時空間での蛍光相関解析が生体深部超解像イメージングを可能にする~生きた脳の深部でナノスケールの神経細胞微細形態の可視化に成功~

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2023-10-16 生理学研究所

概要

自然科学研究機構 生命創成探究センター (ExCELLS) / 生理学研究所 の堤 元佐 特任助教、髙橋 泰伽特別共同利用研究員、根本 知己 教授のグループは、北海道大学電子科学研究所の小林 健太郎 博士と共同で、蛍光顕微鏡観察像の時空間相関解析に基づく超解像法SRRFを二光子励起顕微鏡法に適用することで、これまで観察が困難であった生体脳深部のナノスケールの神経細胞微細形態を可視化することに世界で初めて成功しました。この手法は画像解析による手法であり、一般的な二光子励起顕微鏡の観察に容易に適用できる一方で、既存の超解像顕微鏡法と同等の空間分解能および形態再現性を生体深部で達成できることから、神経科学のみならず、生体深部の微細な空間で生じる様々な生命現象の解明に貢献することが期待されます。
本研究成果は、国際科学雑誌 「Frontiers in Cellular Neuroscience」  (2023年10月10日付) に 掲載されました。
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図. 2P-SRRF法による脳組織中の神経細胞樹状突起の微細形態の可視化.
固定脳100 μm深部における神経細胞樹状突起の観察結果。通常の二光子励起顕微鏡による観察(図中の白線より右)では光の回折により微細形態がぼやけていたが、2P-SRRFの適用(同左)によって微細なスパイン形態が明瞭に可視化された。

発表のポイント
  1. (本研究成果のハイライト)これまで観察が困難だった、生体脳表から500 μmの深さで、神経細胞のナノスケールの微細形態を可視化することに世界で初めて成功した。
  2. (本研究で得られた知見)蛍光顕微鏡画像の時間・空間相関解析に基づく超解像法SRRFを二光子励起顕微鏡観察に適用することで、既存超解像顕微鏡法で到達できなかった生体深部において、光の回折限界を超えた空間分解能で微小空間の観察が可能であることを実証した。
  3. (本研究の成果により期待される波及効果)本研究で実証された手法は既存の二光子励起顕微鏡に容易に適用可能であることから、神経科学のみならず、医学・生命科学的に重要でありながらこれまで理解が進んでいなかった生体内の微小な空間で生じる現象の解明に広く貢献することが期待される。
背景

二光子励起顕微鏡法*1は、組織透過性の高い近赤外線を励起に用いることから、光が強く散乱する厚い組織や生体内をサブミクロンの空間分解能で観察することが可能で、医学・生命科学研究の発展に大きく貢献してきました。特に脳科学の分野において、二光子励起顕微鏡による観察で生きた脳内の三次元的な神経ネットワークや、そのネットワークを介した神経活動の観察が可能になり、様々な脳機能の研究に活用されています。一方で、光学顕微鏡の空間分解能は対物レンズの開口数と励起光の波長によって規定される光の回折広がりによって制約が生じます。これまでの二光子励起顕微鏡法を用いた観察では約350 nmまでの空間分解能でしか微細形態を可視化できませんでした。そのため、二光子励起顕微鏡では、記憶や学習によって変化する神経同士の情報伝達の場であるシナプス後部(樹状突起スパイン)の微細な形態変化を可視化することは困難であり、さらなる神経細胞機能の理解の障壁になっていました。そこで、従来の光学顕微鏡の可視化限界を超える約100 nm前後の空間分解能でのイメージングを可能にする手法である超解像顕微鏡法*2を二光子励起顕微鏡法に適用する取り組みが進められてきました。いくつかのアプローチが試みられてきましたが、これまでの光学的なアプローチでは光の散乱が妨げとなり、脳の表面からおよそ100 μm程度の深さまでしか超解像観察は実現していませんでした。

