非典型翻訳反応における翻訳因子eIF5Aの機能の解明~mRNAを必要とせずにペプチド合成反応を行う仕組み~

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2023-02-17 東京大学医科学研究所,東京大学

発表のポイント

  • クライオ電子顕微鏡を用いて翻訳因子eIF5Aの新生鎖複合体への結合の可視化に成功しました。
  • 新生鎖複合体にeIF5Aが結合してペプチド結合反応に関与することを明らかにし、CATテイリング反応に関与する因子として世界で初めて同定しました。
  • 本成果は、翻訳が活発な神経系、特に筋肉の運動に必須な神経筋の異常が原因とされる神経筋疾患の発症機構の解明や創薬基盤の確立につながることが期待されます。
発表概要

東京大学 医科学研究所RNA制御学分野/大学院理学系研究科生物科学専攻/大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻の稲田利文教授と海老根修平学術専門職員、ミュンヘン大学Gene CenterのPetr TesinaとRoland Beckmann教授のグループは、翻訳因子eIF5Aが非典型翻訳CATテイリング反応を促進することを世界で初めて解明しました。
リボソーム(注1)はmRNA上の遺伝暗号を解読し、対応するtRNA(注2)を取り込むことでタンパク質を合成します。通常タンパク質の合成反応では、リボソームの構造変化が常時行われており、GTPase(注3)と呼ばれるエネルギー源の供給がこの反応を可能にしています。生体内ではNonstop mRNA(注4)のような異常なmRNAがリボソームの停滞およびリボソーム間の衝突を引き起こします。しかし、品質管理機構が衝突したリボソームを解離させ、合成途中のペプチド鎖の分解を誘導することで速やかに対処しています。
品質管理因子であるRqc2は解離したリボソームの大サブユニットに結合し、mRNAやGTPaseが存在しないのにも関わらず、合成途中のタンパク質のC末端側にCATテイル(注5)と呼ばれる特殊な配列を付加することが知られています。これまでCATテイルは合成途中のタンパク質の分解促進やCATテイル自身が分解の目印として働くといった生理的機能の解析は行われてきましたが、CATテイリング反応の分子機構は十分に理解されていませんでした。
クライオ電子顕微鏡(注6)を用いた構造解析と遺伝学的手法による機能解析によってeIF5AがCATテイリング反応の促進因子としての役割を担うことを発見し、eIF5Aの結合がCATテイリング反応に必須なリボソームの構造変化の引き金として働くことを見出しました。
本成果は、翻訳が活発な神経系、特に筋肉の運動に必須な神経筋の異常が原因とされる経筋疾患の発症機構の解明や創薬基盤の確立につながることが期待されます。
本研究成果は2月16日、米国科学誌「Molecular Cell」に掲載されました。

発表内容

<研究の背景>
細胞内において一定の頻度で産生される異常なmRNA上をリボソームが翻訳すると、タンパク質の元となるペプチド鎖が正しく合成されず、細胞に悪影響を示します。しかし、我々の体に異常が見られないのは、翻訳品質管理機構が異常性を認識・解消しているからです。品質管理機構の1つであるRQC(Ribosome-associated Quality Control)は、リボソームの異常な翻訳停滞を認識し、合成途中の新生ペプチド鎖の分解を誘導することが知られています(図1)。最近では、神経疾患患者においてRQC関連因子の異常が複数確認されています。

非典型翻訳反応における翻訳因子eIF5Aの機能の解明~mRNAを必要とせずにペプチド合成反応を行う仕組み~

<研究の内容>
本研究では、試験管内で翻訳停滞によるリボソームの交通渋滞を再現し、停滞リボソームに形成されるユビキチン鎖を調べた結果、Hel2によって衝突リボソームにK63型のユビキチン鎖が付加されることを見いだしました(図2)。さらに、生化学的手法を用いてRQT複合体の構成タンパク質である2種類のアクセサリータンパク質Cue3とRqt4がK63型のユビキチン鎖を特異的に識別することで、RQT複合体の活性中心であるRNAヘリカーゼSlh1が衝突リボソームへリクルートされることを明らかにしました(図2)。

<研究の内容>
本研究では、クライオ構造解析によって翻訳因子eIF5Aの新生鎖複合体への結合とRqc2の柔軟な動態がCATテイリング反応の進行に必須であることを明らかにしました。

