リハビリは脳の回路をダイナミックに変化させ、機能を再建する

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脳卒中後のリハビリによる運動機能の回復には、 脳幹を介した複数の回路が協力して関わる

2019-09-13 生理学研究所

研究成果は、国際科学誌「Journal of Neuroscience
(ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)」2019年9月11日(米国東部時間)掲載

脳卒中後のリハビリテーションは運動機能の回復に重要です。生き残った神経細胞同士のネットワークの再構築が重要と考えられています。
以前の研究で(2016年発表)、名古屋市立大学大学院医学系研究科の飛田秀樹教授および石田章真講師を中心とする研究チームは、京都大学医学研究科および自然科学研究機構生理学研究所との共同研究により、脳出血後の集中リハビリテーションによる神経回路(運動野-赤核路)の変化が運動機能の回復との間に因果関係があることを初めて明らかにし、新聞やテレビなどで大きく報道されました。
しかし、リハビリテーションによる運動機能の回復過程において、いくつも存在する神経回路同士がどのように機能を分担するのかについては未だ解明されていませんでした。
今回、脳出血を生じさせたラットに集中的なリハビリテーションを実施すると、まず優先的に運動機能を司る大脳皮質の「運動野」*用語1と脳幹の「赤核」*用語2とを結ぶ軸索が増加すること、しかしこの神経回路がうまく働かない場合には新たに脳幹の「網様体」*用語3への軸索が増加し、「何としてでも障害された運動機能を回復しようとする」仕組みが存在することを、先進技術であるウイルスベクター*用語4による神経回路操作技術(ウィルスベクター二重感染法*用語5)を駆使して証明しました。
この研究結果は、脳卒中後に行われるリハビリテーションにおいて、脳内の複数の神経回路がどのように影響し合い機能の再獲得を担うかを初めて明確に捉え、脳損傷後の脳内の神経回路の役割がダイナミックに変化することを示すものです。これは脳の持つ驚くべき柔軟性を示しており、より効率的な脳出血後のリハビリテーション法の開発につながる成果として期待できます。

研究成果の概要

脳卒中では、しばしば随意運動に関わる運動野と脊髄を結ぶ神経回路(皮質脊髄路)が傷害され、上下肢の麻痺が現れます。研究チームはこれまでに、集中的なリハビリテーションを行うことで、大脳皮質と脊髄を結ぶ脳幹部に存在する「赤核」を介する神経回路が増強され、損傷された運動機能の回復に関わることを示してきました。しかし、脳内に運動に関わる神経回路は幾つもあり、それぞれがどのように影響し合うかは分かっていませんでした。研究チームは、赤核と同じく脳幹に存在する神経核「網様体」に着目し、リハビリテーションに伴う両神経核の役割の変化を調べました(図1)。
運動野と脊髄を結ぶ神経回路の一部である内包*用語6に脳出血を起こしたラットに対し、麻痺した側の前肢を一週間集中的に使用させました。その結果、大脳皮質の運動野から赤核へ伸びる神経線維(運動野-赤核路)が増加している事を発見しましたが、一方で運動野から網様体へ伸びる神経線維(運動野-網様体路)については変化が起こっていませんでした(図2)。しかし、2種類ウイルスベクターを駆使し特定の神経回路の機能だけを遮断するウイルスベクター二重感染法*用語5を使い、リハビリテーション実施時に運動野-赤核路の機能を選択的に遮断した状態におくと、時間経過とともに運動野-網様体路の数が大きく増加しました(図3)。この状態で運動野-網様体路の機能を抑制したところ、リハビリテーションによって回復した前肢の運動機能が再び悪化することを証明しました(図4)。
これらの結果から、リハビリテーションによる運動機能の直結する神経回路の再編成(運動野-赤核路の強化)は、速やかに他の神経回路の活用(運動野-網様体路の強化)によってカバーされうることを実証しました。
飛田教授らは「今回の研究では、リハビリテーションによる神経回路の変化がとてもダイナミックなものであり、ある神経回路が担った機能を別の神経回路が速やかに肩代わりできることを初めて示しました。この成果は脳の持つ驚くべき柔軟性を示しており、より効率的な脳出血後のリハビリテーション法の開発につながる成果だと期待できます。」と話しています。

