2023-03-08 東京医科大学,東京慈恵会医科大学,国立がん研究センター,日本医療研究開発機構
発表のポイント
- 前立腺癌細胞由来のエクソソーム*1が破骨細胞の分化を誘導することを明らかにしました。
- CDCP1というエクソソーム膜上に存在する分子が、分化誘導因子であることを同定しました。
- 今後、エクソソーム膜上に存在するCDCP1を治療標的とした治療法の開発や、バイオマーカーとしての有効性の更なる検証が期待されます。
概要
東京医科大学(学長:林由起子/東京都新宿区)医学総合研究所の落谷孝広教授と東京慈恵会医科大学 泌尿器科学講座の木村高弘教授、占部文彦助教、および国立がん研究センター研究所 病態情報学ユニットの山本雄介ユニット長らの研究チームは、前立腺癌細胞から分泌されるエクソソームが骨の腫瘍微小環境*2に与える機能として、前立腺癌細胞由来のエクソソーム膜上に存在するCDCP1が破骨細胞の分化を誘導していることを明らかにしました。また、骨転移を有する前立腺癌患者では、血中エクソソームに含まれるCDCP1の発現が上昇しており、前立腺癌骨転移における新規病態解明および診断法の確立につながることが期待されます。
本研究成果は、2023年3月7日に英国科学誌「Journal of Extracellular Vesicles」電子版に掲載されました。
背景
エクソソームは、あらゆる細胞が分泌する100nm程の脂質二重膜で囲まれた小胞で、細胞間相互作用に重要な役割を担っていることが知られています。特にがん細胞由来のエクソソームは、がん細胞の周辺の細胞を制御し、がんの進展に関わることが、これまでの多くの報告によって証明されていますが、これまでに前立腺癌細胞由来のエクソソームが、骨の腫瘍微小環境に与える影響に関してはあまり報告がありませんでした。
前立腺癌は進行すると骨に転移しやすく、その多くが造骨性の骨転移像を示します。しかしながら実際には、治療法が多様化した近年、特に悪性度の高い進行した前立腺癌では溶骨性の骨転移像を呈することもあり、破骨細胞との関わりも注目されています。
本研究では、前立腺癌由来のエクソソームにおける骨微小環境に与える影響の解析を行い、前立腺癌の新たな治療標的の同定を目指しました。
研究結果
今回、同研究チームは、前立腺癌細胞由来のエクソソームが、破骨細胞前駆細胞をRANKL*3存在下において破骨細胞の分化を誘導することを見出しました。そこで、その責任分子を同定するために、前立腺癌細胞由来のエクソソームと正常前立腺上皮由来のエクソソームとを比較して、前立腺癌細胞由来のエクソソームにおいて有意に発現が高いタンパク質を候補タンパク質として抽出しました。さらに、siRNAを用いて候補タンパク質の発現を抑えた前立腺癌細胞からエクソソームを抽出し、スクリーニングを行なったところ、エクソソームの膜上に存在するCDCP1(図1)が破骨細胞の分化に寄与することを明らかにしました(図2)。
また、本研究では、前立腺癌細胞由来のエクソソームの骨微小環境における役割を明らかにするとともに、前立腺癌患者の血漿由来のエクソソームにおけるCDCP1の発現を評価したところ、骨転移を有する前立腺癌患者のエクソソームにおいてCDCP1の発現が上昇していることがわかり、バイオマーカー*4としての可能性も呈示しました(図3)。
展望
CDCP1は、これまでに細胞膜上に存在した場合での腫瘍増殖に寄与するメカニズムは報告されていましたが、エクソソームの膜上に存在した場合での機能は報告がされていませんでした。
これまでのエクソソームに関する論文ではマイクロRNAなどのエクソソーム内包された分子に着目した研究が多く、これらを直接的に標的とすることは困難でした。本研究では、エクソソームの膜上に存在するタンパク質に着目しており、抗体を用いる事で直接標的とすることができ、従来の治療法とは異なるエクソソーム標的治療という、新たな診断治療法確立への道を拓くことが期待されます。
さらに本研究において過去のデータベースから骨が主要な転移先であるがん種においてCDCP1の発現が上昇していることがわかっており、前立腺癌のみならずあらゆるがん種においても応用できる可能性も期待されます(図4)。
発表論文
雑誌名
Journal of Extracellular Vesicles
タイトル
Metastatic prostate cancer-derived extracellular vesicles facilitate osteoclastogenesis by transferring the CDCP1 protein
著者
Urabe F, Kosaka N, Yamamoto Y, Ito K, Otsuka K, Soekmadiji C, Egawa S, Kimura T, Ochiya T*.
*落谷孝広(責任著者)
掲載日
2023年3月7日付
DOI
10.1002/jev2.12312
URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jev2.12312
研究費
- AMED 次世代がん医療創生研究事業「がん特異的エクソソームの捕捉による新規体液診断の実用化研究」
- 科研費 若手研究「がん細胞由来エクソソームに着目した骨転移進展メカニズムの解明とバイオマーカー探索」
用語解説
*1 エクソソーム
あらゆる細胞から分泌される直径50~150nm前後の小胞体で、脂質二重膜で囲まれています。細胞外小胞(small extracellular vesicles)とも呼ばれており、その内部には、核酸やタンパク質などの情報伝達物質や生理活性物質も内包されています。近年、細胞間コミュニケーションのツールの一つとしても着目されています。
*2 腫瘍微小環境
腫瘍またはがん細胞とともに免疫系細胞、血管系細胞、線維芽細胞など様々な細胞が作り出す複雑な微小環境のことを指します。近年では、腫瘍の発生から進行に至る多くのプロセスに影響を与えることが分かっています。
*3 RANKL
Receptor activator of nuclear factor-kappa B ligandの略で、TNFスーパーファミリーに属する膜貫通タンパク質です。骨芽細胞・骨細胞などの骨芽細胞系譜の細胞に高発現しています。破骨前駆細胞に発現するRANKに結合してシグナルを入力し、破骨細胞の分子成熟を刺激するリガンド分子としての活性が最もよく知られています。
*4 バイオマーカー
疾患の有無や進行状態、治療効果を測定するために、生体由来データを定量化して用いられる生物学的指標です。近年では、体液(血液、尿など)中の生体情報を用いた早期診断法の開発や個別化医療への応用が進められています。
問い合わせ先
研究に関する問い合わせ
東京医科大学 医学総合研究所 分子細胞治療研究部門
教授 落谷孝広
東京慈恵会医科大学 泌尿器科学講座
助教 占部文彦
国立がん研究センター研究所 病態情報学ユニット
ユニット長 山本雄介
広報窓口
学校法人東京医科大学
企画部 広報・社会連携推進室
学校法人慈恵大学
経営企画部 広報課
国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室