真社会性をもつササコナフキツノアブラムシと2種類の共生細菌が織りなす複合共生系を発見

ad

2022-12-26 基礎生物学研究所

昆虫アブラムシの共生器官の細胞内には共生細菌ブフネラが存在し、両者はお互い相手なしでは生きていけないほど絶対的な相互依存関係にあり(絶対共生)、エンドウヒゲナガアブラムシ等を使った研究でその仕組みが明らかにされています。また、アブラムシの種や株によってはブフネラに加えて別の共生細菌が共感染していることがあり、それらが環境適応に有利な機能を宿主にもたらす例も知られています(任意共生)。複数の共生者から成る複合共生系の進化についてはあまり研究が進んでいませんでした。
今回、基礎生物学研究所の賴本隼汰 大学院生(総合研究大学院大学、元 日本学術振興会特別研究員DC2)と重信秀治教授を中心とするグループは、真社会性をもつササコナフキツノアブラムシが2種の共生細菌ブフネラとアルセノフォナスと密接な共生関係にあり、複合共生系を築いていることを発見しました。日本に分布する複数のササコナフキツノアブラムシ集団で共生細菌を探索したところ、すべての集団でブフネラに加えてアルセノフォナスという細菌が検出されました。両方の共生細菌は同じ共生器官の異なる細胞内に棲み分けがされており、母親から子へ垂直伝播していることがわかりました。また、両方の共生細菌のゲノムを決定したところ、栄養合成に関わる遺伝子レパートリーに相補性が見られました。これらの結果を統合し、ササコナフキツノアブラムシはアルセノフォナスとも絶対共生の関係にあり、ブフネラと協調して宿主と複合共生系を築いていると結論づけました。また、真社会性のカースト間で共生状態に違いが見られました。ブフネラとアルセノフォナスによる絶対共生の例は世界で初めてであり、本研究は複合共生系の進化の共通原理を理解するのに貢献すると期待されます。
本研究成果は、2022年11月2日付で国際学術誌「iScience」誌に発表されました。
真社会性をもつササコナフキツノアブラムシと2種類の共生細菌が織りなす複合共生系を発見図1. ササコナフキツノアブラムシと2種の細胞内共生細菌ブフネラ、アルセノフォナス
(左)アズマネザサの葉裏で生活するササコナフキツノアブラムシの集団。(右)ササコナフキツノアブラムシの共生器官。蛍光染色し、DNAを灰色、ブフネラを緑色、アルセノフォナスをマゼンタ色で示しています。共生器官の外側に位置する細胞にはブフネラ、内側に位置する合胞体細胞にはアルセノフォナスが局在しています。

【研究の背景】
共生とは、異種の生物が共に生活する現象を指します。中でも細胞内共生は、宿主の細胞内に共生者が取り込まれており、両者が密接に相互作用しています。共生者が宿主に新たな機能をもたらす例が知られており、宿主の進化の原動力になっています。
細胞内共生の研究で一つのモデルとなっているのが、昆虫アブラムシとその共生細菌ブフネラ(Buchnera aphidicola)の共生です。ブフネラはアブラムシの腹部にある共生器官の細胞内に共生し、餌に不足するアミノ酸やビタミンを合成してアブラムシに供給する機能を有します。また、ブフネラは多くの遺伝子を失っており、宿主の細胞外では増殖できません。このように、アブラムシとブフネラはお互い相手なしでは生きていけないほど絶対的な相互依存関係にあり(絶対共生)、エンドウヒゲナガアブラムシ(Acyrthosiphon pisum)等を使った研究でその仕組みが明らかにされています。また、アブラムシの種や系統によってはブフネラに加えて別の共生細菌が共感染していることがあり、それらが高温耐性や天敵である寄生蜂への抵抗性など環境適応に有利な機能を宿主にもたらす例も知られています(任意共生)。複数の共生者から成る複合共生系の進化についてはあまり研究が進んでいませんでした。
世界には約5000種ものアブラムシが存在します。本研究対象であるササコナフキツノアブラムシ(Ceratovacuna japonica)は、日本に広く分布しており、エンドウヒゲナガアブラムシにはない面白い特徴をいくつも持っています。例えば、ササコナフキツノアブラムシは春から夏にかけて、木本植物エゴノキに袋状のこぶ(虫こぶ)を形成し、中に籠城して生活します。夏から秋にかけては草本植物ササ類に飛んでいき、餌として利用します(寄主植物の転換)。また、ササコナフキツノアブラムシはハチやアリ、シロアリなどで知られる高度な社会性(真社会性)をもち、普通個体(生殖カースト)に加え、形態や役割の異なる不妊個体(兵隊カースト)を産出します。兵隊カーストは発達した前脚やツノなどの武器形質を用いて、天敵から集団を防衛する役割を担います。このような興味深い生命現象からササコナフキツノアブラムシは、寄主植物との関係や真社会性の進化など、基礎生物学的に重要なモデル生物となる可能性を秘めています。
今回、研究グループは、ササコナフキツノアブラムシの室内飼育系を立ち上げ、これまで本種で調べられていなかった共生現象に着目しました。その結果偶然にも、アブラムシ類に共通してみられるブフネラに加え、別の共生細菌が共感染していることを発見し、それらが宿主と複合共生系を築いていることを明らかにしました。

