B細胞を作る最初の分子スイッチを発見~白血病や免疫不全症の発症メカニズムの解明に期待~

ad
ad

2018-02-13理化学研究所

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター融合領域リーダー育成(YCI)プログラム[1]の伊川友活上級研究員(研究当時)、免疫器官形成研究グループの宮井智浩特別研究員らの共同研究グループ※は、マウスを用いて、免疫細胞の一種で抗体を作る機能を持つB細胞が作られるときの分子制御機構を明らかにしました。
B細胞は他の免疫細胞と同様に、血液のもととなる造血幹細胞[2]から作られます。造血幹細胞は骨髄中でB細胞へと分化・成熟します。B細胞の分化に重要ないくつかの転写因子[3]はこれまでにも報告されていましたが、それらがどのように協調して運命を制御しているかは不明でした。伊川友活上級研究員らは2015年に造血幹・前駆細胞を無限に増幅する方法として、人工白血球幹細胞(iLS細胞[4])を開発しました注1)。そこで、共同研究グループはこの方法を用いて、造血幹・前駆細胞がB細胞系列へ進むために必要な分子機構の解明に取り組みました。
まず、iLS細胞がB細胞へ分化するときの遺伝子発現の変化を、時系列を追って解析したところ、約4,000個の遺伝子の発現が変動すること、そのうち転写因子は約1,100個存在することが分かりました。また、遺伝子発現パターンに基づいて数学的に解析すると、これら転写因子は大きく初期・中期・後期の3段階に分けられました。この解析結果と公共のデータベースを用いて各転写因子間の関係(ネットワーク)を調べたところ、3段階それぞれに特異的な転写ネットワークを形成していました。さらに、三つの分化段階に相当する細胞をマウスの骨髄から採取し、1細胞レベルで網羅的に遺伝子発現を調べたところ、iLS細胞を用いた解析で明らかとなった転写ネットワークが、正常なB細胞分化においても正しいことが示されました。このことから、B細胞の生成は3段階で転写因子群が活性化する“分子スイッチ”(転写のプライミング[5])によって制御されることが明らかになりました。
ネットワークを形成している転写因子の中には、遺伝子の変異などにより活性化されたり抑制されたりすると、白血病や免疫不全症を引き起こすことが分かっています。今後、こうした疾患における転写因子の役割を研究することにより、疾患のメカニズムの解明が進めば、新たな薬剤や治療法の開発につながると期待できます。
本成果は、米国の科学雑誌『Genes & Development』オンライン版(2月9日付:日本時間2月10日)に掲載されました。
本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域「B細胞系列への運命決定を制御する転写制御ネットワークの解明」の支援を受けて実施されました。
注1)2015年10月23日プレスリリース「多能造血前駆細胞を無限に増幅させる方法を開発

※共同研究グループ

理化学研究所 統合生命医科学研究センター
融合領域リーダー育成(YCI)プログラム
上級研究員(研究当時) 伊川 友活 (いかわ ともかつ)(現 免疫器官形成研究グループ 上級研究員)
免疫器官形成研究グループ
特別研究員 宮井 智浩 (みやい ともひろ)(科学技術ハブ推進本部 医科学イノベーションハブ推進プログラム 疾患機序研究グループ 特別研究員)
東京理科大学 生命医科学研究所
教授 久保 允人 (くぼ まさと)(統合生命医科学研究センター サイトカイン制御研究チーム チームリーダー)
東京大学大学院 新領域創成科学研究科
教授 鈴木 穣 (すずき ゆたか)

背景

B細胞は抗体を産生する免疫細胞で、感染防御に重要な役割を果たします。B細胞は他の免疫細胞と同様に造血幹細胞から作られます。造血幹細胞は骨髄中で徐々に分化能が限定され、最終的にB細胞にしかなれない前駆細胞(B前駆細胞)となった後にB細胞へと成熟します。
伊川友活上級研究員らは、2004年にE2A[6]という転写因子を欠損させたマウスを使った実験により、E2Aを欠損するとB細胞の分化が初期段階で停止し、B前駆細胞が多能造血前駆細胞としての特徴を示すことを報告しました注2)。これは、E2AがB細胞分化への第一歩に重要であることを示しています。この知見を応用し、伊川上級研究員らは2015年にE2Aの機能を人為的に抑えることにより、造血幹・前駆細胞を無限に増幅する方法として、人工白血球幹細胞(iLS細胞)を開発しました(図1)。iLS細胞は多能前駆細胞で、T細胞やB細胞、ミエロイド系細胞などさまざまな免疫細胞への分化能を保っています。実際、このiLS細胞を用いて試験管内でB細胞へ分化させると、わずか6日間でB細胞系列への運命決定を誘導することができます。
そこで、共同研究グループはこのiLS細胞によるB細胞分化誘導系を用いることにより、多能前駆細胞がB細胞系列へ運命決定される過程において、E2Aが活性化された後に起こる遺伝子制御機構を詳しく調べました。
注2)Ikawa et al. “Long-term cultured E2A-deficient hematopoietic progenitor cells are pluripotent.” Immunity. 2004;20:349–360.

