脳梗塞後の神経再生メカニズムを発見~神経細胞の移動促進により神経機能が改善~

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2018-12-13 名古屋市立大学,自然科学研究機構,バレンシア大学,自治医科大学

脳梗塞は、脳血管の閉塞により血流が途絶して神経細胞が死滅する疾患で、それによって生じる様々な神経機能の障害は、現在我が国でも多くの人々を苦しめています。発症直後で脳が深刻なダメージを受けていない期間に行う、閉塞した血管を再開通させる治療法は、近年目覚ましく発達しました。しかし、成熟した脳では神経細胞を再生する能力がほとんどないため、この時期を過ぎると抜本的な治療法がないのが現状です。
この度、名古屋市立大学大学院医学研究科の 澤本和延教授(再生医学)(自然科学研究機構生理学研究所 客員教授)・金子奈穂子准教授(再生医学)らは、自然科学研究機構生理学研究所・バレンシア大学・自治医科大学等の研究者と共同で、マウスを用いた実験により、脳内で新たに産生された神経細胞の傷害部への移動を促進することにより、脳梗塞後の神経機能が回復することを発見しました。
成熟した脳内では、特定の領域だけで少数の神経細胞が作られています。幼若な神経細胞は、脳内を遠くまで移動することができ、脳梗塞後には傷害部に向かって移動して脳を再生しようとしますが、ダメージを受けた脳組織内では神経細胞は十分に移動することができません。研究グループは、神経細胞がダメージを受けた組織内を移動するのに必要なタンパク質を同定して、このタンパク質の産生を増加させることにより、神経細胞の傷害部への移動が促進されることを発見しました。更に、傷害部の近くに再生する神経細胞を増やすことで、運動機能を回復させることに成功しました。
再生する神経細胞の配置を制御することが脳機能の回復に重要であることを示したこの研究成果は、脳梗塞やその他の脳傷害に対する再生医療の樹立に向けて重要なものです。

ポイント

●脳梗塞の新たな治療法の開発が望まれています。

●動物実験によって、脳梗塞後には新しい神経細胞が傷害部に向かって移動して、少数の神経細胞を再生することがわかっていますが、神経機能の障害は十分には改善しません。

●本研究ではマウスを用いて、脳梗塞後の脳組織では神経細胞の移動が制限されていることを発見しました。

●新しい神経細胞が傷害脳内を効率よく移動するのに必要なタンパク質を同定し、このタンパク質の産生を増加させることで、傷害組織内での移動を促進することに成功しました。

●これにより、新しいニューロンが傷害部の近くに配置されたことで、脳梗塞による運動機能の障害が改善しました。

●再生する神経細胞の配置の重要性を示したこの研究成果は、脳梗塞に対する再生医療の樹立に重要なものです。

研究成果の概要

名古屋市立大学大学院医学研究科の澤本和延教授(再生医学)(自然科学研究機構生理学研究所 神経発達・再生機構研究部門客員教授)・金子奈穂子准教授(再生医学)、自然科学研究機構生理学研究所の南部篤教授(生体システム研究部門)・川口泰雄教授(大脳神経回路論研究部門)らは、マウスを用いた実験で、脳内で新たに産生された神経細胞の傷害部への移動を促進することにより、脳梗塞後の神経機能が回復することを発見しました。
脳梗塞は、脳血管の閉塞により血流が途絶して神経細胞が死滅する疾患で、様々な神経機能の障害が生じます。まだ脳が深刻なダメージを受けていない急性期に、閉塞した血管を再開通させる治療法は、近年目覚ましく発達しました。しかし、成熟した脳では神経細胞を再生する能力がほとんどないため、この時期を過ぎると抜本的な治療法がないのが現状で、我が国で、寝たきりの原因となる主な疾患のひとつです。
神経細胞の大部分は胎生期に幹細胞からつくられますが、成熟過程でほとんどの幹細胞は消失します。そのため、成熟後の脳内では、脳室の周囲にある「脳室下帯」などごく限られた領域でしか神経細胞が作られません。脳室下帯で生まれた未熟な神経細胞は、脳梗塞後には傷害部に向かって移動して成熟し、神経細胞を再生しようとしますが、神経機能の障害を十分に回復させることはできません(図1)。

