リボソーム衝突に依存したmRNAの内部切断の仕組み

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2023-01-06 東京大学医科学研究所

発表のポイント

◆リボソームの衝突を引き起こすmRNAを切断し分解する品質管理機構No-Go Decayにおいて、エンドヌクレアーゼCue2のユビキチン結合活性が衝突したリボソームの5’側上流の切断に必要であることを明らかにしました。

◆リボソームの衝突を引き起こすmRNAの種類によって、リボソーム結合分子Mbf1のNo Go Decayおよびリボソームの停滞における合成途上のペプチド鎖の分解系Ribosome-associated Quality Controlへの寄与が異なることを明らかにしました。

◆本成果は、mRNAの安定性の理解につながるとともに、mRNAワクチン開発の発展につながることが期待されます。

発表概要

リボソーム(注1)は、mRNA(注2)上の遺伝暗号を解読しタンパク質の合成機能を担います。翻訳中のリボソームの停滞はタンパク質合成の異常を示す危険警告であり、停滞を引き起こしたmRNAと合成途中のペプチド鎖は、ユビキチン修飾(注3)を介して翻訳品質管理機構(注4)により速やかに分解されます。mRNAの切断酵素としてCue2が同定されていましたが、Cue2がどのようにユビキチン修飾を認識し、mRNAの切断部位を決定する仕組みは不明でした。

今回、東京大学 医科学研究所RNA制御学分野/大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命学専攻/大学院理学系研究科生物科学専攻の稲田利文教授と東京大学大学院薬学系研究科の友松翔太大学院生、東北大学大学院薬学研究科の渡邊敦也大学院生は、エンドヌクレアーゼ(注5)Cue2のユビキチン結合活性が衝突したリボソームの5’側の外側でのmRNA切断に必要であることを明らかにしました。また、衝突したリボソームの間でのmRNA切断に必須な領域を一アミノ酸残基レベルで明らかにしました。

翻訳品質管理機構におけるリボソーム結合分子Mbf1の機能についても解析を行い、Mbf1がリボソーム停滞によって誘導される品質管理に寄与していることを明らかにし、その機能が停滞配列の種類に応じて異なることを明らかにしました。本成果はmRNA分解機構の理解につながるとともに、mRNAワクチンの開発の発展につながることが期待されます。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED-CREST 課題番号:JP20gm1110010、研究代表者:稲田利文)、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:JP21H05277, JP19H05281, JP22H00401、稲田利文;21H00267, 21H05710, 22H02606、松尾芳隆)、科学技術振興機構(JST)さきがけ(課題番号:JPMJPR21EE、研究代表者:松尾芳隆)などの支援を受けて行われました。

本研究成果は、米国科学誌「Nucleic Acids Research」(12月30日付けオンライン版)に公表されました。

発表内容

研究の背景

細胞内でリボソームはmRNA上の遺伝暗号を解読しタンパク質の合成を担います。翻訳中のリボソームの停滞は、遺伝子産物の機能欠損や細胞内ストレス等を示す危険警告であり、細胞が保持する翻訳品質管理機構(以下「品質管理」)により認識・解消されることで遺伝子発現(注6)の正確性が維持されます。

単一のmRNA分子に複数のリボソームが付着することが多いため、リボソームが強く停滞すると後続のリボソームが追いつき、リボソーム同士の衝突が起こります。リボソーム衝突はリボソーム停滞の目印と見なされ、リボソームの停滞を引き起こしたmRNAの分解系NGD(No-Go Decay)、合成途上のペプチド鎖の分解系RQC (Ribosome-associated Quality Control)が品質管理を誘導します。稲田教授らのグループは、出芽酵母におけるNGDの活性化が、リボソーム衝突の感知分子Hel2が触媒するリボソームタンパク質uS10およびeS7Aのユビキチン化によって惹起されることを先駆けて報告してきました。

近年、mRNAを切断酵素としてCue2が同定されましたが、Cue2のユビキチン修飾を認識機構とmRNAの切断部位を決定する仕組みは不明でした。リボソーム結合分子Mbf1は、翻訳停滞を誘発するmRNAの読み枠の正確性を保証することが知られていましたが、NGDやRQCにおける機能は未解明でした。

研究内容

本研究では、N末端から削り込んだCue2変異体を用いた変異体解析により、Cue2のN末端領域が、レアコドン連続配列おける衝突リボソームで発生するNGDに必要であることを見出しました(図1)。Cue2のN末端領域に存在するユビキチン結合活性が、衝突したリボソームの上流でのmRNA切断に必須である一方で、衝突したリボソーム内でのmRNA切断には必須でないことを明らかにしました。さらに、アミノ酸残基をアラニン残基に置換したCue2変異体を用いることで、122番目のトリプトファン残基が衝突したリボソーム内でのmRNA切断に必須であることを明らかにしました。これらのCue2によるmRNAの切断部位の決定機構はレアコドン連続配列だけでなく、新生ペプチド鎖とリボソームトンネル内腔との立体障害、およびレアコドン連続配列により翻訳停滞を引き起こす内在遺伝子SDD1によって誘導されるNGDでも保存されていることが確認されました。

