2023-08-31 国立がん研究センター
発表のポイント
- 前立腺全摘直後には、外尿道括約筋の機能が低下し70%程度の患者さんで尿失禁がみられますが、時間とともに改善します。一部の患者さんでは機能改善が不充分で、尿失禁が残存し、生活の質(QOL)の低下がみられるため、新たな治療法の開発が喫緊の課題となっています。
- 国立がん研究センター東病院は、国内初の自己脂肪組織由来の培養脂肪幹細胞を用いた、外尿道括約筋の機能再建を目指した再生医療による臨床試験を開始しました。
- 国立がん研究センターは、がんの克服を目指し、患者さんのQOLをさらに向上させるための研究開発を進めていきます。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)東病院(病院長:大津 敦、千葉県柏市)は、前立腺がんの根治的前立腺全摘(以下、前立腺全摘)後に合併症として発症する腹圧性尿失禁(以下、尿失禁)に対する再生医療を用いた臨床試験を開始しました。
尿失禁は、前立腺全摘後に多くの患者さんでみられ、体操と服薬により約9割の患者さんでは改善しますが、約1割の患者さんでは改善が乏しい場合があります。尿失禁は生活の質(QOL)を著しく低下させますが、有効な治療法はなく、新たな治療法の開発が喫緊の課題となっています。本研究は、尿失禁の改善が乏しい患者さんに、患者さんの皮下脂肪からさまざまな細胞に分化する能力を保持している幹細胞(以下、脂肪幹細胞)を分離、培養し、尿失禁の原因となっている外尿道括約筋(以下、括約筋)に注入することで、機能の向上と症状の改善、安全性について注入後1年間にわたり検証します。
背景
前立腺がんは、男性で最も多いがんで年間約95万人(全国がん登録2019年)が罹患し、また年間約2万人の患者さんが前立腺全摘除術を受けています。尿失禁は前立腺全摘除術後の代表的な合併症で、患者さんの約9割は骨盤底筋群体操と薬剤を主とした保存的治療を行い術後1年程度で治りますが、約1割の患者さんでは尿失禁が残存します。尿失禁は、患者さんのQOLを低下させ、仕事、家事、社会的活動を狭め、心理的に大きな負担となることが多数の研究で報告されています。近年は、ロボット支援手術の普及により体への負担が少ない手術が行われるようになり、重症(1日400c以上の失禁)患者さんは減少していますが、軽~中等症の患者さんの割合は増えています。尿失禁が改善しない場合の治療には、コラーゲンや自己皮下脂肪組織を括約筋近傍に内視鏡で注入し、尿道を狭くする治療が施行されたことがありますが、注入されたコラーゲンや脂肪組織は自然吸収されるため効果は極めて短期的でした。そこで、長期的な効果が望める再生医療が期待されるようになりました。
今回利用する脂肪幹細胞は、2001年にその存在が確認され、同細胞を含む脂肪組織が容易かつ安全に採取できること、同細胞がさまざまな細胞に分化する能力を保持していることから、整形外科での変形性関節症、乳がん術後の乳房再建、消化器内科での肝硬変治療などで同細胞を用いた再生医療が活発に研究されております。
研究方法
本研究は、再生医療等の安全性の確保法等に関する法律において求められる第二種再生医療計画のもと施行されています。詳細は、臨床研究等提出・公開システムであるjRCT(Japan Registry of Clinical Trials: https://jrct.niph.go.jp)内に記載(https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCTb030220456)されています。
本研究では、脂肪幹細胞を患者さんの皮下脂肪組織から取り出し、細胞加工施設で一定数の脂肪幹細胞まで増やして(培養)、再び患者さんの体(括約筋部)に戻します。培養するため、患者さんから取り出す脂肪組織は少量で済み、体型に関係なく同量かつ大量の脂肪幹細胞を作ることができる(規格化といいます)のが利点です。
- 国立がん研究センター東病院で、局所麻酔下で左臀部から約10~15ccの脂肪吸引を行います。
- 採取した脂肪を細胞培養加工施設(医療法人再生会そばじまクリニック)に運び、同施設で脂肪組織幹細胞の分離・培養・品質チェックを行います。
- 一定数まで増えた脂肪幹細胞を超低温で、東病院に輸送します。
- 東病院で、右臀部より10~15ccの脂肪を採取し、脂肪幹細胞と混和して外尿道括約筋近傍に内視鏡下で注入します。尿道壁の膨らみ方を観察しながら、数カ所に分けて注入します。混ぜあわせる脂肪は、幹細胞生着の足場として考えられています。
- 注入後1年間、排尿日誌(注1)、問診票(国際尿失禁問診票CIQ-SF)、24時間パッドテスト(注2)で定期的に評価していきます。目標症例数は10例、予定期間は2025年5月まで行う予定です。
研究費
本研究にかかる費用は、メディカル・データ・ビジョン株式会社(代表取締役社長:岩崎 博之)より拠出されます。
用語解説
注1)排尿日誌
尿量を測定できるコップで、日常生活の中で最低24 時間(できれば数日~1週間)にわたって、毎回の排尿時間と排尿量、尿失禁の回数、パッド類の枚数、およびその他の出来事を患者さんに記載いただきます。これにより昼間・夜間の排尿回数や一回の排尿量、尿失禁の頻度と重症度が比較的容易に把握できます。
注2)24時間パッドテスト
日常生活の中での24時間の失禁量を求めます、3日間の平均値を使用します。
お問い合わせ先
研究に関する問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
泌尿器・後腹膜腫瘍科 増田 均
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室(柏キャンパス)