2023-09-26 東京大学
発表のポイント
- 花粉抗原によっておこるマウスのアレルギー性結膜炎の症状をω-3脂肪酸EPAの代謝産物5,6-DiHETEの投与が抑えることがわかりました。
- この脂質の代謝物(5,6-DiHETE)は痒みも抑えることがわかりました。
- この脂質の代謝物(5,6-DiHETE)は青魚に多く含まれることが分かっています。これを摂取することで、花粉症などのアレルギー症状を抑えることができる可能性があります。
研究成果のイメージ
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の村田幸久准教授の研究グループは、ω-3脂肪酸であるEPAの代謝物5,6-dihydroxy-8Z,11Z,14Z,17Z-eicosatetraenoic acid (5,6-DiHETE) が、アレルギー性結膜炎の症状を抑制することを、マウスモデルを使って明らかにしました。
本研究では、花粉症のモデルであるマウスの花粉誘発性のアレルギー性結膜炎モデルを作製し、5,6-DiHETEの投与が瞼の腫れ、涙の量の増加やかゆみなどの症状を抑制することを示しました。このメカニズムとして、5,6-DiHETEがアレルギー反応を起こすマスト細胞(注1)の活性化と、その後におこる血管透過性の亢進、かゆみを起こす神経刺激を抑えることが分かりました。更に、5,6-DiHETEの投与は、アレルギーの症状を慢性化させる好酸球(注2)と呼ばれる免疫細胞の結膜への浸潤も抑制しました。過去の研究で、5,6-DiHETEは青魚の内臓に多く含まれることも分かっています。今回の発見は、近年急増している花粉症を含むアレルギー性結膜炎患者さんに対し、食べることでQOL(Quality of Life)改善に役立つ技術の開発につながるものと期待できます。
発表内容
〈研究の背景〉
アレルギー性結膜炎は、結膜でアレルギー性の炎症が起こる疾患です。花粉などの抗原に感作された結膜が、再度抗原に暴露されると、マスト細胞と呼ばれる免疫細胞が抗原を認識して活性化し、ヒスタミンやセロトニンなどの強い炎症を引き起こす物質を大量に放出します。これが周囲の血管の内皮細胞や神経を刺激して、血管透過性の亢進による結膜の炎症や浮腫、涙の量の増加、かゆみなどの症状が起こります。また、マスト細胞や周囲の細胞から産生されたサイトカインが、好酸球などの免疫細胞を呼び寄せることで、炎症が慢性化していきます。
アレルギー性結膜炎の治療には、抗ヒスタミン薬や抗炎症性ステロイド薬が処方されます。しかし、抗ヒスタミン薬だけでは慢性的な炎症を完全に抑えられず、ステロイド点眼薬には眼圧が上昇するなどの副作用があります。かゆみを伴うつらいアレルギーの症状をおさえることができる、副作用の少ない治療・管理方法の開発が求められています。
これまでに我々は、マウスモデルを用いた検討において、炎症が治るときに組織の中で産生濃度が上昇する脂質として、EPAの代謝物である5,6-dihydroxy-8Z,11Z,14Z,17Z-eicosatetraenoic acid (5,6-DiHETE)を見出し、この物質が炎症反応を抑える働きをもつことを発見してきました。詳細な検討によって、5,6-DiHETEはアレルギー性炎症やかゆみの増悪に関与するマスト細胞や血管、神経に多く発現しているTRPV4(注3)チャネルの活性を抑えるはたらきをもつことを見出しました。そこで我々は本研究において、患者が急激に増えている花粉症でおこるアレルギー性結膜炎に対する5,6-DiHETEの治療効果を検討しました。
〈研究の内容〉
ブタクサ花粉(花粉)をマウスの皮下に2回投与して体内に抗花粉抗体を作り、その後10日目から5日間、1日1回、花粉を点眼してアレルギー性結膜炎を引き起こしました。花粉点眼の直前に300 µg/kgの5,6-DiHETEを腹腔内に投与しました。陽性対照として2 mg/kgの抗炎症性ステロイド(デキサメタゾン;DEX)を用いました。花粉刺激の最終日に、症状である瞼の腫れと、発赤、流涙の程度(シルマーテスト)(注4)を評価しました。その結果、花粉の刺激により症状が悪化しましたが、5,6-DiHETEの投与はこの症状を抑えました。その抑制の程度は抗炎症性ステロイド(デキサメタゾン;DEX)と同等で、強いものでした。また、花粉刺激15分後の涙の量も花粉投与により増加し、5,6-DiHETEの投与はこれを抑制しました。結膜組織のMay-Grünwald-Giemsa染色(注5)を行って顕微鏡下で観察したところ、花粉刺激によりマスト細胞の活性化(脱顆粒率)と好酸球の浸潤数増加が観察されました。5,6-DiHETEの投与は、それらの増加を抑制しました。症状と同様に、5,6-DiHETEの涙の量やマスト細胞の活性化、好酸球浸潤に対する抑制効果は、抗炎症性ステロイド(DEX)と同様であり、強力なものでした。
以上の結果から、5,6-DiHETEが花粉誘発性のアレルギー性結膜炎の症状を強く抑制することがわかりました。
図1:5,6-DiHETEは花粉誘発性のアレルギー性結膜炎の症状を抑える
