2023-10-16 国立長寿医療研究センター
ポイント
・2型糖尿病※1の病態因子のうち、持続的な高血糖状態を示さずに、インスリン抵抗性※2を示すアルツハイマー病モデルマウスの樹立に成功しました。
・このモデルマウスの解析により、インスリン抵抗性がアルツハイマー病病態における記憶障害を早期に発症させることを実証しました。
・樹立されたモデルマウスは、2型糖尿病がアルツハイマー病病態を加速するメカニズムを明らかにするツールとなるとともに、予防・治療法の開発に役立つことが期待されます。
(図)インスリン受容体の機能異常変異を導入したアルツハイマー病モデルマウスを作成したところ、このマウスは持続的な高血糖状態を示さずにインスリン抵抗性を示し、また記憶障害を早期に発症した。また、同マウスは、脳血流の調節機能の異常およびアセチルコリン神経系における機能不全を示した。
概要
富山大学学術研究部薬学・和漢系 薬物治療学研究室の泉尾直孝助教、国立長寿医療研究センターの清水孝彦プロジェクトリーダーらの研究グループは、インスリン抵抗性が持続的な高血糖とは無関係にアルツハイマー病における記憶障害を早期発症させることを、動物実験にて実証しました。これまでの疫学的研究より、2型糖尿病はアルツハイマー病の危険因子であり、特にインスリン抵抗性がそのリスクと相関することが知られていましたが、そのメカニズムは不明なままでした。この理由として、2型糖尿病の病態因子のうち、高血糖状態とインスリン抵抗性を切り分けた動物モデルを用いた研究がなされていないことが挙げられます。同研究グループは、インスリン受容体※3の機能異常変異を全身に導入したアルツハイマー病モデルマウスを作成したところ、このマウスは持続的な高血糖状態を示さずにインスリン抵抗性を示し、また記憶障害を早期発症することが明らかとなりました。この結果は、インスリン抵抗性がアルツハイマー病の危険因子となるという疫学的知見を実験的に裏付けるものになります。さらに作成されたマウスの解析から、インスリン抵抗性はアルツハイマー病モデルマウスの脳血流※4の調節機能を障害し、アセチルコリン神経系※5の機能不全を誘導することが明らかとなりました。同研究グループが樹立したインスリン抵抗性アルツハイマー病モデルマウスは、2型糖尿病がアルツハイマー病病態を加速するメカニズムを明らかにするツールとなるとともに、予防・治療法の開発に役立つことが期待されます。
研究の背景
アルツハイマー病は、我が国に限らず世界共通の解決すべき課題です。治療に加え、発症の予防は患者人口の増加を食い止める重要な戦略となります。これまでの疫学的調査から、中年期における2型糖尿病への罹患はアルツハイマー病の発症率を高める危険因子であり、特にインスリン抵抗性がそのリスクと相関することが報告されていましたが、そのメカニズムは不明でした。2型糖尿病の病態因子のうち、インスリン抵抗性を高血糖状態から切り分けた動物モデルを樹立することができれば、2型糖尿病がアルツハイマー病のリスクとなるメカニズムを明らかにすることができ、アルツハイマー病の予防戦略の開発につながると考えられます。
研究の内容・成果
泉尾、清水らの研究グループは、インスリン受容体の機能抑制変異を全身に導入したアルツハイマー病モデルマウスを作成したところ、典型的なインスリン抵抗性の症状を示すにもかかわらず、持続的な高血糖状態を示さないことを見出し、また同マウスはアルツハイマー病病態における記憶障害を早期に発症することを明らかにしました。これらの結果は、インスリン抵抗性がアルツハイマー病の危険因子となるという疫学的知見を実験的に裏付けるものになります。さらに同マウスを解析したところ、脳血流の調節機能に異常が認められ、またアルツハイマー病患者で脱落が認められるアセチルコリン神経系において機能不全が認められました。このような変化は、2型糖尿病患者の脳内でも生じており、アルツハイマー病の発症確率を高めている可能性が考えられます。
今後の展開
この研究を通じて樹立されたインスリン抵抗性アルツハイマー病モデルマウスは、2型糖尿病がアルツハイマー病病態を加速するメカニズムを明らかにする強力なツールとなるとともに、新しい予防・治療法の開発に役立つことが期待されます。
【用語解説】
※1 2型糖尿病
最も多いタイプの糖尿病であり、一般的に“糖尿病” と表現した場合、2型糖尿病を示す事が多い。血糖値を下げるホルモンであるインスリンの作用の不足により引き起こされる。心筋梗塞や脳梗塞などの血管合併症を引き起こすだけでなく、最近では癌や認知症との関連も報告されている。
※2 インスリン抵抗性
血糖値を下げるホルモンであるインスリンの感受性が低下している状態。
※3 インスリン受容体
インスリンの作用を媒介する受容体であり、脳を含む全身に広く分布している。糖や脂質などのエネルギー代謝調節に加え、細胞増殖や個体発育など、多様な生理機能を有する。
※4 脳血流
脳内の神経細胞に酸素や栄養を供給している。刻々と変化する神経の活動性に応じて脳血流も絶えず変化している。アルツハイマー病の患者では、脳血流量が低下している。
※5 アセチルコリン神経系
アセチルコリンを情報伝達物質として放出する神経系であり、認知や記憶を司る。アルツハイマー病の患者の脳内ではアセチルコリン神経が脱落している。
【論文詳細】
論文名:Insulin resistance induces earlier initiation of cognitive dysfunction mediated by cholinergic deregulation in a mouse model of Alzheimer’s disease
著者:泉尾 直孝1,2*、渡辺 信博3、野田 義博4、齊藤 貴志5,6、西道 隆臣5、横手 幸太郎2、堀田 晴美3、清水 孝彦2,7*
(*:泉尾直孝と清水孝彦は共同責任著者)
1富山大学 学術研究部 薬学・和漢系 薬物治療学研究室、
2千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学分野、
3東京都健康長寿医療センター研究所 老化脳神経科学研究チーム・自律神経機能研究、
4東京都健康長寿医療センター研究所 実験動物施設、
5理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経老化制御研究チーム、
6名古屋市立大学脳神経科学研究所 認知症科学分野、
7国立長寿医療研究センター 老化ストレス応答研究プロジェクトチーム
掲載誌:Aging Cell (2023 年 10 月 11 日(水)付け)
DOI:10.1111/acel.13994
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この研究に関すること
老化ストレス応答研究プロジェクトチーム 清水 孝彦
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国立長寿医療研究センター総務部総務課広報担当