2024-01-29 東京大学
発表のポイント
マメ科植物体内の窒素状態に応じて全身的(地上部と根)に機能し、窒素固定細菌の根粒菌が共生する根粒に鉄を集める働きを持つペプチド因子を発見しました。さらに、根粒共生をしない植物でも、このペプチド因子が体内の窒素と鉄のバランスを保つことで、窒素恒常性を制御することも明らかにしました。
発表概要
マメ科植物は、窒素固定細菌である根粒菌との共生を介し、生育に必須な栄養素である窒素を効率的に獲得する仕組み(根粒共生)を持っています。
植物の根に形成される共生器官が根粒です。根粒菌はその中にいて、空気中の窒素をアンモニアへと変換する窒素固定を行います。窒素固定反応を触媒する酵素が働くためには鉄が必要ですが、どこから、どのように鉄が根粒へと運ばれて窒素固定のために使われるのか、その仕組みはほとんど解明されていませんでした。
本研究では、マメ科のモデル植物ミヤコグサを用い、根粒共生過程における体内の窒素状態に応じた遺伝子発現解析を行いました。その結果、50個程度のアミノ酸によって構成されるIRON MAN (IMA)ペプチドを同定しました。IMAペプチドは根粒菌の感染によって全身的(地上部と根)に機能し、根粒に鉄を集める働きを持つことが分かりました。
本研究ではさらに、根粒共生を行わない植物であるシロイヌナズナにおけるIMAペプチドの機能を解析しました。その結果、ミヤコグサとシロイヌナズナのいずれにも、IMAペプチドが植物体内の窒素量の増加に応じて鉄を得ることで窒素恒常性を維持し、植物の成長を制御する仕組みが存在することを発見しました。
本研究グループはこれまで、土壌中の窒素栄養に応じた根粒共生の制御の仕組みを明らかにしています。今回の研究は、これらの先行研究に基づくものです。窒素栄養に応じた鉄獲得のメカニズムが明らかになったことで、植物の環境適応の仕組みに関する理解がさらに深まりました。
本研究成果は、植物の微生物共生や栄養利用の能力を最大限に引き出し、持続可能な社会に貢献する技術開発につながることが期待されます。
発表内容
研究の背景
窒素はあらゆる生物の生育に必須な栄養素です。動物は食物から窒素を摂取することができますが、動くことのできない植物は、窒素を得るためのさまざまな環境適応の仕組みを発達させています。その最たる例は、マメ科植物と窒素固定細菌・根粒菌との相互作用(根粒共生)注1)といえます。根粒共生では、マメ科植物は根に共生器官である根粒を形成し根粒内部に根粒菌をすまわせ、窒素固定注2)に最適な環境を根粒菌へ提供します。窒素固定反応は根粒菌が持つニトロゲナーゼと呼ばれる酵素によって触媒されますが、ニトロゲナーゼが働くためには鉄が必要です。窒素固定において重要な役割を担う鉄ですが、植物や根粒菌は鉄を自身で作り出すことはできません。どこから、どのように鉄が根粒へと運ばれて窒素固定のために使われるのか、その仕組みはほとんど解明されていませんでした。
研究内容と成果
図1.LjIMA1とLjIMA2の二重変異体の根粒の表現型
LjIMA1とLjIMA2の二重変異体は野生型植物と比べて小さい根粒を多く形成する。根粒内部の鉄を染色すると、野生型植物の根粒は青く染色されるのに対して、二重変異体の根粒はほとんど青色に染色されないことから、鉄の存在量が少ないことが分かる。スケールバー:2 mm (白色)、500 µm (黒色)。
図2.根粒に鉄を集める仕組み
根粒共生過程では、根と地上部においてLjIMA1とLjIMA2が機能する。これによって、鉄の吸収や転流(栄養や代謝産物がある組織から別の組織に運ばれること)が促進され、根粒に鉄が蓄積する。根粒に集められた鉄は根粒菌が窒素固定を行うために使用される。
マメ科のモデル植物ミヤコグサ注3)を用いて、根粒共生過程において体内の窒素状態に応じてどのような遺伝子の発現が変化するかを調べる解析が本研究の出発点でした。その際、地上部(シュート)から根へと移動して体内の窒素状態の情報を伝達するシグナル因子が存在するのではないかと仮説を立てました。分子量の小さいタンパク質が器官間を移動することを示す先行研究があったことから、窒素状態に応じて地上部で発現する、100アミノ酸残基以下の分子量の小さいタンパク質をコードする遺伝子を探索しました。その結果、50アミノ酸残基程度からなるIRON MAN (IMA)と呼ばれるペプチドをコードする遺伝子が窒素固定に応じて地上部で発現することを見出しました。
