スズメバチ類に受粉される新たな植物の発見~典型的なジェネラリスト植物であるセリ科における特殊化した送粉様式~

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2024-04-30 東京大学

望月 昂(附属植物園 助教)

発表のポイント

  • セリ科のノダケとイワニンジンが主にスズメバチ類に送粉されること、訪花したスズメバチが他の送粉者を狩り殺すことを発見。
  • 典型的なジェネラリスト植物として知られてきたセリ科における異例な送粉様式を明らかにした。
  • セリ科植物の送粉様式の多様性の解明や、スズメバチの生態系における役割、送粉者間の相互作用の理解が期待される。


ノダケの花を訪れるオオスズメバチ

発表概要

東京大学大学院理学系研究科附属植物園の望月昂助教は、日本に分布するセリ科(注1)植物であるノダケとイワニンジンが主にスズメバチ類(注2)に送粉されることを明らかにしました。ニンジンに代表されるセリ科植物は開放的な花を持ち、ハナバチやハエ、チョウ、甲虫など時には1種の植物に100種類を超える多様な昆虫が訪れます。今回、日光植物園内に生育するノダケとイワニンジンを観察したところ、キイロスズメバチやコガタスズメバチが頻繁に花を訪れ、それらのスズメバチ類が大量に花粉を運搬することを見つけました。さらに、花に目の粗い袋をかけてスズメバチを選択的に排除することで、スズメバチが種子生産に貢献していることを示しました。一方で、スズメバチ排除区で予想よりも高い結実がみられたことから、スズメバチの不在下において、ほかの送粉者の訪花が高まった可能性が示唆されました。また、スズメバチは、訪花している際に他の訪花昆虫を捕食することを観察しました。これらの結果は、捕食者であり送粉者であるスズメバチの訪花が他の送粉者の訪花を抑制することによって、ノダケとイワニンジンが実質的にスズメバチ類によって送粉される可能性を示唆しています。本研究は、セリ科植物の送粉様式の多様性を明らかにした点、また、スズメバチ類の送粉者としての役割を定量的に評価し、送粉者同士の負の相互作用の新たな一面を報告した点で意義深いと考えられます。

発表内容

〈研究の背景〉
セリ科は、セリやニンジン、パクチー、アシタバなどの身近な食用植物を多く含む分類群で、世界に3,500種ほどが知られる草本性の植物です。一般に、複数の花が傘のように集まった大きな散形花序(注3)を作ります。特に、シシウド属Angelica(注4)などは草体がしばしば1mを超えるような大きな植物で、10cmを超えるような白く大きな花序を作ります。それぞれの花は開放的で、蜜を分泌するため、さまざまな昆虫にとってアクセスしやすい蜜源になっています。それゆえ、ハナバチやハエ、チョウ、甲虫などをはじめ、時として100種以上の昆虫が訪れ、受粉されることが知られています。このように多くの分類群の動物に送粉される植物の送粉様式は、送粉者ジェネラリスト(注5)と呼ばれ、セリ科植物はその代表的な例としてよく知られてきました。

今回の研究は、シシウド属のノダケ(図1,注6)という特徴的な暗紫色の花をもつ植物が、スズメバチの仲間に頻繁に訪花されている、という観察からスタートしました。スズメバチをはじめとする狩りバチ(注7)がセリ科の花を訪れることは知られていましたが、狩りバチばかりが訪れるセリ科植物はこれまで知られていませんでした。そこで日光植物園で追加観察を行ったところ、園内に植栽されている、緑色の花をもつイワニンジン(図1,注8)もまたスズメバチに頻繁に訪花されること観察しました。そこで本研究では、ノダケとイワニンジンが専らスズメバチに送粉される初めてのセリ科植物だと考え、スズメバチの送粉への貢献を調べました。


