昆虫に共生するウイルスが持つオス殺し遺伝子の発見~ ウイルスが持つ多様な機能の一端を解明~

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2023-03-23 農研機構

ポイント

昆虫の母親から卵に伝わりオスの発生を止める「オス殺し」に関与するウイルスをショウジョウバエの1種から発見し、そのウイルスのゲノム構造を解明しました。それによりウイルスが持つ昆虫のオス殺し遺伝子を世界で初めて特定しました。

似た系統のウイルスは様々な昆虫類に存在しており、今後ウイルスが持つ多様な機能の解明が期待されます。またオス殺し遺伝子機能の解明は、昆虫の性決定システムの包括的理解につながるだけでなく、性をコントロールすることによる害虫防除や有用昆虫改変技術の開発にも役立つことが期待されます。

概要

昆虫には、細胞内に存在し、母親から子どもに伝わる様々な微生物がいることが知られています。特に細菌ボルバキア1)などの共生微生物は、昆虫のオスのみを胚の時期に殺す「オス殺し」を引き起こしたり、遺伝的なオス個体の表現型をメスに性転換させる「メス化」を引き起こしたり、宿主を様々な方法で自分の都合のいいように生殖操作2)することから、そのメカニズム解明や応用利用に関して注目が集まっています。

農研機構、愛媛大学を中心とする研究グループは、ヤマカオジロショウジョウバエ(Drosophila biauraria)3)において、オス殺しが起きる系統を発見しました。当初、ボルバキアなどの共生細菌がオス殺しの原因であることを想定して調査を進めましたが、細菌の存在を確認することができませんでした。その後、この系統の解析を進めた結果、オス殺しの原因は細菌ではなく、パルティティウイルス科4)に近縁な二本鎖RNAウイルス5)であることが判明しました。その後、さらに京都大学、群馬大学、国立衛研の研究者の協力を得て、このウイルスは、遺伝子を4個しか持たず、そのうちの1個がオスを殺す原因遺伝子であることを明らかにしました(図1)。

昆虫が持つ共生ウイルスはほとんど手が付けられていない未踏の分野であり、今後様々な発見やその利用が期待されます。また、今回見つかったオス殺し遺伝子の解析は、昆虫の性決定システムや昆虫とウイルスとの相互作用に関する深い理解につながるだけでなく、性をコントロールすることによる害虫防除や有用昆虫改変等、新たな昆虫制御技術の開発に役立つことが期待されます。

関連情報

予算 : 内閣府ムーンショット型農林水産研究開発事業「先端的な物理手法と未利用の生物機能を駆使した害虫被害ゼロ農業の実現」、科研費基盤研究(C)、科学技術振興機構(JST)「ERATO深津共生進化機構プロジェクト」

問い合わせ先など

研究推進責任者 :
農研機構生物機能利用研究部門 所長吉永 優

研究担当者 :
同 昆虫利用技術研究領域 上級研究員陰山 大輔

広報担当者 :
同 研究推進部研究推進室笠嶋 めぐみ

詳細情報

研究の背景と経緯

昆虫のオスのみを胚の段階で殺す「オス殺し」を引き起こすなど、昆虫の性や生殖を操作する共生微生物としてボルバキアなどの多様な細菌が知られており、近年その操作メカニズムが徐々に解き明かされようとしています。一方、細菌に比べてゲノム構造がはるかに単純なウイルスにおいても昆虫の性や生殖を操作するものがいることについては、ほとんど注目されていませんでした。ウイルスによる宿主操作は、細菌によるものとくらべてメカニズムがシンプルであると考えられ、メカニズムの完全解明ができれば、昆虫の駆除や改変などへの応用利用にもつながります。

我々は、ヤマカオジロショウジョウバエにおいて、メスのみが産出される系統を発見しました(Kageyama et al., 2017; URL: https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2017.0476)。雌雄がほぼ同数出現する通常系統とは異なり、その系統は卵の孵化率が約半分であることから、胚の段階でオスが死ぬ「オス殺し」現象が起こり、メスのみが産出されていると考えられました。メスのみが生まれる系統のメスに、通常系統のオスを毎世代掛け合わせるとメスのみが産出されることから、オス殺しの形質は、母から子に伝わっていると考えられます。そこで、当初ボルバキア等の細菌が原因であることを疑い調査しましたが、そのような細菌の存在は確認できませんでした。またオス殺し系統の成虫をすりつぶしたものを通常系統に注射すると、オス殺しを起こすようになることから、オス殺しの原因は感染性の因子であることが推察されました。

