2024-04-24 東京大学
発表のポイント
- ネオンカラー錯視を用いて、マウスのニューロン活動計測とオプトジェネティクスによる操作実験を行い、脳の明暗知覚の神経メカニズムを明らかにしました。
- マウスを含む齧歯類が、ネオンカラー錯視を見ていることをはじめて明らかにしました。また、ネオンカラー錯視のもとでのニューロン活動計測およびオプトジェネティクスは、あらゆる実験動物をとおして初となります。
- 最新の神経科学ツールの揃うマウスにおいて、ヒトや霊長類と同じように、錯視が効くことが明らかになったことの意義は大きく、モデル動物としての有効性が示された形となります。今後、視覚的意識の神経メカニズムの解明や視覚系の神経疾患治療など医療応用への貢献が期待されます。
概要
東京大学大学院工学系研究科の渡辺正峰准教授らの研究グループは、世界にさきがけて、マウスが「ネオンカラー錯視」(図1)を見ていることを示し、その神経機序を明らかにしました。また、「ネオンカラー錯視」を用いてのニューロン活動計測(注1)やオプトジェネティクス(注2)による操作実験は過去に例がなく、ヒトを含め、哺乳類一般の明暗知覚の神経メカニズムの解明に大きく寄与する研究成果となります。
渡辺正峰准教授らの研究グループは、「意識の神経メカニズムの解明」とその先にある「意識のアップロード手法の開発」を研究目標に掲げています。そのうえで、さまざまな神経科学ツールの揃うマウスにおいて錯視が効くことを明らかにしたことの意義は大きく、二つの研究目標の達成にむけて、モデル動物としての有効性が示されました。また、今後、視覚の神経メカニズム一般の解明や神経疾患に対する医療応用への貢献が期待されます。
図1:ネオンカラー錯視
発表内容
ネオンカラー錯視は、脳が画像の一部分から得た情報をもとに、その周囲の空間に色や光を補完することで発生します。物理的には存在しないながらも、仮に存在すれば辻褄のあう情報を脳が補完していると考えられています。一方で、そのような機能が、脳のどのレベルで、どのように神経実装されているか明らかにされていませんでした。
以下、本研究の具体的な成果となります。
はじめに、ネオンカラー錯視によって生じる見かけの明るさの変化に、マウスの瞳孔が反応することを示しました(図2)。このことは、我々ヒトと同様に、マウスが錯視をみていることを示唆しています。
図2:ネオンカラー錯視に反応する瞳孔径変化
錯視条件(NCS: Neon Color Spreading)では見かけ上、暗くなるため、瞳孔が拡大するのに対して、統制条件である輝度定義の刺激(LDG: Luminance Defined Grating)では物理的に明るくなるため瞳孔が縮小する。もうひとつの統制条件であるネオン拡散抑制刺激(DBC: Diffusion Blocked Control)では錯視が生じず、物理的な輝度変化も最小限のため瞳孔径はほぼ変化しない。
次に、ニューロン活動計測とオプトジェネティクスを用いて、錯視に対応する第一次視覚野のニューロン活動が、より高次の視覚システムの支配下にあることを示しました(図3)。具体的には、第一次視覚野にはネオンカラー錯視に反応するニューロンが多く含まれる一方で(図3)、刺激に応答するまでの時間が遅く、また、高次の視覚野をオプトジェネティクスによって抑制することによって活動が減弱することがわかりました(図4)。
図3:ネオンカラー錯視へのマウス第一次視覚野のニューロン応答
a)動きのある縞刺激の空間位相(縞の位置)に依存するニューロンの活動。b)動きのある縞刺激の空間位相(縞の位置)に依存しないニューロンの活動。c)ニューロンの反応タイプの割合。NCS刺激とLDG刺激(図2参照)の両方に応答するニューロンが多数をしめる。
図4:高次視覚野の抑制によるマウス第一次視覚野ニューロンの応答変化
a)同一のニューロンが錯視条件(NCS:図2参照)では、オプトジェネティクスによる高次視覚野の抑制によって、ニューロン活動が減弱するのに対して、統制条件(LDG:図2参照)では、むしろ活動が上昇している例。b)高次視覚野の抑制が選択的に錯視条件(NCS)においてニューロン活動の減弱を生じさせることから、第一次視覚野におけるNCSへのニューロン応答に高次由来の成分が含まれることを示している。
以上の結果より、長年、取り沙汰されてきた明るさ知覚の神経メカニズムにおいて、高次の視覚野の寄与が明らかとなりました。従来、ヒトの非侵襲脳計測(注3)において、高次視覚野の寄与を示す研究とそれを否定する研究の両方が存在しており、得られた脳計測信号の解釈に曖昧性のない侵襲脳計測による実験研究が待望されていました。
侵襲のニューロン活動計測による解釈の曖昧性の解消に加え、物理的な感覚入力としての刺激の明るさと知覚上の見かけの明るさを乖離させることのできるネオンカラー錯視の使用、さらには、マウスならではの「オプトジェネティクスによる視覚領野抑制」によってはじめて可能となった研究成果となります。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻
渡辺 正峰 准教授
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Brightness illusions drive a neuronal response in the primary visual cortex under top-down modulation
著者名:Alireza Saeedi, Kun Wang, Ghazaleh Nikpourian, Andreas Bartels, Nikos K. Logothetis, Nelson K. Totah*, Masataka Watanabe*
DOI:10.1038/s41467-024-46885-6
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-024-46885-6
用語解説
(注1)ニューロン活動計測:
脳への挿入電極による侵襲計測。脳の情報の担い手であるニューロンの発する電気パルスを計測することが可能。
(注2)オプトジェネティクス:
ニューロンの細胞膜に光感受性のイオンチャンネル(開閉によりイオンを流出入させる生体機構)を発現させることで、特定のニューロン種の活動を促進したり、抑制したりする。
(注3)ヒトの非侵襲脳計測:
脳波計測(EEG)や機能的磁気共鳴画像法(fMRI)など、脳や頭蓋を傷つけることなくニューロン活動を計測する手法。ニューロンの活動のみならず、シナプス入力(例:高次からのシナプス入力)の影響を大きく受けることから、それらの結果のみから領野の寄与の有無を断定することはできない。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-024-46885-6