血球細胞分化に必要な新たな因子を同定

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2023-09-29 京都大学iPS細胞研究所

ポイント
  1. ヒトES細胞およびiPS細胞の血球前駆細胞分化において、血球前駆細胞へと分化する前段階に血球特異的なエンハンサーが活性化することを網羅的解析により示した。
  2. 血球特異的なエンハンサーの活性化には、ZEB2およびMEIS1がどちらも不可欠であることを新たに解明した。
  3. 細胞分化のメカニズムとして、細胞特異的なエンハンサーの活性化が分化ポテンシャルを高める一方で、そのためには複数の因子を必要とし、特定の細胞への分化に対して制限を設ける仕組みが示唆された(図1)。

図1:血球分化初期におけるエンハンサー制御メカニズム

1. 要旨

北川瑶子 特別研究員(CiRA臨床応用研究部門)、齋藤潤教授(CiRA同部門)らの研究グループは、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)および人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて血球前駆細胞に至る分化過程の転写エピゲノム制御を網羅的に解析し、血球分化に必要な新規因子を同定しました。
この研究成果は、2023年9月9日に国際学術誌「iScience」にオンライン掲載されました。

2. 研究の背景

細胞分化には、細胞種ごとに特異的な遺伝子発現パターンを実現するための転写ネットワークの形成と、その遺伝子発現の安定性に寄与するエピゲノムランドスケープ注1)の構築が必要です。これまで分化に先立ち、細胞特異的エンハンサー注2)が活性化されることは示されてきましたが、その活性化に関わる因子がどのような細胞特異性をもち、どのように分化を適切に制御するかは明らかになっていませんでした。
細胞分化初期のイベントであるエンハンサー活性化の仕組みを知ることは、細胞が分化する過程の理解を深め、高効率な分化誘導法の開発にも役立つことが期待されます。
本研究では、ES細胞およびiPS細胞からの血球前駆細胞分化系を用いて、分化を引き起こす転写エピゲノム変動を網羅的に解析し、特に中心的な働きをする責任因子の探索を行いました。

3. 研究結果

本研究では、ES細胞およびiPS細胞を用いて無血清培地による血球前駆細胞分化を誘導し、その過程の転写エピゲノム変動を調べました。血球細胞特異的な転写プログラムの誘導に先立ち、血球細胞特異的なエンハンサーの一部が活性化し始めることを確認しました(図2)。これらのエンハンサーは血球分化に必要な既知の因子付近に存在し、エンハンサーの活性が血球分化に関わる転写因子の誘導に関わっている可能性が示唆されました。

図2:ES細胞から血球細胞への分化過程における
遺伝子発現と血球特異的エンハンサー活性の変動

次に、分化初期に血球特異的エンハンサーを活性化する因子を探索するため、転写因子結合モチーフ解析を行い、血球前駆細胞の分化前から発現している因子ZEB2に着目しました。ZEB2のクロマチン免疫沈降注3)を行ったところ、ZEB2は血球特異的エンハンサーの多くに結合することがわかりました。さらに、CRISPR-Cas9システムによりZEB2を欠損させると血球特異的エンハンサーの活性化に顕著な障害が起き、血球前駆細胞がほとんど分化しませんでした(図3)。

図3:ZEB2欠損株における血球細胞分化の障害(赤枠内が血球細胞)

ZEB2欠損によって影響を受ける下流因子の一つに、血球細胞分化に必要であることが知られているMEIS1という遺伝子がありました。ZEB2欠損による血球分化障害がMEIS1を介したものかを調べるため、MEIS1遺伝子を欠損した細胞株、ZEB2欠損株にMEIS1を強制発現させた細胞株を作製しました。その結果、MEIS1も血球特異的エンハンサーの活性化や血球分化に必要である一方、MEIS1を補充した条件下でもZEB2がないとエンハンサーの活性化や分化に障害が生じることが明らかになりました。これは、ZEB2とMEIS1がそれぞれ独立して血球分化に必要であることを意味します。これらの結果から、幅広い細胞で機能をもつZEB2と血球特異的な因子MEIS1の両者が揃って初めて血球特異的エンハンサーが十分に活性化し血液前駆細胞へ分化するというシナリオが示唆されました。

4. まとめ

本研究では、血球前駆細胞分化においてZEB2とMEIS1が独立して血球特異的エンハンサーの活性化に関わり、血球前駆細胞の分化に貢献することを明らかにしました。分化前から発現している複数の因子がその後の分化に必要となることで分化する細胞を制限しつつ特定の細胞への分化ポテンシャルを上げることができると考えられました。この研究成果は細胞分化メカニズムの理解を深め、効率良く人工的に目的の細胞を作製する際に役立つと期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    ZEB2 and MEIS1 independently contribute to hematopoiesis via early hematopoietic enhancer activation

  2. ジャーナル名
    iScience
  3. 著者
    Yohko Kitagawa1,*, Akihiro Ikenaka1, Ryohichi Sugimura1,2, Akira Niwa1, Megumu K. Saito1,3*
    *責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所臨床応用研究部門
    2. Li Ka Shing Faculty of Medicine, University of Hong Kong
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 日本医療研究開発機構
  2. 日本学術振興会 科学研究費 特別研究員奨励費
  3. 日本学術振興会 科学研究費 若手研究
  4. テルモ生命科学振興財団
  5. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1)エピゲノムランドスケープ
ゲノム上のDNAやヒストンなどの化学修飾パターン。これにより転写因子などの分子のDNAへの結合しやすさが変わり、遺伝子発現の誘導や安定性に影響を与える。

注2)エンハンサー
遺伝子から離れた場所に位置する遺伝子の発現調節を行うゲノム領域。活性化すると転写因子が結合し、近傍遺伝子の発現調節を行う。

注3)クロマチン免疫沈降
DNAとタンパク質との相互作用を調べることのできる手法の一つで、特定のタンパク質が結合するゲノム上の位置をDNA配列から明らかにすることができる。

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細胞遺伝子工学
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