肺がんの術後再発を予測する新たな病理組織学的指標~ PD-L1タンパク質の空間的な腫瘍内不均一性~

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2024-04-09 国立がん研究センター

発表のポイント

  • 腫瘍内不均一性は悪性度の強いがんの重要な特徴です。これまで、腫瘍内不均一性はがんの遺伝子情報などから量的な評価が行われ、患者の転帰との関連が示されてきました。
  • しかし、腫瘍内不均一性は、これまでに病理組織画像から評価され、その臨床的な意義を解析されたことはほぼありませんでした。研究グループは、病理組織からがんの腫瘍内不均一性を評価する手法を確立し、がんの新たな病理組織的な評価尺度(指標)として提示しました。
  • 研究グループはこの評価尺度(指標)を用いて、肺がんの病理組織におけるPD-L1タンパク質の腫瘍内不均一性の大きさが、患者の予後不良に深い関係があることを発見しました。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)東病院(病院長:土井 俊彦、千葉県柏市) 病理・臨床検査科の滝 哲郎 医員、石井 源一郎 科長、呼吸器外科のレジデント(研究当時) 長崎 勇典、呼吸器外科の坪井 正博 科長らの研究グループは、肺がんにおいて、PD-L1(programmed death ligand 1)注1というタンパク質の腫瘍内不均一性注2が、肺がんの手術後の再発やがんによる死亡に関連することを発見しました。

本研究は、肺がんの病理組織標本から腫瘍内不均一性を量的に評価し、その臨床的な意義を明らかにした初めての試みです。腫瘍内不均一性はがんの悪性度に関わる重要な特徴であり、それをがんの病理組織を用いて捉えることによって、より多角的な視野で治療の戦略を立てることが可能になると期待します。

本研究の成果は、2024年3月8日(米国東部時間3月8日、日本時間3月9日)に米国学会誌 Journal of the National Cancer Instituteに掲載されました。

背景

がんは遺伝子変異の蓄積や周りの環境の影響に伴って、非常に多様で不均一な細胞の集団から構成されています。これを「腫瘍内不均一性」と呼びます。腫瘍内不均一性は患者の転帰に大きな影響を与えており、腫瘍内不均一性が大きながんは転移や再発率が高く予後が悪いほか、薬物治療の大きな障壁となっていることが知られています。つまり、腫瘍内不均一性は悪性度の強いがんの重要な特徴であり、がん治療における主要な課題の一つです(図1)。

腫瘍内不均一性は、これまでに、がん細胞を用いた実験や、がんの遺伝情報などから量的な評価が行われ、その成り立ちや治療への影響が解析されてきました。病理学の領域においては、組織標本上で実際にがんの形態(かたち)を目で見て、それが多様で不均一であることが古くからよく認識されてきました。しかし、その不均一な程度を量的に評価しようという試みはほとんどありませんでした。

研究グループは、肺がん組織におけるPD-L1というタンパク質に着目し、その腫瘍内不均一性の量的な評価を試みました。PD-L1はがんに対する免疫反応に大きく関わり、がん組織上でのその陽性率は肺がんを含む多くのがんで免疫チェックポイント阻害薬注3による治療の効果を予想する上で重要な指標です。ただし、同一のがん組織内でさえ陽性率のばらつきが見られるため、正確な評価は病理診断において難しい場面もあります。研究グループはそれを逆に利用することで、肺がんの病理組織から腫瘍内不均一性を評価する手がかりとしました。
腫瘍内不均一性