ミヤコグサ(Lotus japonicus)に存在する八つのIMAペプチド(LjIMA1〜LjIMA8)のうちLjIMA1とLjIMA2に着目し、それらの機能を調べるために、ゲノム編集によってノックアウト植物を作出しました。この二つのペプチドの遺伝子をノックアウト(機能喪失)したミヤコグサでは、根粒数の増加や根粒サイズの減少など根粒共生に異常がみられました(図1)。特に顕著な表現型として、根粒の窒素固定活性が低下することが分かりました。さらに、接木実験によって、地上部と根で機能するLjIMA1とLjIMA2が根粒共生の制御に関わることが判明しました。解析を進めた結果、ノックアウト植物における根粒共生の異常は、鉄を根粒に蓄積できないために生じることが示されました(図1)。また、LjIMA1とLjIMA2によって発現が制御される遺伝子の中には、体内の鉄の輸送に関わる酵素をコードする遺伝子が含まれていました。これらの結果から、LjIMA1とLjIMA2ペプチドは根粒菌の感染によって全身的(地上部と根)に機能し、植物体内の鉄を根粒に集める働きを持つことが分かりました(図2)。
IMAペプチドは根粒共生の有無とは無関係にあらゆる陸上植物に存在しています。そこで、植物に保存されたIMAペプチドの機能を明らかにするために、根粒共生を行わない植物であるシロイヌナズナを用いてIMAペプチドの機能を解析しました。その結果、IMAペプチドは体内の窒素量の増加に応じて鉄を得る働きを持つことが分かりました。実際に、ミヤコグサとシロイヌナズナのIMAペプチドのノックアウト植物は体内の窒素量の増加に適切に対応できず、成長に悪影響が出ることが示されました。このことから、IMAペプチドが植物体内の窒素と鉄の量のバランスを調節することで窒素恒常性を維持し、植物の成長を制御する仕組みが、植物に共通して存在することが分かりました。 本研究グループはこれまで、土壌中の窒素栄養に応じた根粒共生の制御の仕組みを明らかにしてきました。今回の研究では、体内の窒素栄養に応じた植物の応答解析を行った結果、窒素と鉄のバランス調節によって植物の環境適応が制御されていることが明らかになりました。
今後の展開
根粒共生における鉄の重要性は古くから指摘されてきましたが、根粒に鉄が蓄積する仕組みの多くは不明でした。本研究により、窒素に着目した研究を出発点として、根粒に鉄を蓄積させる機能を持つIMAペプチドを同定しました。今後、IMAペプチドの作用機構や遺伝子の発現制御機構を調べることで、窒素と鉄の間にどのようなメカニズムがあるのか、その詳細を具体的に解明していきます。
このような、根粒共生や窒素・鉄獲得のメカニズムを知ることは、植物の微生物共生や栄養利用の能力を最大限に引き出して、環境負荷を抑えつつ作物の収量を上げることを可能にする技術開発につながることが期待されます。
研究代表者
筑波大学生命環境系
壽崎 拓哉 准教授
名古屋大学大学院理学研究科
松林 嘉克 教授
東京大学大学院農学生命科学研究科
反田 直之 助教
発表雑誌
- 雑誌
- Nature Communications(2024/1/29公開)
- 題名
- IMA peptides regulate root nodulation and nitrogen homeostasis by providing iron according to internal nitrogen status.
(IMAペプチドは体内の窒素状態に応じて鉄を供給することにより根粒形成と窒素恒常性を制御する) - 著者
- M. Ito, Y. Tajima, M. Ogawa-Ohnishi, H. Nishida, S. Nosaki, M. Noda, N. Sotta, K. Kawade, T. Kamiya, T. Fujiwara, Y. Matsubayashi, and T. Suzaki
- DOI
- 10.1038/s41467-024-44865-4
研究助成
本研究は、科研費・学術変革領域研究(A)「不均一環境と植物」・計画研究(JP20H05908)、基盤研究(B)(JP23H02495)等の一環として実施されました。
用語解説
注1 根粒共生
マメ科植物は、土壌中に存在する根粒菌との相互作用により、根に根粒と呼ばれる器官を形成する。根粒の中には根粒菌が共生しており、大気中の窒素を固定する。宿主植物は根粒菌から固定された窒素源を受け取る代わりに、エネルギー源として光合成生産物を根粒菌に与える。
注2 窒素固定
大気中の窒素を植物が利用できるアンモニアの形に変換する反応。根粒共生においては、根粒に細胞内共生する根粒菌が行っている。
注3 ミヤコグサ
マメ科のモデル植物。学名はLotus japonicus。ゲノムサイズが比較的小さい、室内で栽培できる、形質転換法が確立されているなどの理由から遺伝学実験に適しており、植物と微生物の相互作用の研究材料として広く利用されている。
問い合わせ先
〈研究に関する問合せ〉
壽崎 拓哉(すざき たくや)
筑波大学 生命環境系/つくば機能植物イノベーション研究センター(T-PIRC) 准教授
〈報道に関する問合せ〉
筑波大学広報局
東海国立大学機構 名古屋大学広報課
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課 広報情報担当