CATテイリング反応の初期段階であるtRNAのリクルートで観察されるRqc2のtRNAに対する結合特異性を確認したところ、Rqc2とtRNAアンチコドンループの間で強固な水素結合が生成されていることに起因していることが分かりました(図3)。
構造解析結果より確認されたeIF5Aはリボソームの停滞を感知するとリボソームのE-siteに結合して翻訳停滞を解消することが報告されていましたが、解離後の大サブユニットに結合する機能はいままで報告されていませんでした。
そこで、研究チームは遺伝学的手法を用いてCATテイリング反応におけるeIF5Aの機能を調べたところ、eIF5Aに伴うリボソームRNAとの相互作用の変化がリボソームの構造変化の引き金となり、CATテイリング反応のペプチド伸長反応に重要であることを明らかにしました(図4)。

加えて、ペプチド転移反応後の構造においてRqc2の密度低下が観察されることから、脱アシル化されたtRNAの解離にはRqc2の不安定化が重要であることが示唆されました。

本研究結果より、mRNAとGTPase非依存のCATテイリング反応は、Rqc2とeIF5Aの二つの因子が協力して行われることが明らかになりました(図5)。

<社会的意義・今後の予定>
Rqc2はさまざまな細胞種で保存されており、ヒトではNEMFと呼ばれるタンパク質として保存されており、CATテイリング機能を有していることを当研究室より報告しています。NEMFの変異は神経変性を引き起こし、神経筋疾患患者でも確認されることから主機能であるCATテイリング反応は神経形成過程の翻訳に非常に重要な役割を果たしていると想定されます。
本成果は神経筋疾患の発症分子機構解明の新たな糸口を示すものであり、新たな治療法の開発につながることが期待されます。

 論文情報

〈雑誌〉 Molecular Cell」(2月16日付けオンライン版)
〈題名〉 Molecular basis of eIF5A-dependent CAT tailing in eukaryotic ribosome-associated quality control
〈著者〉 Petr Tesina*,Shuhei Ebine, Robert Buschauer, Matthias Thoms, Yoshitaka Matsuo, Toshifumi Inada* and Roland Beckmann*
共同第一著者
*共同責任著者
〈DOI〉 doi.org/10.1016/j.molcel.2023.01.020
〈URL〉 http://doi.org/10.1016/j.molcel.2023.01.020

 研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED-CREST 課題番号:JP 20gm1110010、研究代表者:稲田利文)、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:19H05281,21H05277,22H00401、稲田利文;21H00267, 21H05710, 22H02606、松尾芳隆)、科学技術振興機構(JST)さきがけ(課題番号:JPMJPR21EE、研究代表者:松尾芳隆)などの支援を受けて行われました。

 用語解説

(注1)リボソーム
リボソームタンパク質とリボソームRNA (rRNA)から構成される巨大な複合体装置。
mRNAにコードされている遺伝暗号(コドン)に従ってアミノ酸を結合させ、タンパク質を合成する。主に大小二つのサブユニットで構成されている。

(注2)tRNA
トランスファーRNAの略で日本語では転移RNA。タンパク質合成の際にコドンに対応するアミノ酸をリボソームに運ぶRNA。

(注3)GTPase
GTPをGDPに加水分解する酵素。加水分解時に生じるエネルギーはリボソームの構造変化に使用される。

(注4)Nonstop mRNA
通常のmRNAには遺伝子として読み取られる領域(ORF)の最後に終止コドンが存在するが、何らかの影響により、終止コドンが欠損してしまった異常なmRNA。

(注5)CATテイル
Rqc2が合成途中のC末端にアラニンとスレオニンをランダムに付加する反応。CATテイルは分解の目印として働く一方で、Ltn1が欠損するとCATテイル領域が凝集体を形成することが知られている。

(注6)クライオ電子顕微鏡
液体窒素(-196℃)等により極低温に冷却された試料に対して電子線を照射し、試料を透過した電子線を検出することにより試料の観察を行う顕微鏡。

(注7)ユビキチン-プロテアソーム系
異常なタンパク質にユビキチンを付加し、それを目印に分解する系。プロテアソームは複数のタンパク質が集合して出来る複合体でタンパク質をアミノ酸へ分解する装置。

問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 RNA制御学分野
教授 稲田 利文(いなだ としふみ)

〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)

細胞遺伝子工学
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