2024-04-23 早稲田大学
- 深層学習をベースとしたソフトウェア「DeepLabCut」*1 を使用し、コオロギの移動運動、摂食、睡眠様状態を自動判別・定量化するシステムを構築。
- 人間のバイアスなしでコオロギの行動と姿勢を分析し、日周リズム*2 や体内時計の研究に貢献。
- 睡眠様状態*3 を姿勢に注目して評価し、従来の不動時間に基づくパラメータより精度の高いデータを提供。
図1.「DeepLabCut」を用いたコオロギの体部位の自動ラベリングによる、複数の行動や姿勢の情報の取得。姿勢の情報については、後脚の角度と移動運動・睡眠様状態が相関することが示された。
早稲田大学総合研究機構の片岡孝介(かたおかこうすけ)主任研究員、同大理工学術院の朝日透(あさひとおる)教授、および同大大学院先進理工学研究科(一貫制博士課程)の早川翔大(はやかわしょうた)の研究グループは、国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院の鈴木丈詞(すずきたけし)教授の研究グループと共同で、昆虫の秘められた日常を解き明かすことを目的とし、従来の昆虫の日周リズム研究で不足していた姿勢や位置情報から行動を解析することに挑戦しました。深層学習をベースとしたソフトウェアの「DeepLabCut」を活用することで、日周リズム研究でよく使用されるコオロギにおいて、移動運動の他、摂食や睡眠様状態など、複数の行動を個別にかつ同時に定量化するシステムを構築することに成功しました。このシステムにより、昆虫の複数の行動を観察者のバイアスなしで評価することが可能となり、各行動の関係性など日周リズム研究の新展開が期待できます。
本研究成果は、英国のThe Company of Biologists 社発行の科学ジャーナル『Biology Open』誌に、2024年4月23日(火)9:00 (現地時間BST)にオンラインで掲載いたしました。(論文名:DeepLabCut-based daily behavioural and posture analysis in a cricket)。
(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)
昆虫の日周リズムは、摂食、睡眠、生殖などの行動に重要な役割を果たしています。これまでの研究では、移動運動に焦点を当て、その日周期性を測定するために通過センサなどが使用されてきました。しかしながら、これらの方法では、昆虫の姿勢の解析や、摂食や睡眠様状態といった他の行動パターンを捉えることは困難でした。
(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、新しく開発した手法
キイロショウジョウバエのような古くから研究に使われているモデル昆虫と比べて、コオロギには体サイズが大きな種が多く、解剖学的および生理学的な解析がしやすく、また、闘争や求愛における聴覚コミュニケーションなど特異かつ多様な行動も示します。さらに、最近では大量生産技術が開発され、食材や飼料原料としても利用されています。これらの理由から、コオロギは、神経科学・動物行動学・応用昆虫学等のさまざまな分野で有用な昆虫の一つです。
本研究では、コオロギの日周リズムに関連する複数の行動(移動運動、摂食、睡眠様状態)を同時にかつ長期間にわたり定量化する新しいシステムを構築しました。このシステムは、深層学習をベースとしたソフトウェア「DeepLabCut」を利用し、個体に物理的なマーキングを必要とせずに、コオロギの体のキーポイントを自動でラベリングすることが可能です。(下記写真をクリック頂くことにより動画をご覧になれます)
このシステムを利用することで、観察者の主観的なバイアスなしにコオロギの行動パターンを分析することが可能となり、従来の通過センサベースの手法よりも多様なデータを提供できるようになりました。特に、睡眠様状態を従来の不動時間ではなく、姿勢に焦点を当てて推定することに成功し、より正確な睡眠様状態の評価を実現しました。この方法は、日周リズムの研究において新たなアプローチを提供するものです。
(3)研究の波及効果や社会的影響
この研究成果は、昆虫の日周リズムに関する深い理解を提供するだけでなく、昆虫の行動学研究における新しい可能性を開きます。特に、非侵襲的な手法を用いた行動分析の可能性を広げるものです。例として、この研究で用いられた技術と音響システムを組み合わせることで、コオロギが発する鳴き声など、個体間での聴覚コミュニケーションのメカニズムを解明する研究などへの展開が期待できます。
また、本技術による行動解析は、コオロギなどの食用昆虫の生産や農業害虫の管理に向けた生理生態の解明の他、さまざまな昆虫の日常的な振る舞いなどの解明が期待できます。これにより、持続可能な農作物生産や生物多様性の保全、さらには昆虫学の楽しさの普及に寄与することが期待できます。
(4)課題、今後の展望
今回の研究で構築されたシステムは、コオロギに限らず、他の昆虫や小型動物にも適用可能な汎用性を持っています。今後の課題としては、さらに多くの昆虫種に対するシステムの適用や、行動分析の精度向上に向けたアルゴリズムの改良が挙げられます。また、行動データと遺伝子発現データの統合分析により、行動の分子生物学的基盤を解明する研究も期待できます。
(5)研究者のコメント
キイロショウジョウバエのような古くから使われているモデル昆虫に比べて、体サイズが大きなコオロギには、聴覚コミュニケーションを含む多様な行動も示すとともに、解剖学的・生理学的な解析がしやすいといった特長を持ちます。また、最近では食料・飼料用の用途としても注目されています。今回の研究成果を基盤とし、コオロギならではの魅力的な生物現象を探究していきたいと思います。
(6)用語解説
※1 DeepLabCut
ユーザーフレンドリーなGUIが特徴的な行動解析用の深層学習ツール。検出したい任意の部位の座標情報を、作成したモデルから自動的に検出することで、時系列に沿った姿勢情報を正確に取得できる。
※2 日周リズム
生物が示す1日周期の行動パターン。生物がもつ内因的な約24時間周期の概日リズムが外界の24時間周期の明暗変化に同調して生じる。例えば、人が眠る時間や起きる時間が一定のリズムを持つように、生物が日々同じ時間に活動や休息をする仕組みを指す。
※3 睡眠様状態
昆虫のように脳波測定が難しい動物の睡眠は、動かない時間が続いたり、反応が鈍くなったりすることで特徴付けられ、「睡眠様状態」と表現される。たとえば、キイロショウジョウバエでは、5分以上の静止状態を睡眠と見なす。本研究では、静止時間と体の姿勢からコオロギの睡眠様状態を判定した。
(7)論文情報
雑誌名:Biology Open
論文名:DeepLabCut-based daily behavioural and posture analysis in a cricket
執筆者名(所属機関名):早川翔大 (早稲田大学)、片岡孝介 (早稲田大学)、山本雅信 (東京農工大学)、朝日透 (早稲田大学)、鈴木丈詞 (東京農工大学)
掲載予定日時(現地時間):2024年4月23日(火)9:00 (現地時間BST)
DOI:https://doi.org/10.1242/bio.060237
(8)研究助成
研究費名:内閣府ムーンショット型農林水産研究開発事業(管理法人: 生物系特定産業技術研究支援センター)
研究課題名:地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システムの開発 (JPJ009237)
研究代表者名(所属機関名):由良敬(お茶の水女子大学・早稲田大学)