ポイント

・脳卒中後の集中的なリハビリテーションにより、運動野-赤核間の神経回路が強化されたが、運動野-網様体間の神経回路は変化しなかった。

・リハビリ実施時に運動野-赤核間の神経回路の機能を遮断した場合、運動野-赤核間の代わりに運動野-網様体間を結ぶ線維が増加した。

・この増加した運動野-網様体間の神経回路の機能を抑制すると、リハビリテーションによって回復した運動機能が再び悪化し、この回路が機能回復と因果関係を持つようになった事が実証された。

【図1】本研究のポイント:脳出血後の集中的なリハビリは運動野 -赤核路を強化し運動機能の回復を導くが、その回路の機能が阻害されると代わりに運動野-網様体路が活用される

20190913hida-1.png【 解 説 】 脳出血により運動野と脊髄を結ぶ皮質脊髄路が損傷を受けると、運動麻痺が生じます。これに対し、麻痺した前肢を集中的に使用させることで、運動野から赤核への投射が増加し、運動機能の再獲得を担うことが分かりました。しかしこの運動野-赤核路以外にも運動に関わる神経回路は存在しています。この運動野-赤核路の機能を選択的に遮断すると、リハビリに反応し運動野-網様体路が増加し、新たに麻痺肢の運動を担うことが示されました。
本研究では、集中的なリハビリテーションによる運動機能の回復には、複数の神経回路が相補的に関与し、特定の神経回路の機能を別の神経回路がカバーすることが示されました。赤核や網様体は進化的に古い領域とされていますが、今回の結果は、大脳皮質からこれら脳幹の諸核への投射の増加が機能回復に重要であるということを示唆しています。

【図2】集中リハビリによって運動野から赤核へ向けて豊富な軸索の投射が生じる

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【 解 説 】脳出血部位と同じ側の運動野・前肢領域から伸びる神経線維(軸索)を観察したところ、脳出血後麻痺肢を集中使用させた「リハビリ群」の赤核では、豊富に軸索が存在し、赤核の神経細胞との間にシナプスボタン*用語6の形成が観察されました。一方、同じく脳幹の運動に関わる神経核である延髄の網様体においては、リハビリによる神経線維の変化はみられませんでした。

【図3】ウイルスベクター二重感染法により、リハビリ時に運動野 ―赤核路の機能を遮断すると、運動野から赤核へ向けて豊富な軸索の投射が生じる

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【 解 説 】(左図)脳出血と同じ側の運動野・前肢領域と赤核との間の神経回路を選択的に遮断するため、運動野に順行性ウイルスベクター(AAV-DJ-CMV-rtTAV16)*用語7、赤核に逆行性ウイルスベクター(FuG-E-TRE-EGFP-eTeNT)*用語8を注入しました。これにより、運動野―赤核路のみが二重にウイルスに感染します。この状態でドキシサイクリン(DOX)*用語9という薬を投与することで、二重感染が起きた運動野―赤核路の細胞のみに破傷風毒素を発現させ、シナプス伝達を阻害することが出来ます。
(右図)この技術を活用し、脳出血前にウイルスベクターを注入しておき、リハビリ実施時に運動野-赤核路を選択的に遮断し、その場合の運動野から投射される軸索の分布を調べました。その結果、「リハビリ群」の赤核における軸索の増加がみられなくなり、代わりに網様体への軸索投射が増加しました。

【図4】運動野-赤核路の遮断によって増加した運動野-網様体路は、リハビリにより回復した前肢リーチ機能と因果関係を持つ

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【 解 説 】(左図)運動野―赤核路に加えて運動野―網様体路の機能も選択的に遮断するため、運動野に2種類の順行性ウイルスベクター(AAV-DJ-CMV-rtTAV16、AAV-DJ-EF1α-DIO-hM4D(Gi)-mCherry)、赤核と網様体に逆行性ウイルスベクター(FuG-E-TRE-EGFP-eTeNT、FuG-E-MSCV-Cre)をそれぞれ注入しました。これにより、運動野―赤核路と運動野―網様体路がそれぞれ二種類のウイルスに感染します。この状態でDOXを投与することで運動野―赤核路を、クロザピン-N-オキサイド (CNO) *用語10 を投与することで運動野-網様体路の機能を抑制する事が出来ます。この技術を活用し、両回路をそれぞれ選択的に阻害し、運動機能への影響を確認しました。
(右図)麻痺した手を伸ばして餌をとるリーチ動作の成功率を示した図。脳出血前に運動野-赤核路および運動野-網様体路の機能を抑制しても、リーチ機能に影響はみられません。脳出血による皮質脊髄路損傷後、リハビリ時に運動野-赤核路を遮断していても、リーチ機能は問題なく回復しました。この状態で更に運動野-網様体路の機能を抑制すると、それによって一旦回復したリーチ機能が再度障害されることが示されました。

