雑食のサルと葉食特化したサルの苦味センサーを解明~霊長類の味覚形成の進化史の理解へ貢献~

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2024-04-12 東京大学

発表のポイント

  • 雑食性のサルと葉食に特化したサルを含むオナガザル科に注目し、それらのサルの苦味センサー(苦味受容体:TAS2R)遺伝子ファミリーの全貌解明に取り組みました。
  • 苦味を含む葉の採食が増加したオナガザル科の共通祖先と雑食性のオナガザル亜科の共通祖先においてTAS2R遺伝子の種類が増加した一方で、葉食に特化し葉の消化と解毒能を身に着けたコロブス亜科の共通祖先ではTAS2R遺伝子の種類を減らしたことを明らかにしました。
  • 食物に占める植物の割合が高くなると苦味センサーの種類が増えるという一般的な予測は必ずしも成り立たず、解毒能の獲得など様々な要因により苦味センサーのレパートリーは動的・柔軟に進化することを示しました。

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の河村正二教授と侯旻大学院生らの研究グループは、琉球大学、北海道大学、University of Calgary、京都大学と共同で、雑食のサルと葉食特化したサルの苦味センサーを調査した結果、食物に占める植物の割合が高くなると苦味センサーの種類が増えるという一般的な予測は必ずしも成り立たず、解毒能の獲得など様々な要因により苦味センサーのレパートリーは動的・柔軟に進化することを示しました。

本研究グループは、葉食に特化したコロブス亜科と雑食性のオナガザル亜科からなるオナガザル科のサルに注目し、これらのサルの苦味受容体(TAS2R)遺伝子ファミリーの遺伝子構成を比較しました。その結果、苦味を含む葉の採食が増加したオナガザル科の共通祖先と雑食性のオナガザル亜科の共通祖先ではTAS2R遺伝子の数が大きく増加したのに対し、葉食に特化し葉の消化と解毒能を身に着けたコロブス亜科の共通祖先では逆にTAS2R遺伝子の種類を減らしたことを明らかにしました。

本成果は、ヒトを含む霊長類の味覚形成の進化史を理解する上で重要な参考情報となることが考えられます。

発表内容

味覚は、脊椎動物の主要な感覚であり、口腔から脳へ味物質の化学情報を伝達し、摂取を調節します。苦味成分は一般的に毒性があり、苦味感覚は毒を検出してその摂食を回避する役割をもつと考えられています。Glendinning(1994, Physiol Behav 56:1217-1227)は、肉食性の強い動物は毒に対する耐性が低く苦味に敏感であるのに対し、植物食性(特に木の葉食性)の強い動物は毒耐性が高く苦味に鈍感であり、雑食性の動物はその間であることを示しました。このことから、苦味受容体(TAS2R)遺伝子の数は植物食性の動物は雑食性や肉食性の動物より少なくて済むことが予想されます。ところが、その後の研究では、様々な動物で食物に占める植物の割合が高いほど、TAS2R遺伝子数が多いことが報告されました(Li and Zhang 2014, Mol Biol Evol 31:303-309)。

本研究グループは、食性とTAS2R遺伝子数の関係を理解するには、系統的には近縁でありながら食性が分化した動物の間でTAS2R遺伝子ファミリーの構成を比較することが有効であると考えました。オナガザル科のサルは葉食に特化したコロブス亜科と雑食性のオナガザル亜科からなりますが、先行研究ではコロブス亜科は調べられておらず、オナガザル亜科もわずかな数の種しか調べられていませんでした。そこでコロブス亜科を含む10種のオナガサル科のサルを研究対象としました(図1)。

雑食のサルと葉食特化したサルの苦味センサーを解明~霊長類の味覚形成の進化史の理解へ貢献~1. 研究対象を含めたオナガザル科の系統関係と食性
TCを実施した種をグレーで示す。公開されたWGAデータがある種をクラウドマークで示す。主な採食物として、葉、昆虫、果実、堅果をシンボルで示す。


TAS2R遺伝子ファミリーは、霊長類では約20〜30個のTAS2R遺伝子からなります。これまで様々な霊長類の全ゲノム配列情報(全ゲノムアセンブリー:WGA)が公開されており、そこからTAS2R遺伝子ファミリーの構成を知ることができます。しかし、類似のDNA配列の遺伝子からなる遺伝子ファミリーの構成を正確に知るには、特に多くのオナガザル科のような非モデル生物の場合、情報が不正確・不十分であることがあります。

