遺伝子導入により、HIV感染の拡大が抑制されるマクロファージをヒトiPS細胞から作成することに成功

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2018/09/12 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. 転写型遺伝子サイレンシング(TGS)注1によってヒト免疫不全ウイルス(HIV)を不活化する遺伝子を導入したiPS細胞を樹立し、 HIVの標的細胞の一つであるマクロファージ注2へと分化誘導を行った。
  2. 遺伝子導入を行ったiPS細胞由来のマクロファージは貪食能、形態、遺伝子発現においてヒト単球由来マクロファージ注3と同等であることを確認し、 試験管内のHIV感染実験でウイルス遺伝子の転写抑制を確認した。

1. 要旨

檜垣 慧 元学部生(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門)、平尾 理子 元大学院生(CiRA同部門)、鈴木 一雄 主任研究員(St Vincent’s Centre for Applied Medical Research, St Vincent’s Hospital, Australia)、 金子 新 准教授(CiRA同部門)らの研究グループは、遺伝子導入を行ったヒトiPS細胞を分化誘導し、転写型遺伝子サイレンシングによるヒト免疫不全ウイルス(HIV)不活化機構を有するマクロファージを作成することに成功しました。この研究成果は2018年8月4日に米国科学誌「Molecular Therapy – Nucleic Acids」でオンライン公開されました。

2. 研究の背景

HIV感染症は疾患の進行により後天性免疫不全症候群(AIDS)へと至る感染症です。現在では、抗HIV治療薬の併用療法に代表される治療法の開発によりHIV感染患者のAIDSの発症を抑制することができるようになりました。しかしながら、AIDSの発症を抑制するためには抗HIV治療薬を生涯に渡り内服する必要があることに加え、抗HIV薬の長期間の内服による副作用が生じる可能性があること、多剤耐性となったHIV株が出現していることなどから新たな代替療法の開発が必要とされており、その候補の一つとして遺伝子治療が注目されています。 共同研究者による過去の研究で、HIVの標的となる細胞に対して転写型遺伝子サイレンシング(TGS)を用いてHIV遺伝子の転写を抑制する機構を有する遺伝子導入を行い、HIV感染時にウイルスの複製が抑制されたと報告されています。このTGSを用いた機構では1年に及ぶ長期間のウイルスの複製抑制効果が示されています。既に報告のあった転写後型遺伝子サイレンシング(PTGS)注4を用いた機構のウイルス複製抑制効果は最長で25日程度であり、TGSを用いたウイルス複製抑制効果はPTGSと比較した際の有用性が示唆されています。
そこで、本研究グループは、TGSを介したHIV転写抑制効果が期待される遺伝子をiPS細胞に導入し、そのiPS細胞をHIVの標的細胞の一つであるマクロファージへと分化誘導することにより、HIV遺伝子の転写抑制機構を有するマクロファージを作成することを試みました。

3. 研究結果

1) ヒトiPS細胞にHIVに対して転写型遺伝子サイレンシング機構を有する遺伝子を導入し、マクロファージへと分化誘導を行った
まず本研究グループは、HIV-1というウイルスがもつ遺伝子のプロモーター領域注5に結合することによって感染時に転写型遺伝子サイレンシングを引き起こす遺伝子をヒトiPS細胞に導入しました。この際に、iPS細胞ではヒト単球由来マクロファージと比較してはるかに遺伝子導入効率が高いことが確認されました。
次に、以前に報告のあった手法を用いてそのiPS細胞をマクロファージへと分化誘導しました。その際に遺伝子導入を行ったマクロファージでは遺伝子導入を行わなかったものと比べて形態的、機能的な差異がないことを確認しました。さらにiPS細胞から分化誘導を行ったマクロファージはマクロファージに特徴的な細胞表面抗原を有しており、網羅的遺伝子発現解析においてもヒト単球由来マクロファージと同等であることを示しました。

図1 iPS細胞からマクロファージへの分化プロトコル

図2 分化誘導を行ったiPS細胞由来のマクロファージ
WT…遺伝子導入を行わなかったiPS細胞由来のマクロファージ
PromA…遺伝子導入を行ったiPS細胞由来のマクロファージ

