ミトコンドリアはゆらぎによって整列する~アクティブ熱力学的力による新規のパターン形成機構~

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2024-05-09 東京大学,福井大学

発表のポイント
  • 神経軸索ではミトコンドリアが等間隔に整列することが知られていたが、ミトコンドリアがATPを生成すること、ミトコンドリアが分子モーターによって輸送されるという既知の事実のみで、この整列が説明できることを明らかにした。
  • ミトコンドリアは、熱力学や統計力学におけるエントロピー力に似た、ゆらぎを利用した力によって整列することを明らかにした。
  • ミトコンドリアの等間隔パターンは、軸索の機能に重要であると考えられ、新規のメカニズムの解明により、今後、様々な神経疾患の予防や治療に貢献することが期待される。

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神経軸索内で見られるミトコンドリアの整列の例。緑は軸索、赤はミトコンドリアを示す。

概要

東京大学大学院総合文化研究科の畠山哲央助教(研究当時)と、福井大学学術研究院工学系部門の梶田真司助教、小西慶幸教授による研究グループは、神経軸索内でミトコンドリアが等間隔で整列する新規のメカニズムを明らかにしました。

ミトコンドリアが神経細胞の軸索内で等間隔に整列することは、実験的には知られていましたが、そのメカニズムは不明でした。本研究では、ミトコンドリアがエネルギー源であるATP(注1)を生成すること、ミトコンドリアが分子モーター(注2)によって輸送されることの、2つの既知の事実のみから、この整列が理論的に説明できることを示しました。また、このメカニズムが、ゆらぎによって駆動される熱力学や統計力学のエントロピー力(注3)に近いものであることを理論的に初めて示しました。ミトコンドリアの等間隔パターンは、軸索の機能に重要であると考えられることから、この研究成果は今後、様々な神経疾患の予防や治療に貢献することが期待されます。

発表内容

先行研究によって、エネルギー源であるATPを合成するための細胞内小器官であるミトコンドリアが、神経細胞の軸索内で等間隔に整列することが実験的に知られていました(図1)。この整列は、細胞内におけるATP濃度を一定にするために重要です。しかし、そのメカニズムはよくわかっていませんでした。そこで、本研究チームは物理学におけるゆらぎについての理論から着想を得て、ミトコンドリアが整列するメカニズムを世界で初めて理論的に明らかにしました。

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図1:神経軸索内で見られるミトコンドリアの整列の例。緑は軸索、赤はミトコンドリアを示す。

何らかのモノが等間隔に並ぶためには、通常、モノとモノの間に反発力が働く必要があります。しかし、ミトコンドリアの間に直接的に働く反発力の存在は知られていませんでした。本研究では、ミトコンドリアがATPを生成すること、そして分子モーターがATPを消費してミトコンドリアを輸送すること、という既知の事実によって、ミトコンドリア間に直接的な反発力が働かなくても、ミトコンドリアの整列が説明できるということを明らかにしました。ミトコンドリア同士が近づくと、両者がATPを生成するのでATP濃度が高まり、ATPを消費して分子モーターが速く動きます。

その結果、ミトコンドリアの位置が大きくゆらぎ、ミトコンドリア同士が離れやすくなります。そして、ミトコンドリアが離れると、ATP濃度が低下することで、ゆらぎが小さくなり、ミトコンドリアが離れた位置に留まりやすくなります。その結果、直接的な反発力がなくても、ミトコンドリア間での実効的な反発力が生じます。この実効的な力は、熱力学や統計力学において知られている、熱ゆらぎによって生じるエントロピー力に非常に似たものです。

ただし、ミトコンドリアの場合は、熱ゆらぎではなく、分子モーターがATPを消費して動くことによるゆらぎによって、力が発生します。そこで、本研究チームはこの力をアクティブ熱力学的力(あくてぃぶねつりきがくてきちから; Active thermodynamic force)と名づけました。また、ミトコンドリアが輸送される際には、複数の分子モーターが結合し、それらが協同的に働くということが知られていました。本研究チームは、複数の分子モーターが共同的に働くことで、より大きな反発力が生じて、そしてミトコンドリアがより安定に等間隔に整列するということを明らかにしました(図2)。

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図2:(上)ミトコンドリアのモデルと(下)整列の様子

このアクティブ熱力学的力による生体内パターンの形成は、過去に知られていた生体内パターン形成のメカニズムとは異なる新規なものです。そのため、本研究を起点として、生物学や物理学におけるパターン形成の理解が大きく進むことが期待されます。また、ミトコンドリアの等間隔パターンが崩れることは、神経回路の維持や神経可塑性、軸索再生などに影響を及ぼすと考えられます。そこで、本研究で見出したメカニズムの理解が進むことで、神経変性疾患など様々な疾患の予防や治療に貢献することが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院総合文化研究科
畠山 哲央 研究当時:助教
現:東京工業大学 地球生命研究所 特任准教授

福井大学 学術研究院工学系部門
梶田 真司 研究当時:助教 現:講師
小西 慶幸 教授

論文情報

雑誌:Physical Review Research (Letter版)
題名:Active termodynamic force driven mitochondrial alignment
著者:Masashi K. Kajita, Yoshiyuki Konishi, Tetsuhiro S. Hatakeyama*
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevResearch.6.L022024
URL:https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.6.L022024

研究助成

本研究は、科研費「軸索内に停止型ミトコンドリアを一様に分布させる機構の解明(課題番号:20K06889)」、「ミクロ経済学と熱・統計力学を用いた代謝システムの解析(課題番号:21K15048)」、「転写酵素の遺伝子間動態に基づく細胞分化モデルの構築と実データによる検証(課題番号:21K17851)」の支援により実施されました。

用語説明

(注1)ATP
アデノシン三リン酸(Adenosine TriPhosphate)の略。生体内では、ATPを経由してエネルギーをやり取りすることによって、多くの化学反応が進行します。そのため、生体内のエネルギー貨幣ともしばしば称されます。

(注2)分子モーター
生物学においては、タンパク質を中心に構成されたモーターのように動く分子を総称して分子モーターと言います。分子モーターは大きく分けると、車輪のように回転するものと、レール上を進むものの2種類存在しますが、ここでの分子モーターは後者を指します。

(注3)エントロピー力
エントロピー力とは、系がより多くの状態数を持つ状態になろうとする性質から生まれる熱力学的な力です。ある状態のシステムを構成するミクロな要素の組み合わせ方の数、つまり状態数が多ければエントロピーは大きく、少なければエントロピーは小さくなります。状態数が少ない状態は稀なので、平均的には状態数が多くなるように、つまりエントロピーが大きくなるように力が発生します。これがエントロピー力です。

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