研究成果の詳細

研究グループはまず、他の画像解析分野にて用いられているテクスチャ解析の手法を応用し、がんの腫瘍内不均一性を量的に評価するモデル注4を作りました。腫瘍内不均一性の評価には、手術で切除された非小細胞肺がん注5の組織のPD-L1に対する免疫染色標本注6を用いました。具体的には、デジタル化したがん組織の画像を正方形の領域に分割し、隣り合う領域のPD-L1の陽性率の差異を解析しました。これにより、一症例ごとにがん組織のPD-L1の腫瘍内不均一性を量的に評価することが可能になりました。特に、画像データであることを活かして、それぞれの領域の位置情報を踏まえた指標、すなわち、空間的な腫瘍内不均一性が評価できるようになりました。この腫瘍内不均一性の指標をspatial heterogeneity index of PD-L1(SHIP)と名付けました(図2)。
病理組織標本からの腫瘍内不均一性の定量的評価

SHIPの値は病期(II期 vs III期)では差がありませんでした。一方で、組織型の中では扁平上皮がんが、腺がんの中では組織学的グレード注7の高いがんでSHIPが大きい値を示しました(図3)。また、免疫染色にてTP53遺伝子注8の変異が示唆されるがんは大きいSHIPの値を持っていました。
PD-L1の腫瘍不均一性(SHIP)の小さい肺がん、大きい肺がん

SHIPの値によって、患者集団を2つに分けて解析したところ、SHIPの大きい患者集団(SHIP-high)ではSHIPの小さい集団(SHIP-low)よりも高齢者が多く、がん細胞の血管への浸潤が多いことがわかりました。

肺がん手術後の患者の転帰の解析では、SHIPの大きい患者集団(SHIP-high)では小さい患者集団(SHIP-low)よりも手術後のがんの再発やがんによる死亡が多いことがわかりました。扁平上皮がん、腺がんの患者集団でも同様の結果を得ました。また、COX回帰分析によって、SHIPの大きい患者集団(SHIP-high)ががんの再発およびがんによる死亡の独立したリスク因子であることが明らかとなりました。さらに、独立した患者集団においてモデルの検証を行ったところ、同様にSHIPの大きい患者集団(SHIP-high)で予後が悪いことが判明しました(図4)。
PD-L1の腫瘍不均一性(SHIP)と患者の転帰

展望

これまで病理学の分野では、がんの悪性度は主に「がんの形態(かたち)が正常からどれだけ離れているか」 (上述の組織学的グレード/分化度など)、という観点で評価されてきました。それに対して、本研究は、腫瘍内不均一性というこれまでとは異なる切り口からのがん組織を解析し、がんの新たな評価尺度を提示しました。これまでの組織学的グレードと併せてがん組織を多角的な視点で評価することで、新たな治療戦略につながる可能性があります。病理診断の現場でこれを実用化するには未だ課題はありますが、デジタル画像を用いた病理診断や研究が進む中で、がん組織の解析の新たなツールとして重要な位置を占める可能性があると期待しています。

論文情報

雑誌名
Journal of National Cancer Institute

タイトル
Spatial intratumor heterogeneity of programmed death ligand 1 predicts prognosis of non-small cell lung cancer patients

著者
長崎勇典1,2,3, 滝 哲郎 1(責任著者), 野村 幸太郎2, 多根 健太2, 三好 智裕2, 鮫島 譲司2, 青景 圭樹2, 大谷 正侑1,2, 小嶋 基寛1,4, 坂下 信悟1,4, 坂本 直也1,4, 石川 俊平4,6, 鈴木 健司 3, 坪井 正博2, 石井 源一郎1,5.

所属施設:

  1. 国立がん研究センター東病院 病理・臨床検査科
  2. 国立がん研究センター東病院 呼吸器外科
  3. 順天堂大学医学部附属順天堂医院 呼吸器外科
  4. 国立がん研究センター 先端医療開発センター 臨床腫瘍病理分野
  5. 国立がん研究センター 先端医療開発センター 病理・臨床検査TR分野
  6. 東京大学医学部・大学院医学系研究科 衛生学教室

DOI
10.1093/jnci/djae053

掲載日
2024年3月8日

URL
https://academic.oup.com/jnci/advance-article/doi/10.1093/jnci/djae053/7624690?login=true 