2)遺伝子導入を行ったiPS細胞由来のマクロファージではHIV-1感染後にウイルス遺伝子の転写が抑制されることを確認した
次に本研究グループは、遺伝子導入を行ったiPS細胞由来のマクロファージにウイルスHIV-1を感染させ、ウイルスのDNA、ウイルスのRNA、 逆転写酵素注6の活性をそれぞれ計測しました。遺伝子導入を行ったiPS細胞由来のマクロファージでは、 HIV-1感染後にウイルスDNAが確認されるにもかかわらず、ウイルスRNAおよび逆転写酵素の活性が低く保たれることが明らかになりました。 この結果は、遺伝子導入によりHIV-1感染後にウイルス遺伝子の転写が抑制されることを示しています。

図3
A: iPS細胞由来のマクロファージのHIV感染後におけるHIV-RNAコピー数
B: iPS細胞由来のマクロファージのHIV感染後における逆転写酵素活性

WT…遺伝子導入を行わなかったiPS細胞由来のマクロファージ
PromA…転写型遺伝子サイレンシングを起こす遺伝子導入を行った
iPS細胞由来のマクロファージ
M2…転写型遺伝子サイレンシングを起こさない遺伝子導入を行った
iPS細胞由来のマクロファージ

4. まとめ

本研究ではヒトiPS細胞由来のマクロファージにおける転写型遺伝子サイレンシング機構を用いたHIV-1遺伝子の転写抑制効果を示しました。
この成果は、遺伝子導入効率の観点からiPS細胞由来のマクロファージが従来のヒト単球由来マクロファージよりもHIV-1感染の実験モデルとして有用であることを示しています。それに加えて、iPS細胞由来の血液細胞による同様の機構を用いたHIV感染症の完全な治癒の可能性を示唆しています。

5. 論文名と著者

  1. 論文名
    Generation of HIV-Resistant Macrophages from IPSCs by Using Transcriptional Gene Silencing and Promoter-Targeted RNA
  2. ジャーナル名
    Molecular Therapy–Nucleic Acids
  3. 著者
    Kei Higaki1*, Masako Hirao1*, Ai Kawana-Tachikawa2, Shoichi Iriguchi1, Ayako Kumagai1, Norihiro Ueda1, Wang Bo1, Sanae Kamibayashi1, Akira Watanabe1, Hiromitsu Nakauchi3,4, Kazuo Suzuki5#,
    and Shin Kaneko1#
    *筆頭著者
    #責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所
    2. 国立感染症 研究所 エイズ研究センター
    3. 東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター
    4. Stanford University School of Medicine
    5. St Vincent’s Centre for Applied Medical Research (AMR), St Vincent’s Hospital

6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム iPS 細胞研究中核拠点
  2. 文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究
  3. St Vincent’s Clinical Grant

7. 用語説明

注1)転写型遺伝子サイレンシング(TGS)
特定の遺伝子発現を抑制する遺伝子サイレンシングの一つ。遺伝子が発現しているときは、DNA上の遺伝子を鋳型としてメッセンジャーRNAが転写され、このメッセンジャーRNAが核外のリボソーム上で翻訳されることでタンパク質が合成されるが、転写型遺伝子サイレンシングは、一連の過程における遺伝子の転写を抑制することで遺伝子発現を抑制する技術である。
注2)マクロファージ
免疫細胞の一種。細菌や死細胞などの異物を取り込む食作用を有している。HIV感染における主要な標的細胞の一つであり、HIV感染時は内部に子孫ウイルスを蓄積させることにより長期間のウイルス産生に寄与する。
注3)ヒト単球由来マクロファージ
健常人のドナーから提供される末梢血中の単球を、特定の条件下で培養することにより得られるマクロファージ。
注4)転写後型遺伝子サイレンシング(PTGS)
特定の遺伝子発現を抑制する遺伝子サイレンシングの一つ。遺伝子の転写後にその転写産物を分解することで遺伝子発現を抑制する。
注5)プロモーター領域
遺伝子の上流側にある領域で、遺伝子の発現調節に重要な働きをする部分を含んでいる。
注6)逆転写酵素
一本鎖RNAからDNAを合成する酵素。HIVに代表されるレトロウイルスが保有しており、逆転写酵素活性の測定によりレトロウイルスを検出することが可能である。

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