2023-07-24 京都大学
アルツハイマー病や血管性認知症をはじめとする認知症は、超高齢社会を迎え、患者数の増加が大きな問題となっています。認知症の病態においては、高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病が危険因子として知られており、最終的に神経細胞死に至ります。近年、その過程の病態メカニズムとして、生活習慣病による動脈硬化と血管狭窄により、脳が慢性的な低血流状態におちいり、髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトの機能異常や細胞死である「白質傷害」が起こり、神経細胞死に至る前の段階で、認知機能障害などの神経機能異常を引き起こすことが明らかになりつつあります。しかし、そのメカニズムにはまだ多くの未解明な点があり、さらに生体が持つ防御機構についてもほとんどわかっていませんでした。
白川久志 薬学研究科准教授および抱将史 同博士課程学生(現:和歌山県立医科大学助教)らの研究グループは、シナモン主成分のシンナムアルデヒド(CA)やワサビ主成分のアリルイソチオシアネート(AITC)、そして温和な熱や活性酸素種(ROS)にも感受性のあるTRPA1チャネルの遺伝子欠損マウスを用いて、脳血流を慢性的に低下させることで白質傷害をへて認知機能障害に至る「血管性認知障害」の病態モデル(慢性脳低灌流BCASモデル)を作製し詳しく調べたところ、BCAS手術によりTRPA1遺伝子欠損マウスでは、対照群の野生型マウスよりも早期に白質傷害および認知機能障害がおきることを発見しました。さらに詳細に調べたところ、脳で最も多いグリア細胞であるアストロサイトに発現しているTRPA1の活性化が、髄鞘形成促進作用を持つサイトカインである白血病阻止因子(LIF)の産生を介してオリゴデンドロサイト前駆細胞を分化させて白質傷害を抑制していること、シナモン主成分であるシンナムアルデヒド(CA)でTRPA1を刺激し続けると白質傷害が抑制されて認知機能障害がおきなくなることを見いだし、アストロサイトのTRPA1活性化が、認知症に対する生体防御機構として働いていることを明らかにしました。
慢性脳低灌流状態から白質傷害を経て認知機能障害に至る病態メカニズムは、多くの型の認知症において発症や病態増悪に深く関与していると考えられていることから、アストロサイトのTRPA1チャネルやLIFが関与する経路は、認知症に対する新たな創薬標的になることが期待されます。
本研究成果は、2023年7月21日に、国際学術誌「Science Advances」に掲載されました。
研究者のコメント
「最近、アルツハイマー型認知症は、アミロイドβに対する抗体医薬品の新薬承認により大きな話題となっていますが、アルツハイマー型認知症を『脳血管障害』と捉える研究もまた、注目を集めています。しかしながら、このような脳血管障害としての病態にどのように対処すべきか、どのような治療薬を開発すべきか、という点は意外なほどに未解決のままです。今回の研究では、脳内で最も多く存在するグリア細胞であるアストロサイトが、TRPA1活性化からLIF産生、そしてOPCの分化促進というメカニズムにより、BCASモデルにおける白質傷害を防ぎ、最終的に認知機能障害への進行を抑制するという、白質に対する新たな保護機構を担っていることを明らかにすることができました。今後は、ファミリー分子の関与を詳細に調べると共に、他の認知症動物モデルと組み合わせることで、認知症の発症機構や防御機構の全体像に迫りたいと考えています。」(白川久志)
詳しい研究内容について
認知症に対する新たな生体防御機構の発見〜アストロサイトのTRPA1活性化が、LIF産生を介して白質傷害や認知機能障害を防ぐ〜
研究者情報
研究者名:白川 久志