらは細胞内のタンパク質FKBP12(注2)に結合して作用を発揮することが知られています。FKBP12は真核生物に広く保存されていますが、その細胞内での本来の機能はあまりよく分かっていません。東京大学大学院農学生命科学研究科の佐々木舞雪大学院生(研究当時)、西村慎一講師、吉田稔教授らは理化学研究所、京都大学と共同研究を行い、分裂酵母においてFKBP12はアミノ酸の一種であるスレオニンの脱アミノ化を触媒するTda1タンパク質の機能を抑制し、それによりイソロイシン(注3)の生合成を抑制することを明らかにしました。イソロイシンの生合成経路はさまざまな因子により制御を受けることが知られていますが、FKBP12による抑制はこれまで知られていませんでした。この発見は、FKBP12がイソロイシンの生合成酵素の活性を制御する役割を持つことを示すとともに、真菌(注4)にとって重要なイソロイシン生合成経路をヒトは持たないことから、新しい抗真菌剤の開発にもつながることが期待されます。本研究成果は、2022年12月6日(米国東部標準時)に米国科学誌「iScience」オンライン版に正式版が掲載されました。
発表内容
図1:イソロイシンの生合成経路。スレオニンを出発原料として合成され、最初にはたらく酵素であるスレオニンデアミナーゼTda1は最終産物であるイソロイシンによりフィードバック阻害を受ける(赤)。本研究ではTda1がさらにFKBP12により抑制されることを見出した(橙) (拡大画像↗)
図2:スレオニンデアミナーゼTda1の機能制御。スレオニンデアミナーゼTda1は触媒ドメイン(グレー)と制御ドメイン(緑)から構成され、触媒ドメインがスレオニンやセリンの脱アミノ化反応を担う。制御ドメインにはイソロイシンやバリンが結合し、触媒活性の阻害や促進を行う。FKBP12(橙)は本研究によって新たに見いだされた抑制因子である。その阻害様式は未解明であり、今後の検討課題である。(拡大画像↗)
FKBP12はヒトから微生物まで真核生物に広く保存されたタンパク質で、タンパク質のペプチド結合の異性化を触媒する酵素です。免疫抑制剤であるFK506やラパマイシンはFKBP12に結合し、その複合体がさらにそれぞれカルシニューリンおよびmTOR複合体に結合することでそれらの機能を阻害し、免疫反応や細胞増殖を抑制します。FKBP12は細胞内に豊富に存在するタンパク質のひとつで重要な細胞機能を担っていることが想像できますが、ノックアウトをしてもほとんど効果が見られないことから、その機能について理解されていることはごくわずかです。本研究ではFKBP12がイソロイシン生合成経路で最初に働く酵素であるスレオニンデアミナーゼTda1(図1、図2)にブレーキをかけ、それによりイソロイシンの生合成を抑制することを明らかにしました。
本研究は別のアミノ酸であるセリンの代謝を阻害する化合物の探索研究からスタートしました。セリンはメチル基の供給源でありDNAの原料である核酸や細胞膜の構成分子である脂質などの合成原料となります。このため、がん細胞の増殖や転移にはセリンの代謝が重要で、セリンの代謝を阻害する化合物があれば新しい抗がん剤開発の糸口になると考えたからです。そこで真核モデル生物である分裂酵母を用いて、セリンを唯一の窒素源として培地に添加したとき(以後セリン培地と呼ぶ)にのみ細胞増殖を抑制する化合物を探索したところ、免疫抑制剤であるFK506がヒット化合物として得られました。FK506はFKBP12に結合して作用を発揮することからFKBP12に結合するほかの免疫抑制剤・増殖阻害剤であるラパマイシンや、薬理活性を示さないFKBP12の阻害剤SLFを試験したところ、いずれもやはりセリン培地において分裂酵母の増殖を抑制しました。また、FKBP12をコードする遺伝子を破壊したところ、期待通りFKBP12阻害剤処理と同等の効果を示したことから、分裂酵母がセリンを利用するにはFKBP12が必要であることが明らかになりました。
FKBP12の下流で働く分子を明らかにするために、細胞内の代謝物を一斉検出するメタボローム解析(注5)を行い、遺伝子破壊株や遺伝子発現低下株を用いた遺伝学スクリーニングを行いました。するとFKBP12の阻害剤により細胞内のスレオニンの蓄積量が変化すること、スレオニンデアミナーゼをコードするtda1遺伝子の発現抑制によりセリン培地で特に細胞増殖が抑制されることが明らかとなり、Tda1タンパク質がFKBP12によって調節される相手である可能性が示唆されました。Tda1はイソロイシンの生合成経路で最初に働く酵素で、tda1遺伝子の発現を強力に抑制するとイソロイシンを合成できず、通常の培地でもイソロイシンがないと細胞が増殖できなくなります。ところが、tda1遺伝子の発現を抑制してもFKBP12のノックアウトやFKBP12阻害剤の処理により細胞増殖抑制があまり見られなくなること、FKBP12をノックアウトした細胞ではTda1の酵素活性が上昇することが明らかとなり、FKBP12がTda1の酵素活性を抑えていることが示されました。