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図1. 内在性の停滞配列によって誘発されるNGDの2つのモードの基質のCue2認識のモデル。Cue2N末端領域に存在するユビキチン結合活性が、衝突したリボソームの上流でのmRNA切断に必須である。

NGDRQC-のモデル(左):Hel2は、SDD1 mRNA上に形成されたトリソーム内の衝突リボソームのeS7(青丸で表示)上にK63結合ポリユビキチン鎖を形成する。Cue2は、2つのCUEドメイン、CUE-D1および CUE-D2で eS7上のK63 結合ポリユビキチン鎖に結合し、衝突するリボソーム2の上流でmRNAを切断する。

NGDRQC+ のモデル(右):Hel2は主要なリボソームでuS10をユビキチン化し、RQT複合体はポリユビキチン化されたuS10を認識する(赤丸で表示)。RQTのSlh1ヘリカーゼサブユニットは、mRNAに引っ張り力を加え、主要なリボソームをサブユニットに解離させる。RQT 複合体によってmRNAが引っ張られた後、Cue2は衝突するリボソームから部分的に放出されたmRNAを切断する。


さらに、研究室グループは、翻訳停滞を誘発するmRNAの読み枠の正確性を保証するリボソーム結合分子Mbf1のNGD、RQCにおける機能解析を行いました。レポーターMbf1はレアコドン連続配列で誘発される+1フレームシフト(注7)を抑制することで、NGD、RQCの誘導に必要であることが明らかになりました。一方、Mbf1はポリA連続配列で誘発される+1フレームシフトを抑制せず、NGD、RQCの誘導に必要でないこと、また、SDD1配列で誘発される+1フレームシフトを抑制し、NGDの誘導に必要である一方RQCの誘導には不必要であることが明らかとなりました。これらの結果から、Mbf1 はリボソーム停滞によって誘導される品質管理経路に寄与しており、その機能は停滞配列間で異なることが明らかとなりました。

社会的意義・今後の予定

NGDは出芽酵母だけでなく、生物種間に広く保存された品質管理であることが明らかとなってきています。ヒトではCue2やMbf1といったNGD関連因子が保存されており、出芽酵母に類似した翻訳異常に対応するための品質管理が備わっていることが想定されます。リボソーム衝突により誘発される異常mRNAの分解メカニズムを解析した本研究の成果は、遺伝子発現の理解につながるだけでなく、ワクチンに代表されるmRNA医薬品の開発研究の発展にもつながると期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Nucleic Acids Research」(12月30日付けオンライン版)
論文タイトル:Two modes of Cue2-mediated mRNA cleavage with distinct substrate recognition initiate no-go decay
著者:Shota Tomomatsu#, Atsuya Watanabe#, Petr Tesina, Satoshi Hashimoto, Ken Ikeuchi, Sihan Li, Yoshitaka Matsuo, Roland Beckmann, Toshifumi Inada*

#共同第一著者
*責任著者

DOI:doi.org/10.1093/nar/gkac1172
URL:https://academic.oup.com/nar/advance-article/doi/10.1093/nar/gkac1172/6965460

用語解説

(注1)リボソーム
リボソームタンパク質とリボソームRNA(rRNA)から構成される巨大な複合体であり、mRNAにコードされている遺伝暗号(コドン)に従ってアミノ酸同士を結合させ、タンパク質を合成する装置。全体として大小二つのサブユニットで構成されている。

(注2)mRNA
メッセンジャーRNAの略で日本語では伝令RNA。タンパク質合成の設計図となる遺伝情報を持つRNA。

(注3)ユビキチン修飾
ユビキチンは76アミノ酸からなる低分子タンパク質である。ユビキチン化はタンパク質修飾の一種で、ユビキチンリガーゼなどの酵素の働きによりユビキチンがイソペプチド結合で基質タンパク質に付加されることを指す。

(注4)翻訳品質管理機構
異常な遺伝子産物を認識し分解することで、遺伝子発現の正確性を保証するシステム。

(注5)エンドヌクレアーゼ
mRNAを分子内切断する酵素。

(注6)遺伝子発現
遺伝子の情報が生体機能をもつタンパク質などに変換されることを指す。

(注7)+1フレームシフト
オープンリーディングフレームの読み枠が3’側に1塩基ずれる現象。

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新領域創成科学研究科広報室

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