この研究の社会的意義

今回の研究成果は、脳出血後のリハビリテーションによる運動機能の回復過程において、どのように神経回路が活用されるかを明確に見出しました。運動機能の回復には運動野―脊髄間の投射が主に重要であると考えられていますが、リハビリテーションにより進化的により古い脳幹の運動性の神経回路(運動野-赤核路および運動野-網様体路)が強化され、機能を代償する可能性が示されました。さらに、これらの神経回路の一つが機能を発揮できなくなると、もう一つの神経回路が速やかにその機能を肩代わりし、運動機能の発揮に関わることが証明されました。これらの神経回路の活性化ならびにスイッチングが生じるメカニズムが明らかになれば、個々人の病態や傷害された脳の状況に合わせた、より効率的なリハビリテーションを実施できる可能性が広がります。
この成果は、脳卒中後に行われるリハビリテーションにおいて、脳内の複数の神経回路がどのように影響し合い機能の再獲得を担うかを、先端的な回路操作技術を組み合わせて初めて明確に捉えたものであり、より効果的なリハビリテーション法の開発に向けて非常に重要な一歩となる知見であると考えます。

【用語解説】

1)大脳皮質運動野:脳の大脳新皮質と呼ばれる部位にある、運動を司る領域。からだの随意的な運動に関して中心的な役割を担う。
2)脳幹「赤核」:脳の中脳と呼ばれる部位にある神経核。進化的に古い神経核であり、手足の運動調節に関わる。
3)脳幹「網様体」:脳の橋および延髄と呼ばれる部位にある神経の集団。意識の維持や呼吸運動に関わるが、特に延髄の一部の神経核は手足の運動調節に関わる。
4)ウイルスベクター:無毒化したウイルス。遺伝子を組み込んで標的の細胞に感染させることで、その細胞に目的とする遺伝子を発現させることが出来る。
5)ウイルスベクター二重感染法:順行性・逆行性の2つのウイルスベクターを使うことで、限られた神経回路だけに特定の遺伝子を発現させる技術。領域Aに順行性(下記8参照)、領域Bに逆行性(下記9参照)のウイルスベクターを注入することで、“領域Aから領域Bに伝わる回路”だけに目的の遺伝子を導入することが出来る。
6)内包:運動野から脊髄へと向かう神経回路(皮質脊髄路)が走る部位。この回路が運動の司令を伝えるため、内包が傷害されると片麻痺が生じる。臨床的に脳出血が起こりやすい部位である。
7)シナプスボタン:神経の軸索上の、ボタン状に厚くなった部分。他の神経細胞とシナプスを作っている。
8)順行性ウイルスベクター:ウイルスベクターの種類。神経細胞の細胞体から感染するため、注入した部位にある神経細胞が感染する。
9)逆行性ウイルスベクター:ウイルスベクターの種類。神経細胞の軸索末端から感染するため、注入した部位に軸索を投射している神経細胞が感染する。
10)ドキシサイクリン(DOX):抗生物質の一種。本研究においてウイルスベクターに二重感染した神経細胞には、ドキシサイクリンに反応して破傷風毒素が産生されるように遺伝子が導入されている。

研究助成

本研究は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金(JSPS 科研費 JP15K16361, 18K10718, 15H01445, 17H05574)、生理学研究所共同利用研究(代表研究者:飛田秀樹名古屋市立大学教授)による助成を受けて行われました。

掲載された論文の詳細

【論文タイトル】
Dynamic interaction between cortico-brainstem pathways during training-induced recovery in stroke model rats.
【著者】
石田章真1、小林憲太3、上田佳朋1、清水健史1、田尻直輝1、伊佐正2、飛田秀樹1 * (*Corresponding author)
1. 名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経生理学分野
2. 京都大学大学院医学研究科 神経生物学分野、高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
3. 自然科学研究機構生理学研究所
【掲載学術誌】
「Journal of Neuroscience(ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)」

お問い合わせ先

《研究全般に関するお問い合わせ先》
飛田 秀樹 (ひだ ひでき)
名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経生理学分野 教授
伊佐  正 (いさ ただし)
京都大学大学院医学研究科 神経生物学分野 教授
同高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)副拠点長・PI
《広報に関するお問い合わせ先》
名古屋市立大学事務局企画広報課広報係
京都大学総務部広報課 国際広報室
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

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