鉄欠乏条件で誘導するフィコビリソームと光化学系I複合体の強固な結合

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2023-07-03 静岡大学

【研究のポイント】
・酸素発生型光合成の初期過程である光捕集に関与するフィコビリソーム(PBS)(注1)は、太陽光を捕集し、光化学系タンパク質(注2)に伝達します。
・本研究は、鉄欠乏環境で培養されたシアノバクテリア(注3)から、光化学系I複合体(PSI)にPBSが結合した超複合体を精製することに成功しました。
・鉄欠乏条件によりPBSとPSIが強固に結合することを見出しました。

【研究概要】
静岡大学農学部の長尾遼准教授の研究グループは、岡山大学の沈建仁教授、理化学研究所の堂前直ユニットリーダーらと共に、鉄欠乏条件下で培養したシアノバクテリアAnabaena sp. PCC 7120(以下、アナベナ)から、PSIにPBSが結合した、PSI単量体-PBSとPSI二量体-PBSの二種類の超複合体を精製し、それらの分子特性を明らかにしました。
鉄が添加された通常培養条件では、PSI-PBS超複合体の精製が困難であり、これは両者の相互作用が弱いためだと考えられます。本研究により、鉄欠乏環境によってPBSとPSIの強固な結合が誘導されることを初めて見出しました。
PBSはほぼすべてのシアノバクテリアに備わっており、太陽光獲得に貢献します。
本研究で発見した鉄欠乏誘導によるPBSとPSIの相互作用強化は、多くのシアノバクテリアに備わっているのか、もしくはアナベナに特有なのか、現時点では不明です。
このような栄養飢餓によって誘導する未知の分子機構の解明は、光合成生物の光捕集の適応機構に迫る研究へとつながることが期待されます。
なお、本研究成果は、2023年6月30日に、エルゼビアの発行する国際雑誌「Biochimica et Biophysica Acta – Bioenergetics」に掲載されました。

【研究者コメント】
静岡大学農学部
准教授・長尾遼(ながおりょう)
光合成に関与するタンパク質の特性を理解するためには、細胞から抽出して精製する必要があります。
PBSはとても不安定なタンパク質であり、細胞を破壊することでバラバラになってしまいます。
今回、鉄欠乏という特殊な条件でアナベナを培養することで、PBSとPSIが強固に結合することを偶然発見しました。
これまでの常識だけを信じて研究していたら、決して発見することのない希少な現象と出会うことができました。

【研究背景】
酸素発生型光合成は、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から有機物を合成し、副産物として酸素を発生します。
シアノバクテリア、藻類、陸上植物が酸素発生型光合成を行うことにより、酸素呼吸する生物は地球上で生活できています。
酸素発生型光合成を行う上で光捕集システムは欠かせない要素です。
PBSは、シアノバクテリアや紅藻が持つ巨大な光捕集タンパク質です。
PBSは光を捕集し、そのエネルギーを光化学系タンパク質に渡します。
PBSと光化学系タンパク質の相互作用は弱いため、それらが結合した超複合体の精製は困難なことが知られています。
したがって、PBS-光化学系タンパク質超複合体の分子特性は不明な点が多いです。

【研究の成果】
静岡大学農学部の長尾遼准教授の研究グループは、岡山大学の沈建仁教授、理化学研究所の堂前直ユニットリーダーらと共に、鉄欠乏条件で培養したアナベナからPSI-PBS超複合体を精製することに成功しました。
アナベナのPSIは、四量体、二量体、単量体として生体中に存在していますが、今回、精製されたPSI-PBSは、生化学および分光学分析によって、PSI単量体-PBSとPSI二量体-PBSの二種類の超複合体であることが明らかになりました。
質量分析(注4)の結果、PBSの構成成分であるCpcL, CpcC, CpcA, CpcBが検出されました。
また、Blue native PAGE(注5)による分析から、PSI画分にCpcLが残っていることを見出しました。
一般的には、PBSとPSIの相互作用は弱いため、Blue native PAGEにより、すべてのPBSの構成成分がPSI画分から除かれてしまいます。
しかし本研究では、鉄欠乏条件でアナベナを培養することにより、CpcLとPSIの強固な結合を示しました。

【今後の展望と波及効果】
光合成生物の光捕集機構を明らかにすることは、光合成全体の作動原理の解明、さらには光エネルギー利用効率化へと発展していきます。
このような知見を人工光合成研究に取り入れることで、高効率光エネルギー伝達システムの構築が進展し、持続可能な社会の実現へ近づくことが期待できます。

【論文情報】
掲載誌名:Biochimica et Biophysica Acta – Bioenergetics
論文タイトル:Tight association of CpcL with photosystem I in Anabaena sp. PCC 7120 grown under iron-deficient conditions
著者:Shota Shimizu, Haruya Ogawa, Naoki Tsuboshita, Takehiro Suzuki, Koji Kato, Yoshiki Nakajima, Naoshi Dohmae, Jian-Ren Shen, Ryo Nagao
DOI:https://doi.org/10.1016/j.bbabio.2023.148993

【用語説明】
注1:フィコビリソーム(PBS)
シアノバクテリアや紅藻が持ち、太陽の光を捕集する機能を有する巨大なタンパク質複合体です。

注2:光化学系タンパク質
光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体です。
光化学系I(PSI)と光化学系II(PSII)があります。
本研究で着目するPSIは10種類以上のサブユニットから構成され、補欠因子として、金属錯体、色素分子(クロロフィルやカロテノイド)がタンパク質に結合しています。
クロロフィルとカロテノイドはそれぞれ特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。

注3:シアノバクテリア
酸素発生の能力をはじめて獲得した、核をもたない光合成微生物で、植物の葉緑体の起源になったと考えられています。
シアノバクテリアは約30億年の進化の歴史をもつため、光合成色素や代謝能力など種毎に変化に富んだ形質をもちます。

注4:質量分析
化合物の分子量や構造を調べるための分析技術の一つであり、原子・分子をイオンにしその質量を測定することで、分子全体の大きさやその構造を決定できます。

注5:Blue native PAGE
電気泳動法の一種で、タンパク質複合体をネイティブ(非変性)な状態で分離・解析するために使用されます。

申込み方法・問い合わせ先:

(研究に関すること)
静岡大学農学部
准教授・長尾遼(ながおりょう)

(報道に関すること)
静岡大学 広報・基金課
岡山大学 総務・企画部 広報課
理化学研究所 広報室 報道担当

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