【研究の成果】
まず、ササコナフキツノアブラムシにどのような細菌が感染しているのかを調べました。16S ribosomal RNA gene amplicon sequencing[用語解説1]を用いた細菌叢解析により、北海道、新潟県、東京都、長野県、愛知県、大阪府、長崎県で採集したすべてのササコナフキツノアブラムシ集団から、ブフネラに加えてアルセノフォナスという細菌が検出されました。
次に、検出された細菌が宿主のどこに感染しているのかを調べました。ブフネラ、アルセノフォナスの16S rRNA gene配列のそれぞれ特異的な領域で蛍光DNAプローブを作成し染色すると、両方とも共生器官の細胞内に共生していました(図1)。また、共生器官の外側に位置する細胞にはブフネラ、内側に位置する合胞体細胞にはアルセノフォナスが局在し、同じ共生器官の中でも棲み分けがされていることがわかりました。これらの結果から、ササコナフキツノアブラムシは、ブフネラに加えてアルセノフォナスとも密接な共生関係を築いていると考えられます。それでは、これらの共生細菌にはどのような役割があるのでしょうか。
ササコナフキツノアブラムシのブフネラとアルセノフォナスの全ゲノム塩基配列を決定し、保有されている遺伝子レパートリーから共生細菌の機能を推定しました(図2)。ササコナフキツノアブラムシのブフネラのゲノムは、一般的なアブラムシのブフネラのゲノムよりも小さい約400 kbで、ビタミンB2(リボフラビン)の合成に必須な遺伝子をすべて失っていました。一方、ササコナフキツノアブラムシのアルセノフォナスはゲノムは同様に縮小しているものの、リボフラビンの合成に必須な遺伝子をすべて保有していました。この遺伝子レパートリーの相補性から、ササコナフキツノアブラムシではブフネラが失った一部の栄養合成機能をアルセノフォナスが補完していると考えられます。
fig2.jpg図2. ササコナフキツノアブラムシにおけるブフネラとアルセノフォナスの栄養合成に関与する遺伝子レパートリーの相補性
(左)エンドウヒゲナガアブラムシは、自ら合成できずかつ餌に不足する栄養素を、共生細菌ブフネラによる合成・供給に頼っています。(右)ササコナフキツノアブラムシでは、栄養合成に関与する遺伝子のレパートリーの相補性から、ブフネラとアルセノフォナスで機能分担が起こっていると考えられます。

絶対共生細菌は、宿主の卵形成や胚発生の過程において、巧妙に次世代へ受け継がれています。複数の共生細菌が共感染しているササコナフキツノアブラムシでは、それらがどのように次世代へ受け継がれるのか、胚発生過程を顕微鏡で観察しました。その結果、感染直後にはブフネラとアルセノフォナスが混じっていますが、共生器官の形成に伴いブフネラとアルセノフォナスが別々の宿主細胞に分かれていくことがわかりました(図3)。つまり、ブフネラだけでなくアルセノフォナスも、親から子へ巧妙に垂直伝播していると考えられます。
fig3.jpg図3. ササコナフキツノアブラムシの胚発生過程における共生細菌の垂直伝播
蛍光染色し、DNAを青色、ブフネラを緑色、アルセノフォナスを赤色で示しています。(A)2種の共生細菌ブフネラとアルセノフォナスが混じった状態で、母親から子へ垂直伝播されます。(B)共生器官の形成が始まります。共生器官の外側に位置する細胞にはブフネラだけが観察されますが、内側に位置する細胞ではブフネラとアルセノフォナスが混じっています。(C)ブフネラとアルセノフォナスは共生器官の別々の細胞に棲み分けがされています。