図1:脳室下帯から傷害部への神経細胞の移動
20181213sawamoto-1.jpg

研究グループは、三次元的な電子顕微鏡解析法や、脳梗塞後の脳切片を移動する生きた神経細胞の挙動を記録するライブイメージングという方法で、ダメージを受けた脳組織で活性化して増殖・肥大化するアストロサイトと呼ばれる細胞が、神経細胞の移動を妨げていることを発見しました(図2)。

図2:三次元電子顕微鏡解析法を用いた神経細胞(赤)と活性化アストロサイト(青)の観察20181213sawamoto-2.jpg

また、神経細胞が活性化アストロサイトの間をスムーズにすり抜けるのに必要なスリットという蛋白質を同定しました。神経細胞が分泌したスリットが、活性化アストロサイトの細胞表面にあるロボというタンパク質(受容体)に結合すると、細胞の骨組みをつくる蛋白質の動態が変化して活性化アストロサイトの形が変わり、神経細胞がすり抜けやすくなります。しかし、スリット蛋白質は、傷害部への移動の途中で減少していくため、神経細胞は十分に移動することができません。そこで、神経細胞のスリット蛋白質の産生を増加させる処置を行うと、脳梗塞後の脳組織内での神経細胞の移動を促進することができました。その結果、傷害部の近くまで移動して成熟する神経細胞の割合が増加し、それに伴って脳梗塞によって生じた運動機能の障害が改善しました(図3)。

20181213sawamoto-3.jpg                                     図3:スリット蛋白質を用いた脳梗塞後の神経細胞の移動促進。
左:正常脳。中央:脳梗塞後の脳。アストロサイトが活性化して増殖・肥大化する。神経細胞はスリット蛋白質を使って活性化アストロサイトをかき分けて傷害部へ向かって移動するが、スリット蛋白質が不足するため十分に移動できずに停止し、運動機能も回復しない。右:スリット蛋白質の産生を増やす処置をした神経細胞。傷害部の近くまで移動して成熟し、運動機能の改善を導く。

この研究から、損傷後の脳内で、新しい神経細胞の移動をコントロールして適切な場所に配置することが、脳機能の再生に重要であるということが分かりました。この研究で明らかになった脳の再生の仕組みは、脳疾患に対する再生医療の実現に向けても重要なものです。

研究助成

本研究は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金などによる助成を受けて行われました。

掲載された論文の詳細

論文タイトル

New neurons use Slit-Robo signaling to migrate through the glial meshwork and approach a lesion for functional regeneration
「新生ニューロンはスリット-ロボシグナルを用いて傷害部付近に移動し、神経機能の回復を促進する」

著者

金子奈穂子1, Vicente Herranz-Pérez2,3, 大塚岳4,5, 佐野裕美5,6, 大野伸彦7, 小俣太一1, Huy Bang Nguyen8,9, Truc Quynh Thai8, 南部篤5,6, 川口泰雄4,5, José Manuel García-Verdugo2, 澤本和延1,10* (*Corresponding author)
名古屋市立大学医学研究科再生医学1, Laboratorio de Neurobiología Comparada, Instituto Cavanilles, Universidad de Valencia(バレンシア大学)2, Predepartmental Unit of Medicine, Faculty of Health Sciences, Universitat Jaume I(ジャウメ1世大学)3, 自然科学研究機構生理学研究所大脳神経回路論研究部門4, 総合研究大学院大学5,自然科学研究機構生理学研究所生体システム研究部門6, 自治医科大学解剖学講座組織学部門7, 自然科学研究機構生理学研究所分子神経生理部門8, Department of Anatomy, Faculty of Medicine, University of Medicine and Pharmacy (UMP) at Ho Chi Minh city9(ホーチミン医科薬科大学), 自然科学研究機構生理学研究所神経発達・再生機構研究部門10

掲載学術誌

「Science Advances(サイエンス・アドバンシス)」

お問い合わせ先

《研究全般に関するお問い合わせ先》
澤本 和延(さわもと かずのぶ)
名古屋市立大学大学院医学研究科 教授
自然科学研究機構 生理学研究所  客員教授

 

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