本研究の内容

私たちは超解像観察における光学的な制約を克服するため、画像解析によるアプローチを試みました。2016年に報告された新しい時空間相関解析に基づく超解像顕微鏡法SRRF*3に着目し、二光子励起顕微鏡法への適用(2P-SRRF)を試みました。本研究で私たちは、2P-SRRF法の空間分解能、深部観察への適用可能性、そして実際の脳組織観察における形態再現性を評価しました。既存の超解像顕微鏡法である構造化照明顕微鏡(SIM)との比較の結果、2P-SRRF法はSIMと同等の空間分解能と形態再現性を示すことが確認されました。また、2P-SRRFによる空間分解能の改善効果は生体脳模倣環境ゲルを用いた観察で、1500 μmの深さでも示されました。私たちは脳組織観察のために多数のSRRF処理パラメーターを最適化し、実際の固定脳サンプルおよび生体脳の観察に2P-SRRFを適用しました(図1,図2)。その結果、これまでの超解像顕微鏡法では実現困難だった生体脳の大脳皮質視覚野第5層(脳表から500 μm深部)の高解像度観察に成功し、錐体細胞基底樹状突起のスパイン微細形態が明瞭に可視化されました。
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図1. 2P-SRRFによる神経細胞スパイン形態の高解像度化.
固定脳スライス中の神経細胞樹状突起への適用結果。樹状突起の全容とスパイン形態の拡大図を示す。通常の二光子励起顕微鏡観察では樹状突起シャフトの蛍光と区別が難しかったスパインネックの形態が、2P-SRRF適用によって分離され、正確な幅で可視化された。
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図2. 2P-SRRFの生体深部イメージングへの適用.
生体脳大脳皮質第5層(500 μm深部)の錐体細胞の観察結果。拡大図は図中のある樹状突起を示す。2P-SRRFの適用により、生体深部においても高解像度での神経細胞イメージングに成功した。

本研究の発見の意義

本研究は、私たちの知る限り、画像解析による超解像顕微鏡法を用いた生体脳深部超解像イメージングの世界初の事例です。本研究の結果、既存の超解像顕微鏡法で実現しえなかった生体深々部での、光の回折限界を超えた観察が可能となりました。また、本手法は既存の二光子励起顕微鏡システムと、無償で利用可能な画像解析法を組み合わせた手法であり、特殊な装置や蛍光試薬を必要としません。多くの研究者が容易に導入可能であることも本手法の特色です。

今後の研究の展望

現時点で2P-SRRF法は二次元平面内での空間分解能改善効果に留まっており、今後は本法の三次元への拡張に取り組んでいきます。また、より強力な励起光源や、最先端の高速イメージング手法と本法を組み合わせることで、未解明の生命現象の可視化・理解の実現にも挑みたいと考えています。
なお、本研究で報告した2P-SRRF法に関しては、自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所 共同利用研究および先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)を通して利用可能です。2P-SRRF観察に適したサンプル調製の方法から、顕微鏡観察、そして画像解析支援までの一連の支援を提供できますので、幅広く利用者を募集しています。私たちはこれからも、二光子ナノイメージングを含む先端イメージング支援を通じて生命科学・医学研究の更なる発展に貢献してまいります。

研究サポート

本研究は、AMED革新脳プロジェクト(JP19dm0207078 根本 知己)、科学研究費補助金 (JP16H06280、JP22H04926 “Advanced Bioimaging Support” 根本 知己; JP19K15406、22K14578、22KK0100 堤 元佐; JP20H05669 根本 知己)、 JST ACT-X(JPMJAX2228 髙橋 泰伽)、物質デバイス領域共同研究拠点クロスオーバー共同研究(堤 元佐、小林 健太郎)、ExCELLS若手奨励研究 (堤 元佐) 等の支援を受けて実施されました。

掲載論文

雑誌名: Frontiers in Cellular Neuroscience
論文名: Fluorescence Radial Fluctuation Enables Two-Photon Super-Resolution Microscopy
著者: Motosuke Tsutsumi, Taiga Takahashi, Kentaro Kobayashi, Tomomi Nemoto* (*責任著者)
DOI: 10.3389/fncel.2023.1243633
掲載URL: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fncel.2023.1243633/full

用語説明

*1 二光子励起顕微鏡法
蛍光分子が、2つの光子を同時に吸収して励起状態に遷移する非線形光学現象を利用した蛍光顕微鏡法の一種。従来の蛍光顕微鏡法と比べてより深い領域を低侵襲的に観察できるといったメリットがある。
*2 超解像顕微鏡法
光の回折限界により、通常の光学顕微鏡観察で実現可能な空間分解能は約200 nmが限度となる。この限界を超えて本来の微細な分子配置を再現可能とする蛍光顕微鏡観察法が超解像顕微鏡法である。2000年代以降、誘導放出制御(STED)顕微鏡法、構造化照明顕微鏡法(SIM)など、主に光学的なアプローチによる手法が報告され、普及してきたが、近年では画像解析に基づく超解像法も複数提案されはじめている。
*3 SRRF法
「Super Resolution Radial Fluctuation(超解像放射状揺らぎ)」の略称であり、2016年にRicardo Henriquesらのグループから報告された画像解析に基づく超解像顕微鏡法である。新規の時間・空間相関解析アルゴリズムに基づき、蛍光顕微鏡画像の各画素における蛍光強度ベクトルの収束度合いを計算し、蛍光ピークの中心位置を約100 nmの精度で決定できる。

お問い合わせ先

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所
教授 根本知己
北海道大学 電子科学研究所
技術専門職員 小林健太郎

(広報に関するお問い合わせ)
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
北海道大学 社会共創部広報課

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