苦味物質が苦味を抑えることを発見~キツネザルにおける苦味受容の進化~

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2019-06-05 京都大学

今井啓雄 霊長類研究所教授、糸井川壮大 霊長類研究所・日本学術振興会特別研究員、早川卓志 同特定助教(現・北海道大学助教)、橋戸南美 中部大学・日本学術振興会特別研究員らの研究グループは、マダガスカル島に生息するキツネザルの仲間の苦味受容体を解析した結果、苦味を抑える苦味物質があることを発見しました。
本研究では、マダガスカル島で進化してきたワオキツネザル、クロキツネザル、エリマキキツネザルの食べ物が異なるため、苦味受容体の働きをシャーレ上で比較しました。その結果、サリシンという天然の苦味物質については3種とも苦味反応を起こしましたが、構造が少しだけちがうアルブチンという天然の苦味物質についてはワオキツネザルだけが苦味反応を起こして、他のキツネザルでは苦味反応が抑えられました。
日本モンキーセンターでクロキツネザルにサリシンとアルブチンを同時になめさせたところ、サリシン単独では苦味を避ける反応が、アルブチンがあると抑えられました。そこで苦味受容体のアミノ酸配列を比較検討したところ、1か所のアミノ酸の変異が、アルブチンが「インバースアゴニスト」(逆作動薬)となるかどうかを決めていることがわかりました。この変異はキツネザルの祖先で一度起こり、その後、またワオキツネザルで元に戻っているような興味深い進化的挙動を示します。
これまで苦味を抑える物質(インバースアゴニスト)はほとんど知られていませんでしたが、本研究成果は、薬等の苦味を抑えるためのヒントになる可能性があります。
本研究成果は、2019年6月5日に、国際学術誌「Proceedings of the Royal Society B」のオンライン版に掲載されました。

図:キツネザルの苦味に対する反応

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1098/rspb.2019.0884

Akihiro Itoigawa, Takashi Hayakawa, Nami Suzuki-Hashido and Hiroo Imai (2019). A natural point mutation in the bitter taste receptor TAS2R16 causes inverse agonism of arbutin in lemur gustation. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 286(1904):20190884.

詳しい研究内容について

苦味物質が苦味を抑えることを発見
―キツネザルにおける苦味受容の進化―

苦いという感覚は、舌の上にある苦味受容体に苦味物質が結合したときに起こり、動物は本能的に苦いもの を避けます。京都大学霊長類研究所 今井啓雄 教授、糸井川壮大 同博士課程学生(日本学術振興会特別研究 員)、早川卓志 同特定助教(研究当時、現:北海道大学助教)、橋戸南美 中部大学研究員(日本学術振興会 特別研究員)らの研究グループは、マダガスカル島に生息するキツネザルの仲間の苦味受容体を解析した結果、 偶然、苦味を抑える苦味物質があることを発見しました。
マダガスカル島ではワオキツネザル、クロキツネザル、エリマキキツネザル等の多様なキツネザルが進化し てきました。本研究では、これらの動物の食べ物が異なるため、苦味受容体の働きをシャーレ上で比較しまし た。その結果、サリシンという天然の苦味物質については 3 種とも苦味反応を起こしましたが、構造が少しだ けちがうアルブチンという天然の苦味物質についてはワオキツネザルだけが苦味反応を起こして、他のキツネ ザルでは苦味反応がむしろ抑えられました。日本モンキーセンターでクロキツネザルにサリシンとアルブチン を同時になめさせたところ、サリシン単独では苦味を避ける反応が、アルブチンがあると抑えられました。そ こで苦味受容体のアミノ酸配列を比較検討したところ、1 カ所のアミノ酸の変異が、アルブチンが( インバー スアゴニスト」となるかどうかを決めていることがわかりました。この変異はキツネザルの祖先で一度起こり、 その後、またワオキツネザルで元に戻っているような興味深い進化的挙動を示します。
これまで苦味を抑える物質((インバースアゴニスト)はほとんど知られていませんでしたが、本研究成果は、 薬等の苦味を抑えるためのヒントになるかも知れません。
本成果は、2019 年 6 月 5 日に英国の国際学術誌 Proceedings(of(the(Royal(Society(B」にオンライン掲載 されました。


研究の概要図:キツネザルの苦味に対する反応

1.背景
我々は受容体分子や動物の行動等を通じて、様々な霊長類の苦味や甘味等の味覚を比較研究してきました。 苦いという感覚は、舌の上にある苦味受容体に苦味物質が結合したときに起こり、動物は本能的に苦いものを 避けます。これまで、ニホンザルや葉食ザル等、様々な霊長類の苦味受容体を比較研究してきましたが、本研 究ではマダガスカル島で適応放散しているキツネザル類の苦味受容体を比較研究することにより、さらに幅広 い霊長類の苦味反応を検討することを試みました。