Tda1はスレオニンを基質としてα-ケト酪酸を合成し、それがイソロイシン合成の基質になります。これまでにイソロイシンがTda1タンパク質の活性をフィードバック阻害(注6)することや、イソロイシンと似たアミノ酸であるバリンがこのフィードバック阻害を解除することが知られていましたが、本研究によりTda1はさらにFKBP12によってブレーキが掛けられていることが明らかになりました。ブレーキをかけることの生理的な意義はいまだ未解明ですが、イソロイシンが細胞内に過剰に存在することは細胞にとって不都合である可能性を示唆しています。また、ほかの真菌類でもスレオニンデアミナーゼがFKBP12により同様の機能抑制が行われているのかも興味深い点です。これらを解明することによって、ヒトには存在しないTda1が真菌の増殖を特異的に抑制するための新たな治療薬ターゲットになることが期待できます。
本研究は、科研費「新学術領域研究(課題番号:17H06401)」、「基盤研究(S)(課題番号:19H05640)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:21K19067)」、「基盤研究(C)(課題番号:22K05397)」などの支援により実施されました。
発表雑誌
- 雑誌名
- iScience(オンライン版:12月22日付)
- 論文タイトル
- FK506 binding protein, FKBP12, promotes serine utilization and negatively regulates threonine deaminase in fission yeast.
- 著者
- Mayuki Sasaki, Shinichi Nishimura*, Yoko Yashiroda, Akihisa Matsuyama, Hideaki Kakeya, Minoru Yoshida*
- DOI番号
- 10.1016/j.isci.2022.105659
- 論文URL
- https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(22)01931-9
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 微生物学研究室
教授 吉田 稔(よしだ みのる)
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 微生物学研究室
講師 西村 慎一(にしむら しんいち)
京都大学大学院薬学研究科 システムケモセラピー(制御分子学)分野
教授 掛谷 秀昭(かけや ひであき)
用語解説
注1 タクロリムス(FK506)とラパマイシン
バクテリアの一種である放線菌が産生する生理活性物質で、免疫抑制剤や難治性リンパ管疾患治療薬として用いられている。両薬剤ともFKBP12に結合し、タクロリムスとFKBP12の複合体はカルシニューリンに結合し、ラパマイシンとFKBP12の複合体はmTOR複合体に結合することでそれらの活性を阻害し薬効を示す。タクロリムスは開発番号であるFK506と呼ばれることも多い。
注2 FKBP12
細胞内に豊富に存在するタンパク質で、タンパク質のペプチド結合を異性化させる触媒活性を有する。タクロリムス(FK506)の結合タンパク質として同定されたもので、FKBPはFK506-Binding Proteinの略、12は分子量12 kDaを示す。
注3 イソロイシン
タンパク質を構成するアミノ酸の一つ。バリン、ロイシンとともに分岐鎖アミノ酸と呼ばれる。ヒトにとっては必須アミノ酸で食事から摂取する必要があり、微生物や植物は細胞内で合成する。
注4 真菌
カビやキノコ、酵母を含む真核生物の菌類を指す。人類に有益な種も多いが、重篤な感染症を引き起こす種も多く知られている。ヒトと同じ真核生物であるため抗真菌薬の開発は容易ではなく、真菌のみにみられる細胞機能の発見とそこに特異的に作用する抗生物質の開発が求められている。
注5 メタボローム解析
メタボライト(代謝物)を一斉検出する解析手法。質量分析計を用いることで、一回の分析で数百以上のメタボライトを検出・同定することができる。
注6 フィードバック阻害
代謝経路ではたらく酵素がその経路の最終産物により機能阻害を受けることを指す。最終産物の過剰な産生を防ぐ制御機構である。