次にメカニズムの解明を進めました。5,6-DiHETEが花粉刺激による瞼の腫れや涙の増加を抑制したことから、5,6-DiHETEがヒスタミンによる血管透過性と神経の興奮を抑制していると考え、ヒスタミンを投与した際に起こる眼の炎症に対する5,6-DiHETEの治療効果を調べました。マウスに4 µgのヒスタミンを点眼することで結膜炎を起こし、ヒスタミンを点眼する15分前に300 µg/kgの5,6-DiHETE を腹腔内投与しました。陽性対照として抗ヒスタミン薬であるケトチフェン(Ket)を10 mg/kg腹腔内投与しました。ヒスタミンを点眼して15分後に、涙の量をシルマーテストで評価しました。また、予め静脈内へ注射した色素の結膜への漏出量を指標に、結膜における血管の透過性を評価しました。ヒスタミン点眼により涙の量と血管透過性が増加し、5,6-DiHETEの投与はこれらの増加を抑えました。その程度は一般薬として現在使われているケトチフェンと同程度の強いものでした。
実際の使用を想定して、点眼での5,6-DiHETEの効果を検討しました。ヒスタミンを8 µg点眼し、その45分前と15分前に、1 µgの5,6-DiHETEを点眼しました。陽性対照にケトチフェンを0.1 µg点眼しました。先ほどと同様に、5,6-DiHETEは点眼でもヒスタミン誘発性の涙の量の増加と血管透過性の亢進を抑制しました。その抑制の程度はケトチフェンと同程度でした。
図2:5,6-DiHETEの点眼はヒスタミンによる結膜の炎症を抑制する
かゆみはアレルギー性結膜炎の特徴的な症状の1つであり、かゆみに悩まされている人は非常に多いことが知られています。痒み物質であるセロトニンをマウスのほほに皮内投与した後、30分間ビデオで撮影して引っ掻き行動の回数を数えたところ、引っ掻き行動の増加が観察されました。300 µg/kgの5,6-DiHETEをセロトニン投与の直前に腹腔内投与したところ、この引っ掻き行動が抑えられました。陽性対象として、痒みを伝達する神経を抑えるTRPV4阻害剤HC-067047を20 mg/kg投与した場合も、同様に引っ掻き行動が抑えられました。
図3:5,6-DiHETEはセロトニンによっておこるかゆみを抑制する
これらの結果から、5,6-DiHETEがマスト細胞の脱顆粒と血管透過性の亢進、かゆみをそれぞれ抑制することで、マウスの花粉誘発性のアレルギー性結膜炎の症状を抑制することが分かりました。これらアレルギー反応急性期に起こる炎症反応のみならず、5,6-DiHETEは、好酸球の浸潤も抑制したことから、慢性炎症に対する治療効果も示唆されました。
〈今後の展望〉
5,6-DiHETEは青魚の内臓に多く含まれることが分かっています。これらを抽出し、食べたり飲んだりすることで、花粉症の症状を和らげる技術の開発を今後進めます。この技術によりアレルギーに苦しむ患者さんのQOL(Quality of Life)改善に貢献できればと考えています。
発表者
東京大学 大学院農学生命科学研究科
応用動物科学専攻
鈴木 十萌歌(研究当時:修士課程)
永田 奈々恵(特任講師)
食と動物のシステム科学
小林 幸司(特任講師)
獣医学専攻
竹ノ内 晋也(博士課程)
村田 幸久(准教授)
発表雑誌
- 雑誌 Frontiers in Pharmacology
- 題名 Alleviation of allergic conjunctivitis by (±)5(6)-dihydroxy-8Z,11Z,14Z,17Z-eicosatetraenoic acid in mice
- 著者 Nanae Nagata†, Tomoka Suzuki†, Shinya Takenouchi, Koji Kobayashi and Takahisa Murata* †同等貢献、*責任著者
- DOI 10.3389/fphar.2023.1217397
- URL https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fphar.2023.1217397/abstract
研究助成
本研究は、科研費(課題番号:19K15975小林幸司、課題番号:22K05984永田奈々恵、課題番号:20H05678村田幸久)、JST-A-STEP(課題番号:JPMJTR22UF村田幸久)、 the Kiho-kai Suzuki Ganka, Asahi Group Foundation, Terumo Life Science Foundation、 Research Support Program of SEKISUI CHEMICAL CO., LTD (村田幸久)などの支援により実施されました。
用語解説
注1 マスト細胞
免疫細胞の一種。細胞質内にヒスタミンやセロトニンといった生理活性物質を含んだ顆粒を多く保有し、アレルギー反応を引き起こすことでも知られる。
注2 好酸球
白血球の一種。アレルギーで増加して炎症を増悪、慢性化させる。
注3 TRPV4
非選択性の陽イオンチャネルで、生理活性脂質などの刺激によっても活性化される。TRPV4の活性化は、マウスにおいて血管透過性の亢進やかゆみを誘発することなどが報告されている。
注4 シルマーテスト
涙の分泌量を調べる検査。
注5 May-Grünwald-Giemsa染色
血球を染色する方法の1つ。マスト細胞や好酸球を観察するために使用する。
問い合わせ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医薬理学研究室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)