研究手法と成果

共同研究グループはまず、マウスのiLS細胞をB細胞へ分化誘導する系を用いて、培養時間(0、0.5、1、2、4…168時間:計16ポイント)ごとに細胞を回収し、細胞からRNAを採取しました(図2A)。このとき、時系列サンプルをRNA-seq[7]法を用いて網羅的に遺伝子発現を解析したところ、4,290個の遺伝子の発現に変動がみられました。さらに、これらの遺伝子の発現パターンをもとにクラスター解析を行うと、分化誘導と同時に発現が減少するもの、一過性に発現が上昇するもの、分化誘導の後期に発現が上昇するものなど10個のクラスターに分けられることが分かりました。
次に、この発現変動遺伝子の中から転写因子を抽出すると、1,144個の転写因子が含まれていました。この転写因子の遺伝子発現データと公共のデータベースを用いて転写因子間ネットワークを構築したところ、転写因子はその発現パターンに応じて初期(0.5~4時間)、中期(6~48時間)、後期(72~168時間)の3段階に分けられ、それぞれの段階において転写因子同士の密接な相互作用がみられました。また、各段階の転写因子が転写レベル、タンパク質レベルで密接につながり、次々と活性化されることが明らかになりました。(図2B)。興味深いことに、これまで分化決定をつかさどる主要な遺伝子と考えられてきたEBF1[8]やPAX5[9]が発現するのは後期の段階であり、それ以前にさらに2段階の分子スイッチ(転写のプライミング)が存在することが明らかになりました。これらの転写因子の多くは、これまでB細胞分化との関係は知られていませんでした。
続いて、この転写ネットワークのモデルが正常なB細胞分化にも当てはまるかどうかを調べるために、正常なマウスの骨髄細胞からリンフォ・ミエロイド前駆細胞(LMPP)、リンパ球系前駆細胞(CLP)、プロB(pro-B)細胞を採取し、個々の細胞の遺伝子発現を網羅的に解析できる1細胞RNA-seq法を用いて解析しました。得られたデータを遺伝子発現パターンに基づいて数学的に解析したところ、LMPPは均一でしたが、CLP、pro-Bはそれぞれさらに二つの分画に分けられることが明らかになりました(図3)。
さらに、転写ネットワーク解析から明らかになった代表的な遺伝子の1細胞レベルでの発現を調べたところ、iLS細胞を用いた培養系で初期に発現が上昇していた転写因子(例えばFOS[10]、EGR1[11]など)は、正常な骨髄細胞においても多能前駆細胞段階であるLMPPで高く発現し、その後、減少する傾向がみられました。中期および後期に特徴的な遺伝子の発現も同様に調べたところ、骨髄前駆細胞における発現パターンと非常によく相関していました(図3)。このことから、iLS細胞の分化誘導系を用いて明らかになった転写ネットワークは正常なB細胞分化においても正しいことが示されました。
次に、iLS分化誘導系の解析から明らかになったKLF4[12]やEGR1などの初動遺伝子、CBX2[13]やUHRF1[14]などのエピジェネティック因子[15]のB細胞分化における役割を明らかにするために、これらの遺伝子の機能を阻害するshRNA[16]を作成し、レトロウイルスベクター[17]を用いてiLS細胞へ導入しました。これらのshRNAを発現させたiLS細胞をB細胞系列へ分化誘導したところ、いずれもB細胞の生成が阻害されました(図4)。このことは、これら転写因子・エピジェネティック因子がB細胞分化に重要であることを示しています。

今後の期待

本研究では、独自に開発したiLS細胞およびその分化誘導系を用いて、造血幹細胞からB細胞系列への運命決定におけるダイナミックな転写制御機構が明らかになりました。これまで細胞分化における個々の転写因子やエピジェネティック因子の機能解析は行われていましたが、遺伝子発現がダイナミックに変化する分化途上での転写因子の動態や相互関係は不明でした。したがって、この転写ネットワークの発見は今後の細胞分化研究に新たな視点をもたらすものと考えられます。
また、ネットワークを形成している転写因子の中には、遺伝子の変異などにより活性化されたり抑制されたりすると、白血病や免疫不全症を引き起こすことが分かっています。今後、こうした疾患における転写因子の役割を研究することにより、疾患のメカニズムの解明が進めば、新たな薬剤や治療法の開発につながると期待できます。

原論文情報

Tomohiro Miyai, Junichiro Takano, Takaho A Endo, Eiryo Kawakami, Yasutoshi Agata, Yasutaka Motomura, Masato Kubo, Yukie Kashima, Yutaka Suzuki, Hiroshi Kawamoto, and Tomokatsu Ikawa, “Three-step transcriptional priming that drives the commitment of multipotent progenitors toward B cells”, Genes & Development, doi: 10.1101/gad.309575.117.

タイトルとURLをコピーしました