2023-02-21 東京大学
渡部 裕介(生物科学専攻 特任助教)
大橋 順(生物科学専攻 教授)
発表のポイント
- 現代日本人の縄文人に由来する遺伝的変異(縄文人由来変異)を用いて、現代日本人の地域的多様性が生じるに至った日本列島人の集団史を解明した。
- コンピュータシミュレーションに基づいて、現代日本人のゲノム中から縄文人由来変異を検出する方法を初めて開発した。縄文人由来変異を用いた解析によって、現代日本人の遺伝子型と表現型の地域的な多様性が、各地域の縄文人と渡来人の混血の程度の違いによって生じたことを示した。
- 本研究は、日本列島人の集団史を解明する上で重要な知見となることが期待される。
発表概要
今回、東京大学大学院理学系研究科の渡部裕介特任助教と大橋順教授は、現代日本人のゲノム中から、縄文人に由来する遺伝的変異(縄文人由来変異)(注1)を検出する方法を開発しました。日本の各都道府県集団の全ゲノムの単塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)(注2)情報を用いて縄文人由来変異保有率を調べることで、現代日本人の縄文人と渡来人の混血の程度には地理的な勾配があることを示しました。また、縄文人由来変異に基づいて縄文人と渡来人の表現型を復元することで、縄文人と渡来人はそれぞれの生業形態に適応した表現型を持っていたことを明らかにしました。さらに、現代日本人の一部の表現型に地域差がある理由は、「縄文人と渡来人がそれぞれ特徴的な表現型を持っており、現代における両集団の混血の程度が地域間で異なるため」であることを見出しました。
本研究で得られた知見から、「現代日本人の遺伝子型と表現型の地域的多様性は、先史時代の本土日本の各地域の人口規模の違いに起因する、地域間の縄文人と渡来人の混血の程度の違いにより生じた」という本土日本人の集団形成モデルを提唱しました。本成果は、日本列島人が形成された過程を解明する上で重要な知見となることが期待されます。
本研究成果は、2023年2月18日(米国東部標準時)に米国科学誌「iScience」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
現代の本土日本人(日本列島人のうち本州・四国・九州の集団)は、主に狩猟採集を生業としていた縄文人の系統と、農耕を主な生業とし日本列島に稲作文化をもたらした渡来人の系統の混血によって成立したと考えられています(埴原和郎の二重構造モデル)。二重構造モデルによって日本列島人の大まかな成り立ちが明らかになると、今度は日本列島内の地域集団が形成された過程に注目が集まりました。近年の人類遺伝学的研究によって、現代日本の地域集団には、中国人や韓国人など現代のアジア大陸の集団に比較的近縁な地域集団と、近縁でない集団があることが分かっていました(Yamaguchi-Kabata et al. 2008, Am J Hum Genet; Watanabe et al. 2021, J Hum Genet)。日本人の渡来人系の祖先集団は現代のアジア大陸の集団と近縁であることから、この遺伝的な地域差は「縄文時代から弥生時代に起源を発する、縄文人と渡来人の混血度合いの地域差によって生じたのではないか」と予想されていました。
今回、東京大学大学院理学系研究科の渡部裕介特任助教と大橋順教授は、この日本人の地域差が生じた過程を解明するため現代日本人ゲノム中の縄文人由来変異に着目し(図1)、コンピュータシミュレーションを元に現代日本人のゲノム中から縄文人由来変異を検出するための統計指標Ancestry marker index(AMI)を世界で初めて開発しました。こののち、現代日本人100人の全ゲノム情報を用いて縄文人由来変異の検出を行い、検出された縄文人由来変異を用いて大きく2つの解析を行いました。
図1:縄文人由来変異が現代日本人に伝わった過程。
現代日本人は、縄文人と大陸系東アジア人(渡来人)の混血によって形成されました。現代日本人は、縄文人の系統で特異的に生じた遺伝的変異(縄文人由来変異)を保有しています。日本人のゲノムの中には、この縄文人由来変異の集積した「縄文人に由来するゲノム領域」と、縄文人由来変異の見られない「渡来人に由来するゲノム領域」があります。