そこで本研究では、ターゲットキャプチャー(TC、注1)という方法を用いて、研究対象遺伝子の断片を抽出しました。次に、遺伝子を短い配列で大量に「読む」ことができる次世代シーケンシングという手法を用いて解析を行いました。今回、オナガザル亜科から8種、コロブス亜科から2種をTCの対象として、公開WGAより平均して約20倍の「深さ」で塩基配列を読むことができました。

これにより、WGAでは検出されなかった遺伝子や欠損のある遺伝子として同定された遺伝子がTCでは無傷な遺伝子である例、WGAでは無傷の遺伝子がTCでは無傷型と欠損型のヘテロ接合(「分離偽遺伝子」)である例などを多く見出し、公開WGAより正確な遺伝子同定を行うことができました。

こうしてオナガザル科10種のTAS2R遺伝子ファミリーの全貌を明らかにすることにより、体の大型化に伴って苦味を含む葉の採食が増加したオナガザル科の共通祖先で、TAS2R遺伝子の種類が増加したことを確認しました。また、雑食性のオナガザル亜科の共通祖先でも引き続き増加したことを明らかにしました(図2)。一方、葉食に特化し葉の消化と解毒能を身に着けたコロブス亜科の共通祖先では逆にTAS2R遺伝子の種類を減らしたことを明らかにしました(図2)。

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2. オナガザル科におけるTAS2R遺伝子ファミリー増減の進化史
TCの研究対象としたオナガザル科のサルの系統樹上に、遺伝子重複による遺伝子の増化数(+)と欠失または欠損による無傷遺伝子の減少数(-)を系統樹の枝に示す。分離偽遺伝子を可能性として含む無傷遺伝子の数を系統樹の節に示す。系統樹末端に現在の無傷遺伝子と分離偽遺伝子の総数を示す。


これらの成果は、食物に占める植物の割合が高くなると苦味センサーの種類が増えるという一般的な予測は必ずしも成り立たず、解毒能の獲得など様々な要因により苦味センサーのレパートリーは動的・柔軟に進化することを意味します。ヒトを含む霊長類の味覚形成の進化史を理解する上でも重要な参考情報をもたらすと考えられます。

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻

河村 正二 教授
侯  旻  博士課程
Muhammad Shoaib Akhtar 博士課程(研究当時)
林  真広 修士課程(研究当時)
蘆野 龍一 学術支援職員(研究当時)

石田 貴文 東京大学名誉教授

琉球大学 国際地域創造学部
松本 晶子 教授

北海道大学 大学院地球環境科学研究院
早川 卓志 助教

University of Calgary Department of Anthropology and Archaeology
Amanda D. Melin, Associate Professor

京都大学 ヒト行動進化研究センター
今井 啓雄 教授

論文情報

雑誌名:Primates
題 名:Reduction of bitter taste receptor gene family in folivorous colobine primates  relative to omnivorous cercopithecine primates
著者名:Min Hou, Muhammad Shoaib Akhtar, Masahiro Hayashi, Ryuichi Ashino, Akiko Matsumoto-Oda, Takashi Hayakawa, Takafumi Ishida, Amanda D. Melin, Hiroo Imai and Shoji Kawamura*
DOI: 10.1007/s10329-024-01124-w
URL: https://doi.org/10.1007/s10329-024-01124-w

研究助成

本研究は、科学研究費補助金(18H04005, 15H02421, 23H02561, 23405016, 22H02674, 22H02674)の助成を受けました。また、京都大学霊長類研究所共同研究プログラム(2012-A-11, 2020-A-27, 2021-A-25)、Canada Research Chairs program(950-231257)およびNational Sciences and Engineering Research Council of Canada(RGPIN-2017-03782)の支援を受けました。

用語解説

(注1)ターゲットキャプチャー(TC)
特定の遺伝子やゲノム領域に相同な塩基配列をもつ「プローブ」を作成し、研究対象生物の断片化されたゲノムDNAとプローブのハイブリダイゼーションによって、研究対象生物のゲノムDNAから目的の遺伝子やゲノム領域のみを抽出し、濃縮する方法。

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

生物化学工学
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