サンゴと褐虫藻の共生に関わる遺伝子候補を特定~サンゴ礁生態系を支える共生分子機構の全容に迫る~

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2023-10-18 東京大学

発表のポイント

◆主要な造礁サンゴの一種、ウスエダミドリイシの初期生活期において、天然海域で実際に共生している褐虫藻種との共生に直接関わっている可能性がある「共生関連遺伝子群」を特定しました。
◆共生関連遺伝子群の一部は、サンゴがいくつかの系統に種分化した後に、遺伝子重複により遺伝子数が増えたことが明らかとなりました。サンゴのゲノム上での遺伝子重複が褐虫藻との安定した共生関係を生み出す原動力であったこと、サンゴの系統・種ごとに多様な共生メカニズムが存在する可能性が示唆されました。
◆本研究で得られた共生関連遺伝子群の情報は、サンゴと褐虫藻の共生メカニズムの全容解明に役立つことが期待されます。


サンゴと褐虫藻の共生によって支えられるサンゴ礁生態系

概要

東京大学大気海洋研究所の新里宙也准教授を中心とする研究グループは、サンゴと褐虫藻の共生に重要な役割を担っている可能性が高い遺伝子群を特定しました。

本研究では、世界中のサンゴ礁で一般的な造礁サンゴの一種であるウスエダミドリイシ(学名:Acropora tenuis)の初期生活期(プラヌラ幼生と初期ポリプ、図1)において、天然海域で実際に共生している褐虫藻種、Symbiodinium microadriaticumと共生した時に起こる遺伝子発現(注1)を網羅的に解析しました。その結果、糖や脂質の輸送、免疫制御や抗酸化防御に関わる15個の遺伝子は、褐虫藻と共生している時に、体内の褐虫藻数に応じて発現量が増加することが明らかとなりました。これら遺伝子群の進化的起源を探ると、一部の遺伝子はミドリイシ属サンゴの共通祖先のゲノム上で重複している(遺伝子重複、注2)ことが明らかとなりました。この結果は、それぞれのサンゴ系統で独自に獲得した遺伝子が、それぞれの系統で共生に関与する可能性を示しています。また、遺伝子重複が安定した共生関係を構築するための進化の原動力であったこと、サンゴの共生メカニズムは系統・種ごとに多様であることを示唆します。これらの成果は今後、サンゴと褐虫藻の共生メカニズム全容解明に役立つことが期待されます。


図1:サンゴと褐虫藻の共生
(左)サンゴのポリプと共生する褐虫藻。(右)サンゴの生活環の一例。ミドリイシ属サンゴをはじめ、多くのサンゴはプラヌラ幼生以降の発生段階で、共生する褐虫藻を環境中から獲得する。

発表内容

豊かな生物多様性を支えるサンゴ礁生態系、その礎は造礁サンゴ(以下、サンゴ)と褐虫藻の共生によって支えられています。宿主であるサンゴは、細胞内の共生藻類である褐虫藻に住処や無機栄養塩を提供し、褐虫藻は光合成によって生産した糖などの膨大な量の有機物をサンゴに提供しています。この共生関係が成立することで、サンゴ礁生態系の基盤を築いています。しかしこの共生関係は脆く、高水温などの環境変化によって簡単に崩壊し、サンゴの白化現象(注3)を引き起こします。多くのサンゴは褐虫藻に依存して生存するため、サンゴの白化はサンゴの死滅、ひいてはサンゴ礁生態系の崩壊へと繋がる恐れがあります。そのため、サンゴ礁生態系の基盤であるサンゴと褐虫藻の共生メカニズムの理解は、サンゴ礁保全のためにも極めて重要であり、全容解明が急がれます。

サンゴと褐虫藻の共生メカニズムを解明するため、これまでに多くの研究が行われてきました。しかし、実際にサンゴに共生している褐虫藻の単離培養は難しく、サンゴ以外の生き物から単離された褐虫藻が、主にサンゴへの褐虫藻感染実験に用いられてきました。そのため、実際の環境中のサンゴと褐虫藻の共生関係を正確に反映しているとは、必ずしもいえません。研究グループは、天然海域から採集したミドリイシ属サンゴの幼体内に共生する褐虫藻種(学名:Symbiodinium microadriaticum、以降、本来の共生褐虫藻)の培養株樹立及び、その褐虫藻をサンゴのプラヌラ幼生に感染させる実験手法を確立しました(関連情報1)。この実験系を活用することで、サンゴ‐褐虫藻共生の分子メカニズムの解明に取り組みました。

本研究では、ウスエダミドリイシの初期ポリプに、本来の共生褐虫藻の培養株を感染させました。そして、ウスエダミドリイシの約2万個の全遺伝子の発現量を網羅的に調べ、褐虫藻を与えていない初期ポリプの遺伝子発現と比較することで、共生時に発現量が変化する遺伝子を抽出しました。しかしこれらには、褐虫藻が共生したことによって間接的に発現量が変化する遺伝子、例えば骨格形成に関わる遺伝子なども含まれます。共生に直接関与する遺伝子は、本来の褐虫藻が共生した時に、発生段階に関わらず遺伝子発現量が変化すると考えられます。そこで、これまで我々が特定した、プラヌラ幼生時において本来の共生褐虫藻が共生した時に発現量が変動した遺伝子群(関連情報2)との比較を行い、両者で共通して遺伝子発現が変動する15個の遺伝子を絞り込みました。サンゴ内の褐虫藻数の増加と相関し、これらの遺伝子は発現量が増加することから(図2)、この15個の遺伝子は共生に直接関連すると考えられます(以降、共生関連遺伝子)。