まず、本土日本に居住するおよそ10,000人の全ゲノムSNPの遺伝子型データを用いて、各都道府県の集団がゲノム中に縄文人由来変異を何個保有しているか(縄文人由来変異保有率)をカウントしました。この縄文人由来変異保有率によって、各個人のゲノムのうちどの程度が縄文人系祖先に由来しているか(縄文人度合い)を数値化し、個人間で縄文人度合いを比較することができます。縄文人由来変異保有率は東北や関東の一部および鹿児島県や島根県などで特に高い(すなわち縄文人度合いが高い)こと、近畿や四国の各県で特に低い(すなわち縄文人度合いが低い)ことが分かりました(図2)。また、縄文人由来変異保有率と考古学的な先史時代の人口の指標との間に相関関係があることが分かりました(図2)。この結果は、「縄文時代晩期から弥生時代にかけての人口増加率が高かった地域の集団ほど、現代において縄文人度合いが低い」ことを表しています。
図2:現代の本土日本における、縄文人由来変異保有率の地理的分布および、縄文人由来変異保有率と縄文時代晩期から弥生時代にかけての人口増加率との関係。
本土日本のうち青森県・秋田県・岩手県・宮城県・福島県・茨城県・群馬県・鹿児島県・島根県などの集団は縄文人由来変異を多く保有している(すなわち縄文人度合いが高い)一方で、近畿や四国の各県の集団は特に低い(すなわち縄文人度合いが低い)ことが分かりました。また、縄文人由来変異保有率と縄文時代晩期から弥生時代にかけての人口増加率との間に強い負の相関関係が見られました(相関係数R = -0.64, P値 =2.08 × 10-6)。縄文時代晩期から弥生時代にかけての人口増加率は、各時代における遺跡数の変動率をもとに推定しています。
次に、縄文人由来変異を元に日本人のゲノムを「縄文人に由来する領域」と「渡来人に由来する領域」(注3)に分類し(図1)、ゲノムワイド関連解析(注4)の情報を組み合わせて縄文人と渡来人の表現型を推定する解析を行いました(図3 A)。この解析の結果、縄文人は渡来人と比べて遺伝的に身長が低いこと、血糖値が高くなりやすく中性脂肪が増えやすいことが分かりました。縄文人は農耕を生業としていた渡来人と比べて炭水化物食への依存度が低く、血糖値や中性脂肪を高く維持することで狩猟採集へ適応していた可能性があります。一方で、渡来人は縄文人と比べて遺伝的に身長が高いこと、好酸球(白血球の一種)やCRP(炎症に反応し血清中で増加するタンパク質)が増えやすいことが分かりました。一般的に、農耕社会においては集団サイズが増大し人口密度が高くなりやすく集落間の交流も多かったと考えられます。このため、稲作農耕を生業としていた渡来人は病原性の細菌や寄生虫の感染にさらされやすく、好酸球やCRPを高めることで感染症への抵抗性を獲得した可能性があります。また、現代社会において血糖値や中性脂肪が増大しやすいことは肥満の要因となり、好酸球が増大しやすいことは喘息の要因となります。本研究グループは、本土日本の各都道府県のうち縄文人度合いの高い都道府県ほど5歳児における肥満率が高い一方、縄文人度合いの低い都道府県ほど喘息増悪率が高いことを見出しました(図3 B)。以上の結果を元に、本研究グループは現代日本人の一部の表現型に地域差がある理由として、「縄文人と渡来人がそれぞれ特徴的な表現型を持っており、現代における両集団の混血の程度が地域間で異なるため」であると結論付けました。
図3:(A)縄文人と渡来人の表現型の違い、および(B)縄文人由来変異保有率と現代日本人の5歳児の肥満率および喘息増悪発生率の関係。
縄文人と渡来人の表現型の違いはD値という指標で評価されます。(A)は、今回着目した60個の生物学的性質(形質、縦軸)に関してD値を横軸にプロットしたものです。Dの値が極端に大きい、もしくは極端に小さいと、縄文人と渡来人の表現型の差が大きいことを示します。この解析の結果、縄文人は比較的低身長で血糖値や中性脂肪が増大しやすいこと、渡来人は高身長でCRPや好酸球数が増えやすいことが分かりました。また、(B)の解析の結果、現代日本において縄文人度合いの高い地域集団ほど5歳児の肥満率が高く、縄文人度合いの低い地域集団ほど喘息増悪の発生率が高いことが分かりました。
以上の結果を元に、本研究グループは本土日本人の地域的多様性が生じるに至った縄文時代晩期から現在までの本土日本人の形成史モデルを提唱しました(図4)。縄文時代の日本列島には、血糖値や中性脂肪を増大させることで狩猟採集に遺伝的に適応した縄文人が居住していました。縄文人の人口規模は地域によって異なり、東北や九州では比較的多く、近畿や四国では比較的少なかったと考えられます。同時期の東アジア大陸には、CRPや好酸球数を高めることで農耕に伴う感染症リスクに対して遺伝的に適応した集団がいました。彼らは縄文時代晩期に現在の九州北部に渡来したのち、縄文人と混血しながら日本列島全体に拡散し稲作をもたらしました。この際に、近畿・四国地方では稲作が比較的早くに到来したと言われており(Crema et al. 2022, Science Advances)、渡来人の人口増加率が他の地域と比べて高かったと考えられます。この縄文時代末期から弥生時代にかけての人口規模の地域差によって、本土日本の地域間で縄文人と渡来人の混血度合いに地域差が生まれました。現代日本人の遺伝子型や表現型の地域差は、この縄文人と渡来人の混血度合いの地域差に起因すると考えられます。本研究によって本土日本全域での縄文人と渡来人の混血過程についての体系的なモデルが提示されたことで、日本人の形成過程を研究する人類学や考古学などの諸分野に大きく貢献できたと考えられます。また、本研究で開発したAMIという指標は、日本列島人以外でも混血によって形成された集団に適用可能であり、日本列島人以外のヒト集団や、さらにはヒト以外の生物における混血史の解明にも貢献することが期待されます。
図4: 縄文時代晩期から現代にかけての本土日本人の形成過程。
本研究は、日本医療研究開発機構(課題番号:JP22fk0210078, JP20km0405211)、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:18H02514, 19H05341, 21H00336, 21K15175)などの支援を受けて行われました。
発表雑誌
- 雑誌名
iScience論文タイトル
Modern Japanese ancestry-derived variants reveal the formation process of the current Japanese regional gradations著者
Yusuke Watanabe, Jun Ohashi*
用語解説
注1 縄文人由来変異
縄文人はアジア大陸の集団から数万年前に分化し日本列島に渡ったのち、長期間大陸の集団から孤立していました。そのため、縄文人の系統において、他のアジア大陸の集団において観察されない特有の遺伝的変異が蓄積していたと考えられます。現代日本人はこの縄文人に由来し、他の現代の東アジア人に見られない「縄文人由来変異」を保有しています(図1)。
注2 単塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)
ヒトのDNAの塩基配列(A/T/G/Cの4種類の塩基による並び)を比較すると0.1%程度の違いがあります。塩基配列の違いを多型といい、1つの塩基の違いによる多型を単塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)と呼びます。
注3 縄文人に由来するゲノム領域、渡来人に由来するゲノム領域
現代日本人のゲノム中には縄文人由来変異が集積している「縄文人に由来するゲノム領域」と、縄文人由来変異の見られない「渡来人に由来するゲノム領域」が混在しています(図1)。
注4 ゲノムワイド関連解析
多人数の全ゲノム情報と表現型の情報を組み合わせて網羅的な解析を行い、特定の遺伝形質と関連する遺伝的変異を見つけ出すために行われる研究手法です。本研究では、日本人を対象とするゲノムワイド関連解析によって得られた「特定の遺伝形質に対して遺伝的変異が与える効果の大きさの値(β)」を用いて縄文人と渡来人の表現型を遺伝学的に予測し、両者の表現型の比較を行いました。