2023-10-19 九州⼤学
ポイント
- 近年、個体数の増加したシカの採⾷で森林の下層植⽣が減少し、九州の⼭岳林では⼟壌侵⾷が⽣じています。⼀⽅、このような⼟壌侵⾷が樹⽊成⻑にどう影響するかは不明でした。
- ⼭岳ブナ林が広がる九州⼤学宮崎演習林(椎葉村)において、⼟壌侵⾷の指標である根の露出程度とブナの成⻑量との関係を調べたところ、根の露出程度が⼤きいブナほど成⻑が低いことが明らかになりました。
- 本研究成果は⽇本の森林で深刻化するシカの下層植⽣採⾷が樹⽊衰退を招く⼀因となることを初めて⽰し、今後のシカの⾷害対策を考えるうえで役⽴つことが期待されます。
概要
近年、⽇本の多くの天然林では個体数の増加したニホンジカの植⽣採⾷に伴い下層植⽣が減少しています。下層植⽣の減少は⼟壌侵⾷を加速させ、樹⽊の根を地上に露出させますが、これまで下層植⽣消失により発⽣した⼟壌侵⾷が樹⽊の成⻑に与える影響は明らかではありませんでした。九州⼤学⼤学院⽣物資源環境科学府 博⼠後期課程の阿部隼⼈⽒,九州⼤学⼤学院農学研究院の⽚⼭歩美助教、岡⼭⼤学学術研究院⼤学院環境⽣命⾃然科学学域の兵藤不⼆夫教授らの研究グループは、シカの植⽣採⾷が⻑期的に続く九州南部のブナ林で、⼟壌侵⾷と樹⽊成⻑の関係を調査しました。その結果、⼟壌侵⾷の指標である根系の露出程度が⾼いブナ個体ほど、毎年の着葉量や幹の成⻑量が低いことが明らかになりました。ブナの成⻑低下は本地域でシカが増加し、下層植⽣が減少・消失した時期から⽣じていることが年輪解析から分かりました。また年輪試料の炭素安定同位体を分析することで、成⻑低下が根の露出に伴う⽔不⾜に起因する可能性が判明しました。ブナの成⻑低下は地⾯を覆い⼟壌侵⾷を軽減する落葉・落枝の減少に繋がり、さらなる⼟壌侵⾷とブナの成⻑低下を引き起こす負のスパイラルになっている可能性があります。森林を構成する樹⽊の成⻑低下は将来的な森林の劣化や荒廃に繋がる恐れがあることから、本研究結果は天然林の保全や⽣態系サービスを維持するために、シカの過剰な植⽣採⾷をコントロールする必要性を提⽰しています。
本研究成果は、2023 年10 ⽉11 ⽇に国際学術誌「Catena」のオンライン速報版で公開されました。
下層植⽣の消失した三⽅岳の概況
深刻な根系露出の例
研究者からひとこと
シカの植⽣採⾷は近年、⽇本全国の森林で増加しています。シカの強度な植⽣採⾷が森林⽣態系の公益的機能に悪影響を及ぼす場合、適切なシカ管理が必要になります。しかし、“強度なシカ採⾷は森林⽣態系の機能にどう影響するか”や、“どのような場所で深刻化しやすいのか”といった基本的情報は依然として少ない状況です。本研究により、シカの採⾷は⼭岳林でブナの成⻑を低下させる可能性があることが分かりました。この知⾒が⼈とシカとのより良い共存に役⽴つことを願うと共に、私たち研究チームはシカ採⾷が森林⽣態系に与えるインパクトやシカ対策による保全効果の評価について引き続き研究を進めていきます。
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論文情報
掲載誌:Catena
タイトル: Soil erosion under forest hampers beech growth: Impacts of understory vegetation degradation by sika deer
著者: Hayato ABE *、Tomonori KUME、Fujio HYODO、Mimori OYAMADA、Ayumi KATAYAMA
DOI:10.1016/j.catena.2023.107559
研究に関するお問い合わせ先
農学研究院 ⽚⼭ 歩美 助教