本研究における細菌叢解析、ゲノム解析、組織学的解析の結果を統合し、ササコナフキツノアブラムシはアルセノフォナスとも絶対共生の関係にあり、ブフネラと協調して宿主と複合共生系を築いていると結論づけました。ササコナフキツノアブラムシで見られた共生細菌の棲み分けや遺伝子レパートリーの相補性は、他のアブラムシ類の系統で独立に進化した2種の共生細菌ブフネラとセラチアの共生系でも報告されており、複合共生系の驚くべき平行進化[用語解説2]として注目に値します。ブフネラとアルセノフォナスによる絶対共生の例は世界で初めてであり、本研究は複合共生系の進化の共通原理を理解するのに貢献すると期待されます。
また、真社会性をもつササコナフキツノアブラムシのカースト間において、共生状態が異なっていることも発見しました。生殖カーストに比べて兵隊カーストでは、共生細菌が減少し共生器官が奇形になっていました(図4)。他の真社会性アブラムシ種においてもカースト間で共生状態が異なる例が報告されており、これらの違いの意義や違いが生じる仕組みなど興味深い問いを提示します。
fig4.jpg図4. 真社会性をもつササコナフキツノアブラムシのカースト間における共生状態の違い
蛍光染色し、DNAを青色、ブフネラを緑色、アルセノフォナスを赤色で示しています。生殖カーストと比べて、兵隊カーストでは共生器官が変形しています(黄色の矢尻)。

【今後の展望】
本研究では、ササコナフキツノアブラムシと2種の共生細菌ブフネラ、アルセノフォナスによる複合共生系を発見しました。複合共生系はアブラムシのみならず、キジラミやコナジラミ、ヨコバイ、セミなど、様々な半翅目昆虫でも報告されています。しかし、宿主がどのように複数種の共生細菌とそれぞれ相互作用しているのか、また共生細菌種同士がどのように相互作用をしているのか、それらの分子メカニズムはわかっていません。室内飼育が可能なササコナフキツノアブラムシの強みを活かして、複合共生系の分子メカニズムの理解に取り組みます。
本研究は真社会性のカースト間で共生細菌との共生状態が異なることも発見しました。近年、ヒトの腸内細菌を含め、共生細菌が動物宿主の生理状態や行動に大きな影響を与えていることがわかってきています。ササコナフキツノアブラムシは室内飼育下で年中安定的に兵隊カーストを産出するため、社会性生物におけるカースト分化や行動を分子レベルで研究する上でも優れたモデルであるといえます。社会生物学と共生生物学が交叉する新たな研究分野の展開が期待されます。

【発表雑誌】
雑誌名: iScience
掲載日: 2022年11月2日
論文タイトル: Complex host/symbiont integration of a multi-partner symbiotic system in the eusocial aphid Ceratovacuna japonica
著者:Shunta Yorimoto, Mitsuru Hattori, Maki Kondo, Shuji Shigenobu
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.105478

【研究グループ】
賴本隼汰 大学院生(基礎生物学研究所 進化ゲノミクス研究室、総合研究大学院大学、元 日本学術振興会特別研究員DC2)
近藤真紀 技術職員(基礎生物学研究所 光学解析室)
重信秀治 教授(基礎生物学研究所 進化ゲノミクス研究室、トランスオミクス解析室、新規モデル生物開発室)
服部充 准教授(長崎大学 総合生産科学域(環境科学系))

【研究サポート】
本研究は、以下の研究費の支援を受けて行われました。
文部科学省科学研究費補助事業(科研費)

  • 基盤研究(B)「共生系の遺伝子ネットワークの制御機構とその進化」(17H03717)
  • 基盤研究(A)「アブラムシ細胞内共生の分子機構をゲノム編集で明らかにする」(20H00478)
  • 新学術領域研究(研究領域提案型)「進化の制約と方向性 〜微生物から多細胞生物までを貫く表現型進化原理の解明〜」(17H06384)
  • 特別研究員奨励費「多重感染している絶対共生細菌の機能・進化過程の解明」(20J11981)
  • SOKENDAI研究論文掲載費等助成

【用語解説】
1. 16S ribosomal RNA gene amplicon sequencing:
サンプル内に含まれる微生物を網羅的に検出して同定する手法です。環境微生物や共生微生物の多くは単離培養が極めて困難であり、従来の微生物の研究は人工培地で単離培養できるものに限られていました。しかし、次世代シーケンス(NGS)の登場により、サンプル内のすべてのDNAの塩基配列を決定することが可能になりました。細菌や古細菌に保存されている16S ribosomal RNA遺伝子の断片を増幅し、そのDNA配列を解読・解析することで、単離培養を介さずにサンプル中の微生物集団全体を明らかにできます。
2. 平行進化:
似たような祖先の状態から類似の形質が独立に進化することを「平行進化」と呼びます。

【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 進化ゲノミクス研究室
教授 重信秀治

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室

生物環境工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました