学習障害を引き起こす髄鞘機能障害の神経回路活動を解明

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2019-09-24 生理学研究所

概要

神戸大学大学院医学研究科の加藤大輔特命助教、和氣弘明教授らと生理学研究所の鍋倉淳一教授、米国国立衛生研究所のR.Douglas Fields博士、東京大学大学院医学系研究科の松崎政紀教授のグループは、脳の中の神経細胞同士をつなぎ通信ケーブルとして働く軸索(神経突起)の周囲を層状に取り巻く髄鞘(注1)の機能障害で、運動学習が障害される時の神経回路活動基盤およびそのメカニズムを初めて明らかにしました。これら髄鞘化された軸索は白質を構成し、神経回路において学習に大きく貢献することが知られていますが、髄鞘機能障害が神経回路活動にどのような変化をもたらすのかは明らかではありませんでした。
今回の研究では、白質の主要構成成分である髄鞘の機能障害があるマウスを用いた実験により、神経細胞の自発的な活動上昇が学習障害を引き起こすこと、およびそのメカニズム、さらにこの異常な神経活動を神経回路において補正することが学習障害の改善に有効であることが明らかとなりました。
今後、髄鞘機能の補正を神経回路レベルで行うことが、アルツハイマー型認知症などの病初期から白質機能が障害されている疾患に対する治療法の一つとなることが期待されます。
この研究成果は、8月29日、米国科学誌「GLIA」に掲載されました。

ポイント

・髄鞘機能障害に伴う神経細胞の自発的活動の上昇が、学習障害を引き起こすことを明らかにした。
・髄鞘機能を神経回路レベルで補正し、神経細胞の自発的活動を制御することが学習の改善につながった。
・今回の発見は、アルツハイマー型認知症、多発性硬化症など、病初期から髄鞘機能が障害されている疾患に対する治療法に繋がる可能性がある。

研究の背景

私たちの脳の中では、神経細胞は軸索を通じて次の神経細胞に情報を電気的に伝達します。これら軸索は髄鞘により髄鞘化されており、髄鞘は絶縁体としての役割を果たすとともに、活動電位(電気的情報)の伝播速度を制御することが知られています。そして、この伝播速度を制御することで神経回路における情報処理の効率化を図っています。このように髄鞘は情報処理に大きく寄与するにも関わらず、この髄鞘化された軸索で構成される白質は灰白質と違い神経細胞が乏しいため、学習における可塑的変化(構造が変化すること)についての議論はこれまでほとんどされてきませんでした。ところが近年のヒトの頭部MRIを用いた研究により、白質にも学習に伴う可塑的構造変化が存在することが示され、学習過程において白質機能が適切に変化することの重要性が認識され始めています。さらに、白質を構成する髄鞘の可塑的変化が障害されると、学習障害が引き起こることも分かってきましたが、この学習障害の背景にある神経回路活動基盤は明らかではありませんでした。
加藤特命助教、和氣教授らは今回の研究で、髄鞘の可塑的変化の障害で学習障害が引き起こされる時の神経回路活動を同定し、その異常な神経回路活動を神経回路レベルで制御することで、学習機能が改善することをつきとめました。

研究の内容

生きたまま脳の神経細胞の活動を調べることができる2光子カルシウムイメージング法(注2)と運動学習課題(注3)を組み合わせた実験系を用いて、神経活動依存的な髄鞘の可塑的変化(注4)が障害されているマウスでは、障害されていないマウスに比べ運動学習が障害され、運動野第2/3層にある神経細胞の自発的活動が上昇していることを発見しました。さらに、この神経細胞の自発的活動が高ければ高いほど運動学習がより障害されていたことから、髄鞘の可塑的変化が障害されることで運動野第2/3層にある神経細胞の自発的な活動が増加することが、学習障害の原因であることを示しています。
髄鞘の可塑的変化が障害されているマウスでは、どのようなメカニズムで運動野第2/3層の自発的な神経細胞活動が増えるかを検討した結果、視床と運動野を繋ぐ軸索の伝導時間が増加し、さらに個々の軸索で不規則に情報伝達されることが原因で、神経細胞の自発的活動が上昇することが解りました(図1)。
この運動野第2/3層の自発的な神経細胞の活動上昇を神経回路レベルで補正するために、視床と運動野を繋ぐ軸索にチャネルロドプシン2という青色光の刺激で人為的に軸索の活動を上げることができるタンパク質を髄鞘の可塑的変化が障害されているマウスに発現させました。そしてレバー引き運動に同期させてこのタンパク質が発現している軸索を運動野で青色光によって刺激しながら運動学習を行いました。その結果、髄鞘の可塑的変化が障害されているマウスの運動学習機能が改善することを発見しました。
これらの結果から、髄鞘の可塑的変化が障害されているマウスでは、運動野第2/3層の自発的な神経細胞活動の増加という神経回路活動の変化により運動学習が障害されること、そして、運動に同期した視床から運動野への入力が運動学習に重要であることが初めて明らかとなりました。

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図1
神経活動依存的な髄鞘化の障害により、それぞれの神経細胞での情報伝達にばらつきが生じ、その結果、神経細胞の自発活動が増加することで学習障害がおこる。(オリゴデンドロサイト:髄鞘を作る細胞。)

今後の展開

白質機能障害は、統合失調症患者では学習障害と関連し、アルツハイマー型認知症患者では、認知機能低下を促進させることが知られています。今回の研究で、白質機能が障害されている時、異常な神経細胞活動を神経回路レベルで適切に制御することが、学習に重要であることが示されました。そのため、ある特定の行動に合わせ、この行動と関連する大脳皮質へ投射する軸索を経頭蓋磁器刺激装置などを用いて同期的に活動させることは、神経回路において白質機能を補正することができるため、今後、病初期の白質機能が障害された疾患に対する治療法の選択枝となる可能性があります。

用語解説

注1: 髄鞘(ずいしょう)
神経細胞の軸索周囲にオリゴデンドロサイトという細胞が形成する層状の構造物。軸索を伝わる信号を素早く伝える役割がある。
注2: 2光子カルシウムイメージング法
生きたまま組織内の細胞を見ることができる2光子顕微鏡を用いて、神経細胞内のカルシウムイオン濃度を光の強度として計測することで、神経細胞の活動を観察する方法。
注3: 運動学習課題
右前足を使って一定時間レバーを引くと水報酬がもらえる学習課題。
注4: 神経活動依存的な髄鞘の可塑的変化
神経活動に応じて白質を構成する髄鞘の構造が変化すること。

謝辞

本研究は、日本医療研究開発機構、科学技術振興機構、文部科学省のサポートを受けて行われました。

論文情報

・タイトル
Motor learning requires myelination to reduce asynchrony and spontaneity in neural activity.
DOI:10.1002/glia.23713
・著者
Daisuke Kato, Hiroaki Wake, Philip R Lee, Yoshihisa Tachibana, Riho Ono, Shouta Sugio, Yukio Tsuji, Yasuyo H Tanaka, Yasuhiro R Tanaka, Yoshito Masamizu, Riichiro Hira, Andrew J Moorhouse, Nobuaki Tamamaki, Kazuhiro Ikenaka, Noriyuki Matsukawa, R Douglas Fields, Junichi Nabekura, and Masanori Matsuzaki
・掲載誌
GLIA

お問い合わせ先

< 研究について >
■神戸大学医学研究科システム生理学分野
教授 和氣 弘明(わけ ひろあき)
■生理学研究所
所長 鍋倉 淳一(なべくら じゅんいち)
< 報道担当 >
■神戸大学総務部広報課
■生理学研究所研究力強化戦略

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