図1:イワニンジン(左)とノダケ(右)
いずれの種も8月から9月にかけて日光植物園で開花する。

〈研究の内容〉
日光植物園に自生するノダケと、半野生化しているイワニンジン(図1)でそれぞれ19時間、18時間かけて訪花昆虫の観察を行ったところ、両種ともに、15種ほどの昆虫が観察され、中でもキイロスズメバチが最も頻繁に花を訪れた昆虫でした(図2AB)。キイロスズメバチは、次によく見られたヤドリバエ科(注9)のコガネオオハリバエに比べ、ノダケでは8.3倍、イワニンジンでは29.6倍もの頻度で訪花していることが分かりました。キイロスズメバチ、コガタスズメバチ、ヒメスズメバチを合わせたスズメバチ属の昆虫(以下、スズメバチという)は、全体の訪花者個体数に対して、ノダケでは62%、イワニンジンでは90%を占めていました。さらに、イワニンジンの花で捕獲した昆虫の体表を観察したところ、ほとんどの昆虫にはせいぜい100粒未満しか花粉が付着していない一方で、スズメバチは多くの個体が100粒以上、しばしば1,000粒以上の花粉を体表にもつことが分かりました(図2C)。訪花頻度、運搬花粉数ともにスズメバチが群を抜いていることは、両種においてスズメバチが主要な送粉者であることを示しています。


図2:ノダケを訪れるコガタスズメバチ(A)とイワニンジンを訪れるキイロスズメバチ(B,C)。頭部や胸部の腹側や脚部に大量の花粉が付着している(C:矢印)。

次に、スズメバチがどの程度種子生産に貢献する送粉者かを調べるため、訪花昆虫の排除実験を行いました。ここでは、袋をかけずに訪花昆虫に自由に送粉させた自然受粉条件、1mmの目のメッシュをかけて観察された全ての訪花昆虫を排除する昆虫排除条件、7 mmの目のメッシュでできたケージを花序にかぶせ、スズメバチを排除したスズメバチ排除条件で結実率(注10)を比較しました(図3AB)。その結果、両種ともに結実率は、自然受粉条件>スズメバチ排除>昆虫排除条件となりました(図3C)。このことは、スズメバチがノダケとイワニンジンの種子生産の大きな割合を担っていることを示唆しています。


図3:(A)スズメバチ排除の様子。(B)スズメバチ排除ケージ内の花序を訪れたハエ(矢印)。(C)昆虫排除実験の結果。
排除実験では、自然結実>スズメバチ排除>全昆虫排除の順で結実率が低下した。それぞれの箱ひげ図の右肩のアルファベットは、文字が異なる場合には処理間で結実率に統計的に有意な差があったことを、同じ場合には差がなかったことを示す。ノダケでは全処理間で有意差があり、イワニンジンでは、スズメバチ排除と全昆虫排除の処理間には有意差がない。


しかしながら、スズメバチが訪花者の大部分を占め、大量に花粉を運搬していたことを考えると、スズメバチ排除区の結果率の低下は期待するほどではありませんでした。これは、スズメバチ排除条件で、スズメバチ以外の比較的小型の送粉者の訪花が高まった可能性を示唆しています。さらに、ノダケの花の上で、スズメバチが他の訪花昆虫を狩り殺す様子が観察されました(図4)。狩りバチが他の訪花昆虫を忌避する可能性を指摘する先行研究(注11)の知見と合わせると、これらのことは、ノダケとイワニンジンにおいて、スズメバチが訪花することが他の昆虫の訪花を妨げている可能性を示唆しています(図4)。


図4:イワニンジンの花の上で訪花昆虫を狩り殺すキイロスズメバチ。

セリ科植物は開放的な花をもち、数多くの昆虫に送粉されるジェネラリストであるということは、送粉生態学(注12)における一種の通説でした。その意味で、ノダケとイワニンジンにおけるスズメバチを中心とした送粉様式は、セリ科植物の送粉様式のこれまでの理解を打ち破る発見です。さらに、ノダケとイワニンジンがもつ暗紫色と緑色の花は、多くが白色の花をもつセリ科の中では珍しいものです。こうした色の花は、ヒナノウスツボ属(注13)やツルニンジン(注14)など、スズメバチに送粉される植物にしばしばみられることから、スズメバチによる送粉と関係している可能性があります。今回の2種以外にも、シシウド属のミヤマノダケやウマノミツバ属のクロバナウマノミツバも赤紫色の花を持つため、これらもジェネラリストではなく、スズメバチあるいは、別の昆虫に特異的に送粉される可能性があると思われます。

以上のことから、本研究は、新しいスズメバチ媒植物の発見、スズメバチの送粉者としての性質の一端の解明、また、セリ科植物の送粉様式の多様性に大きな理解を与えたと考えられます。