そこで、我々はオス殺しが起きている系統と起きていない系統に含まれる核酸(RNA)を、大規模シークエンサー6)を用いて網羅的に比較することにより原因の追究を試みることにしました。

研究の内容・意義

1.オス殺しを起こすウイルスを特定
ヤマカオジロショウジョウバエにおいて、オス殺し系統と通常系統の体内に存在するRNA断片を網羅的に配列決定することにより、オス殺し系統のみで大量生産されるRNA断片が4本抽出されました(図2)。4本のRNA断片は末端配列が共通であること、ハエ体内での存在箇所が完全に重なっていることから、1つのウイルスゲノムを構成する分節RNAである可能性が考えられました。最長の分節(分節1)には、RNAウイルスの複製に必要な酵素として知られるRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)の情報が載っていました。

2.オス殺しを起こすウイルスはパルティティウイルスに近縁
RdRpの配列を調査することにより、このウイルスが植物やカビに共生しており病原性を持たないウイルスとして知られるパルティティウイルスに近縁であることがわかりました(図3)。

3.オス殺しウイルスにとって分節4がないとオス殺しを起こせない(必要条件)
オス殺し系統の成虫摩砕液を通常系統に注射すると、ウイルスが感染してオス殺しを起こすようになりますが、その際に一部の分節が抜け落ちる場合があることがわかりました。各分節の有無と性比との関係を調べることにより、分節4がないとオス殺しが起こせないことがわかりました(図4)。

4.分節4に載っている遺伝子1個をキイロショウジョウバエで発現させるとオス殺しが起きる(十分条件)
各分節に存在する遺伝子(遺伝子1~遺伝子4)を非感染のキイロショウジョウバエにおいて発現させてみたところ分節4に存在する遺伝子(遺伝子4)を発現させたときのみオス殺しを起こすことがわかりました(図5)。つまり、遺伝子4がオス殺しを起こすための必要十分条件であることが示されました。

今後の予定・期待

今回、ヤマカオジロショウジョウバエで見られるオス殺しの原因として、パルティティウイルスに近縁なウイルスを同定し、そのウイルスが持つオス殺し遺伝子を特定することができました。チョウ目害虫であるチャハマキにおいても、これと近縁なウイルスがオス殺しを起こすことが報告されています(Fujita et al., 2021; URL: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2020.620623)。また、パルティティウイルスに近縁なRdRp遺伝子の配列は様々な昆虫やその他の節足動物から見つかっていますが(図3)、オス殺し遺伝子(遺伝子4)に相同性のある配列は見つかっていません。オス殺し遺伝子はどこから来たものなのか、オス殺し遺伝子はどのような分子メカニズムでオスを殺すのか、オスを殺すウイルスはどの程度普遍的に存在するのか、パルティティウイルス以外にもオスを殺すウイルスは存在するのか、ボルバキア等のように宿主にオス殺し以外の生殖操作を引き起こすものはいるのか、等についてはわかっていないのでこれから明らかにしていく必要があります。今後これらの問題に取り組むとともに、オス殺し現象やその仕組みを利用した昆虫制御技術の開発にも取り組む予定です。

用語の解説
1)ボルバキア(Wolbachia pipientis)
様々な無脊椎動物の細胞内に存在しており、母から子に伝わる共生細菌の1種。昆虫の約半数の種に感染していると推定されており、地球上でもっとも繁栄している共生微生物と考えられています。様々な方法で宿主の生殖を操作する(用語2「生殖操作」参照)ことにより、宿主集団内での存在頻度を高める利己的な微生物の1つとされています(参考:『消えるオス』化学同人)。
2)生殖操作
ボルバキア等の共生微生物は、宿主の生殖システムを巧妙に操作することにより、次世代への伝播をより確実にしていることが知られています。生殖操作の種類としては、感染オスと非感染メスが交配すると子どもが胚の時期に死亡する「細胞質不和合」、オスのみが胚の時期に死亡する「オス殺し」、遺伝的なオス個体の表現型がメスに性転換する「メス化」、メスがオスと交尾せずメスを産むようになる「単為生殖化」などが知られています。この中でも、オス殺しについては、餌の量が限られた状況でオスが胚の時期に死亡することにより、余った餌を余分に消費できるようになる姉妹の生存率が高まることから、メスからしか伝わらない共生微生物にとってはメリットがあると考えられています。
3)ヤマカオジロショウジョウバエ(Drosophila biauraria)
モデル生物として知られるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)に近縁なトラフショウジョウバエ(montium)グループに属するショウジョウバエ。冷涼な気候を好み、日本では北海道では低地に、本州や四国では標高の高い地域に生息しています。
4)パルティティウイルス科
二本鎖RNAからなる複数の分節をゲノムとしてもち、基本的にはRNA依存性RNAポリメラーゼ(RNA複製のための酵素)をコードする遺伝子を持つ分節1つとキャプシド(ウイルスゲノムを取り囲むタンパク質の殻)をコードする遺伝子を持つ分節1つのみによりなりますが、数本の分節を付加的に持つものも存在します。カビや植物に共生し、病徴を起こさないウイルスとして知られています。
5)二本鎖RNAウイルス
二本鎖RNAをゲノムとして持つウイルス。パルティティウイルス科のウイルスも二本鎖RNAウイルスに含まれます。
6)大規模シークエンサー
膨大な数のDNA分子について同時に配列決定することができる装置。次世代シークエンサーともよばれています。
発表論文