2.研究手法・成果
苦味を感じる受容体(TAS2R16)について、遺伝子操作によりシャーレ内で受容体を再構成する実験系を用 いました(Imai et al., Biology Letters, 2012)。TAS2R16 は樹皮等に含まれるサリシンやアルブチン等様々な 苦味物質(βグリコシド類)に対して強い応答を示します。ところが、キツネザルではサリシンという天然の 苦味物質については 3 種とも苦味反応を起こしましたが、構造が少しだけちがうアルブチンという天然の苦味 物質についてはワオキツネザルだけが苦味反応を起こして、他のキツネザルでは苦味反応がむしろ抑えられま した。また、日本モンキーセンターでクロキツネザルにサリシンとアルブチンを同時になめさせたところ、サ リシン単独では苦味を避ける反応が、アルブチンがあると抑えられました。このような反応を引き起こす物質 を「 インバースアゴニスト」(inverse agonist :逆作動薬)と呼び、分子レベルでも行動レベルでもサリシンの 応答も打ち消すような強い抑制効果を示します。サリシンとアルブチンは同じβグリコシド類に属し、構造も 少しだけ異なるだけなので、受容体との相互作用に影響があることが示唆されました。
そこで、TAS2R16 のアミノ酸配列を比較検討したところ、1 カ所のアミノ酸の変異が、アルブチンが「 イン バースアゴニスト」となるかどうかを決めていることがわかりました。この変異はキツネザルの祖先で一度起 こり、その後、またワオキツネザルで元に戻っているような興味深い進化的挙動を示します。キツネザルの生 態とどのように関連するのかは未だ明らかではありませんが、1カ所のアミノ酸変異と天然の苦味物質の微細 構造が、苦味を引き起こすのか抑制するのか決定するのは進化的にも分子生物学的にも興味深い現象です。

3.波及効果、今後の予定
これまで苦味を抑える物質、特にインバースアゴニストはほとんど知られていませんでした。唯一報告され ているのは、ヒトの TAS2R4 の人工変異体に人工苦味物質を反応させた例だけです。今回、天然のインバース アゴニストが発見されたことにより、苦味抑制の一つのコンセプトとして薬等の苦味を抑えるためのヒントに なるかも知れません。生態学的にはキツネザルがマダガスカル島で採食している天然の植物に、アルブチンや 類似の物質が含まれているかどうか、採食生態学的な意義が興味深いと考えられますので現地調査を進める予 定です。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、以下の資金の助成を受けて行われました。
● 科学研究費補助金 基盤研究(B)
研究課題名: 霊長類採食活動多様性の感覚的基盤」
研究代表者:今井啓雄(京都大学霊長類研究所教授)
研究期間: 2015 年 4 月~2019 年 3 月
● 公益財団法人小林国際奨学財団研究助成
研究課題名: 苦味受容体に注目した霊長類個体やオルガノイドを用いたアジア産植物由来天然物の 生理活性研究」
研究代表者:今井啓雄(京都大学霊長類研究所教授)
研究期間:2018 年 1 月~2019 年 12 月 (予定)
● テルモ生命科学芸術財団研究開発助成
研究課題名: 体内味覚受容体を用いた食欲増進と健康寿命延伸への貢献」
研究代表者:今井啓雄(京都大学霊長類研究所教授)
研究期間: 2018 年 12 月~2020 年 3 月(予定)

<研究者のコメント>
苦味をおさえる物質は、食品や薬品の開発にも重要な意味を持ちます。今回、偶然キツネザルの研究で天然 の苦味物質が少しだけ構造を変えると苦味を抑える物質になったのは驚きでした。動物やヒトの個人差でも、 受容体や食べ物の形が少しだけ変わっただけで違った味になるのかも知れません。

<論文タイトルと著者>
タイトル:A natural point mutation in the bitter taste receptor TAS2R16 causes inverse agonism of arbutin  lemur gustation.(キツネザルの味覚において、苦味受容体 TAS2R16 の突然変異がアルブチンの 苦味抑制を引き起こした)
著 者:糸井川壮大、早川卓志、鈴木―橋戸南美 (中部大学)、今井啓雄
掲 載 誌:Proceedings of  the Royal Society B
DOI:http://dx.doi.org/10.1098/rspb.2019.0884

<参考図>


図:霊長類における苦味感覚の進化
282 番目のアミノ酸の変異過程から霊長類の祖先ではアルブチンに苦味を感じるが、キツネザルの祖先でアルブチンが苦 味を抑えるようになったと推定される。ワオキツネザルでは再変異により再び苦味を感じるようになった。

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