次に、特定した共生関連遺伝子の機能を推測するために、アミノ酸配列中の機能領域(タンパク質ドメイン)の探索を行いました。その結果、ほとんどの共生関連遺伝子は進化的に保存された機能領域を有しており、一部の遺伝子は遺伝子機能がよく調べられているモデル生物(ヒトやショウジョウバエ)が持つ遺伝子とも相同性が見られました。共生関連遺伝子群には、糖や脂質の輸送、免疫制御、抗酸化防御に関連する機能を持つと予測される遺伝子が含まれます(図3)。また一部の共生関連遺伝子は、ウスエダミドリイシが含まれるミドリイシ属サンゴ系統の共通祖先で遺伝子重複により遺伝子が増えたこと、つまりミドリイシ属サンゴが持つ独特の遺伝子である可能性が、分子系統解析により明らかとなりました。遺伝子重複は、遺伝子の新規機能の獲得や機能の向上に寄与します。つまり、遺伝子重複が褐虫藻との安定した共生関係を築く進化の原動力であったこと、サンゴの共生メカニズムは一様でなく、それぞれの系統あるいは種ごとに多様に微調整されている可能性が考えられます。


図2:プラヌラ幼生と初期ポリプにおける共生関連遺伝子群の遺伝子発現パターン
(左)プラヌラ幼生・初期ポリプ内の平均褐虫藻数。本研究では、褐虫藻摂取後4・8・12日後のプラヌラ幼生、10・20日後の初期ポリプ及び、それらに対応する褐虫藻無添加サンプルを実験に用いた。(右)15個の共生関連遺伝子(各行)のタイムポイントごとの発現量増加率。赤が濃いほど、遺伝子発現量の増加率が高い。*は、褐虫藻を与えていないプラヌラ幼生あるいは初期ポリプと比べ、遺伝子発現量が統計的に有意に増加したタイムポイントを示す。


図3:推定される共生関連遺伝子群の共生時の機能
輸送体(SLC2A8NPC2SLC26A2)は、褐虫藻が光合成によって生産した有機物の輸送や、環境中から取り込んだ栄養塩を褐虫藻に供与する機能を持つと考えられる。抗酸化防御に関わる遺伝子(Chac1PxdPsap-like、Mmp-like)は、サンゴのミトコンドリアや褐虫藻の葉緑体などから産生される活性酸素種の除去、AnNLLGrn-likeは、褐虫藻を細胞内で維持するための免疫制御に関与すると考えられる。

〇関連情報:

  1. Yamashita et al. (2018) Symbiosis process between Acropora larvae and Symbiodinium differs even among closely related Symbiodinium types. Marine Ecology Progress Series.592:119–128.DOI: https://doi.org/10.3354/meps12474
  2. Yoshioka et al. (2021) Whole-genome transcriptome analyses of native symbionts reveal host coral genomic novelties for establishing coral– algae symbioses. Genome Biology and Evolution.13(1),evaa240.DOI: https://doi.org/10.1093/gbe/evaa240
発表者・研究者等情報

沖縄科学技術大学院大学
マリンゲノミックスユニット
善岡 祐輝 日本学術振興会特別研究員
研究当時:東京大学 大学院新領域創成科学研究科 博士課程

東京大学
大気海洋研究所
新里 宙也 准教授
大学院理学系研究科
内田 大賀 修士課程

水産研究・教育機構
鈴木 豪 主任研究員
山下 洋 主任研究員

論文情報

雑誌名:Communications Biology
題 名:Genes possibly related to symbiosis in early life stages of Acropora tenuis inoculated with Symbiodinium microadriaticum
著者名:Yuki Yoshioka*, Yi-Ling Chiu, Taiga Uchida, Hiroshi Yamashita, Go Suzuki, Chuya Shinzato*
DOI: 10.1038/s42003-023-05350-8
URL: https://www.nature.com/articles/s42003-023-05350-8このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:20H03235、18H02270、20H03066)」、「基盤研究(A)(課題番号:21H04742)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:20K21860)」、「特別研究員奨励費(課題番号:20J21301、23KJ2129)」の支援により実施されました。

用語解説
(注1)遺伝子発現
ゲノムDNAにコードされた遺伝情報がmRNAへと転写され、さらにタンパク質へと翻訳されて機能する過程。本研究における「遺伝子発現解析」は、遺伝子ごとのmRNA量の比較を指す。
(注2)遺伝子重複
ある遺伝子がゲノム中にコピーされる現象。コピーされた遺伝子は、新たな機能の獲得、機能が特化することがある。
(注3)サンゴの白化
サンゴにストレスがかかると、共生している褐虫藻を失うあるいは、共生している褐虫藻が色素を失うことで、サンゴの白い骨格が透けて見える現象。
問合せ先

東京大学大気海洋研究所
准教授 新里 宙也(しんざと ちゅうや)

沖縄科学技術大学院大学マリンゲノミックスユニット
日本学術振興会特別研究員 善岡 祐輝(よしおか ゆうき)

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生物化学工学
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