A male-killing gene encoded by a symbiotic virus of Drosophila. Daisuke Kageyama, Toshiyuki Harumoto, Keisuke Nagamine, Akiko Fujiwara, Takafumi N. Sugimoto, Akiya Jouraku, Masaru Tamura, Takehiro K. Katoh, Masayoshi Watada. Nature Communications.
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-023-37145-0

参考図

昆虫に共生するウイルスが持つオス殺し遺伝子の発見~ ウイルスが持つ多様な機能の一端を解明~
図1 本研究のまとめ
ヤマカオジロショウジョウバエからオスを殺すウイルスを発見しました。パルティティウイルス科に属するそのウイルスのゲノムには遺伝子が4個あり(遺伝子1~遺伝子4)、遺伝子4が失われた場合オスを殺せないことがわかりました。またキイロショウジョウバエに遺伝子4を単独で人工的に発現させるとオス殺しを起こすことがわかったことから、オス殺しの原因遺伝子が遺伝子4であることが判明しました。
図2 オス殺しウイルスの発見とゲノム構造
ヤマカオジロショウジョウバエにおいて、オス殺しが起きている系統と起きていない系統のRNAを網羅的に比較することにより、オス殺し系統のみに大量に存在する4本の二本鎖RNA断片(分節1~4)が抽出されました。左のプロット図は、オス殺し系統と通常系統を1系統ずつ比較したデータを示しています。右の模式図は、オス殺しウイルスのゲノム構造を示しています。それぞれの分節にはタンパク質の情報を載せている1 kb前後の遺伝子(灰色の四角形)が1つ存在しています(そのうち分節1に存在する遺伝子は、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)の情報を載せていることがわかっています。黒い棒は非翻訳領域、黒三角は開始コドン、白三角は終止コドン、スケールバーは1000塩基対(1 kbp)を示します。
図3 遺伝子1(RNA依存性RNAポリメラーゼ;RdRp)のアミノ酸配列を用いて作成したパルティティウイルス科の分子系統樹
パルティティウイルス科は、分類学的にAlphapartitivirus(灰)、Betapartitivirus(青)、Gammapartitivirus(緑)、Deltapartitivirus(紫)に分けられます。近年次世代シークエンサーによって様々な昆虫類が解析され、データベースに登録されていますが、その中から、今回見つかったパルティティウイルスに近い配列を黒で示してあります。今回見つかったオス殺しウイルスは赤矢印で示してあり、主要な枝についている数字はその枝の確かさを示すブートストラップ値を示してあります。スケールバーは1サイトあたり1個の置換に相当する枝の長さを示しています。
図4 ヤマカオジロショウジョウバエにおける4つの分節RNAの有無と子どもの性比との関係
オス殺し系統の成虫摩砕液を通常系統に注射すると、その後の世代で性比がメスに偏り、4つの分節RNA(オス殺しウイルス)が伝わりますが、その際に一部の分節が抜け落ちることがあります。各分節の有無と性比との関係を調べることにより、分節4の存在がオス殺しを起こすために必要であることがわかりました。横軸は、二項検定による両側確率で、数値が少ないほど偏りが大きいことを示しています。赤丸はメスのみによりなる家族、黒丸はオスとメスを含む家族を示しています。
図5 4つのRNA断片それぞれに存在する遺伝子(遺伝子1~遺伝子4)をキイロショウジョウバエにおいて発現させた際の性比への影響
縦軸はオスの出現割合を示しています(全メスなら0、雌雄同数なら0.5)。各プロットは、1反復を示しています。+は当該遺伝子を発現させた実験区、-は対照区を示します。EGFPは、オワンクラゲ由来の蛍光タンパク質を発現させた対照区。遺伝子4(分節4にある遺伝子)の発現がオス殺しを起こすための十分条件であることがわかりました。

生物化学工学
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