〈今後の展望〉
ジェネラリスト植物と思われていたセリ科植物には、隠された送粉様式の多様性があるかもしれません。セリ科の中で、典型的でない花の形状や色をもつ種について、送粉者を調べることが、セリ科の送粉様式の多様性の解明に繋がると考えられます。

また、スズメバチは、一般的には害虫として考えられがちです。しかしながら、ノダケのような普通種の送粉者であるということは、生態系においてスズメバチが送粉者として重要な役割を果たしていることを示唆しています。スズメバチに送粉される植物の多様性はまだ未解明であり、今後の研究が、スズメバチの送粉者としての適正な評価の一助になることが期待されます。

論文情報
雑誌名
Ecology論文タイトル
Hunt and pollinate: Hornet pollination of the putative generalist genus Angelica

著者
Ko MOCHIZUKI

DOI番号
10.1002/ecy.4311

研究助成

本研究は、科研費「花香で読み解くハエと花の多様な関係性:生活史を巧みに利用した送粉者誘引戦略(課題番号:20K15859)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  セリ科
世界中におよそ3,500種から3,780種が知られる草本性の植物分類群で、草体に芳香をもつことが多い。ニンジンやパセリ、セロリ、ウイキョウなど多数の食用・薬用植物を含む重要なグループである。日本には80種ほどが知られる。

注2  スズメバチ類
スズメバチ科スズメバチ亜科に属する昆虫のこと。特にキイロスズメバチなどのスズメバチ属は女王個体を中心とした真社会性のコロニーをもつ。

注3  散形花序
茎から出た花序柄の先端に、小花柄をもった複数の花がつく花序の種類。セリ科やウコギ科、サクラソウ科、ナス科などにみられる。

注4  シシウド属Angelica
世界に110種が知られる大型の草本で、通常白色の花弁をもつ。日本にはシシウド、エゾニュウ、アシタバ、トウキなど19種が知られる。

注5  送粉者ジェネラリスト
複数の昆虫に送粉される送粉様式の総称。反対に、特定の動物のみに送粉される植物の送粉様式はスペシャリストや送粉者スペシャリストと呼ばれる。

注6  ノダケ
80〜150cmほどのシシウド属の多年草で、8-9月に開花する。セリ科植物としては珍しく暗紫色の花を持つ。中では山野に普通にみられ、やや湿った林縁や湿地などに生育する。日本以外に、朝鮮半島、中国などに分布する。

注7  狩りバチ
膜翅目ハチ亜目の中で、アリとハナバチを除いた昆虫の総称。英語ではwaspが該当する。

注8  イワニンジン
シシウド属の日本固有種。箱根を中心とする山地に分布する多年草で、8月から9月にかけて緑色の花を咲かせる。

注9  ヤドリバエ科
双翅目(ハエ)目の中で、幼虫期に主に節足動物に寄生する科。世界で8,500種以上が知られる極めて多様性の高いグループの一つ。多くの種が蜜を求めて花を訪れる。

注10  結実率
開花時につけた花がもつ胚珠のうち、種子まで成長したものの割合。

注11  狩りバチが他の訪花昆虫を忌避する可能性を指摘する先行研究
ヨーロッパ原産のアップルミントにおいて、外来のツマアカスズメバチが分布する植物集団では、そうでない集団に比べて、ハナバチの訪花頻度や訪花時間が低減したことを報告した研究。Rojas-Nossa and Calviño-Cancela. (2020). Biological Invasions 22:2609–2618.

注12  送粉生態学
被子植物の繁殖に関わる進化・生態学的な研究。自殖性、他殖性、性表現などの繁殖形質や花と送粉者との相互作用に関する研究などが含まれる。

注13  ヒナノウスツボ属
ゴマノハグサ科の1年草、多年草、低木。世界に約200種、日本に5種が知られる。古典的な狩りバチ媒花として知られ、ほとんどの種が暗赤紫色のツボ状の花をもつ。

注14  ツルニンジン
キキョウ科のつる性の多年生草本。山地性の植物で、8月から10月に開花する。花は5cmほどの釣鐘状をしており、淡緑色で、内側に暗赤紫色の斑紋を持つ。キイロスズメバチなどに送粉されることが知られている。

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