研究費
  • 科学技術振興機構(JST)
    研究事業名:若手研究
    研究課題名: 肺がんの組織学的な腫瘍内不均一性の定量化とその生物学的・臨床的意義の解析
    研究代表者名:滝 哲郎
  • 科学技術振興機構(JST)
    研究事業名:研究活動スタート支援
    研究課題名:がんの分子サブタイプの制御に関わるがん線維芽細胞のがん腫横断的解析
    研究代表者名:滝 哲郎
用語解説

注1 PD-L1: programmed death ligand 1
がん細胞などの細胞膜にみられるタンパク質です。リンパ球のPD1というタンパク質と結合することで、腫瘍に対する免疫を抑制します。がん組織におけるPD-L1の陽性率は、免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測する指標として、肺がんを含めた多がん腫に対して、広く臨床応用されています。

注2:腫瘍内不均一性
がん組織が一様の細胞ではなく、多様な細胞から成り立っている状態のことです。がんの病理組織標本においては、一つのがん組織の中にも領域ごとに異なるがんの形態(かたち)を観察することができます。がん組織におけるタンパク質も同様に領域ごとに異なることがあり、免疫染色によってそれを標本上で可視化することができます。中でもPD-L1の陽性率の不均一性はよく知られています。本研究では、特に隣り合う領域のPD-L1陽性率の差異を解析することにより、PD-L1の不均一性を量的に評価しました。

注3:免疫チェックポイント阻害薬
がん治療に用いられる治療薬の一つです。免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞に対する体の免疫反応を強化するために使われる薬です。これは、がん細胞が免疫から逃れるのを防ぐため、免疫システムのチェックポイント機能をブロックします。PD-1やCTLA-4のようなタンパク質を標的として、特に他の治療が効かないがんに対して効果を示します。

注4:腫瘍内不均一性を量的に評価するモデル
データを解析・判断するための枠組みや方法論のことです。ここでは、肺がん組織においてPD-L1の陽性率の不均一さを量的に評価するための枠組みのことです。研究グループはそれを一括で計算するプログラムを作成し、その指標SHIPをそれぞれの症例に対して算出しました。そして、SHIPの値の大きさががんの再発やがんによる患者の死亡に関連することをオリジナルの患者集団で示しました。さらに、独立した患者集団を用いて検証を行い、同様の結果を得ました。

注5:免疫染色標本
病理組織標本の種類の一つで、免疫反応(抗原抗体反応)を利用して作成されます。組織標本の中でのタンパク質の量やその分布を明らかにすることができます。免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測する指標として、がん組織におけるPD-L1の陽性率が用いられますが、これはPD-L1に対する免疫染色標本を用いて評価されます。

注6:非小細胞肺がん
非小細胞肺がんは、肺がんの病理組織学的な分類名(「組織型」と言います)の一つです。 肺がんには大きく分けて非小細胞肺がんと小細胞肺がんがあり、本研究にて対象とした非小細胞肺がんは、肺がんの約8割を占めます。腺がん、扁平上皮がんは非小細胞肺がんの中の主要な2つの組織型です。

注7:組織学的グレード
病理組織標本でのがんの観察で評価できる、がんの顔つきの悪さのことです。 主にがんの形態(かたち)が正常組織からどれだけ離れているか、や細胞分裂の数などを元に評価しています。

注8:TP53遺伝子
TP53遺伝子は「ゲノムの守護者」とも呼ばれる重要な遺伝子です。細胞の分裂を調節し、損傷したDNAの修復あるいは細胞死を促進することで、がんの形成を防ぐ重要な役割を果たします。一方で、変異したTP53遺伝子は上記の機能を失い、がんを促進するように機能します。これはがんの中で異なる細胞集団が生み出される原因の一つとなり、腫瘍内不均一性との関連が指摘されています。

お問い合わせ先

研究に関する問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター
東病院 病理・臨床検査科
滝 哲郎

広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室(柏キャンパス)

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