2024-08-07 東京大学
図1:発見された70万年前のフローレス原人の大人の上腕骨(骨の下側半分が残存)(撮影:海部陽介)
発表のポイント
◆フローレス島(インドネシア)のソア盆地にある70万年前の地層から、これまでに世界各地で見つかった人類化石の中で最小サイズの大人の上腕骨(下側半分が残存)が発見されました(図1)。推定される身長は、同島のリャンブア洞窟で発見された約6万年前のフローレス原人(Homo floresiensis)より6cmほど低い、およそ100 cmです。
◆フローレス原人がジャワ原人と類似することも再確認され、100万年前頃にこの孤島へ渡った大柄(現代人と同程度)な原人の身体サイズが、30万年以内に劇的に小さくなり、その後60万年以上にわたって小柄な体格を維持していたという進化のシナリオが描かれます。
◆本研究により、謎に包まれていたフローレス原人の進化過程、ひいては5万年前以前のアジアにおける人類多様化の様相が、より明確になってきました。
Map made with GeoMapApp (www.geomapapp.org) / CC BY / CC BY (Ryan et al., 2009)
図2:東南アジア島嶼部における原人の分布。ジャワ島にいたのはジャワ原人。薄いグレーは氷期の海面低下時に拡大していた陸域。
発表内容
東京大学総合研究博物館の海部陽介教授と、聖マリアンナ医科大学の水嶋崇一郎教授、新潟医療福祉大学の澤田純明教授、インドネシア、オーストラリア、アメリカの国際共同研究チームは、フローレス島(インドネシア)のソア盆地から、これまでに見つかった人類化石の中で最小の上腕骨を含む、複数の原人化石を発見し、報告しました。
フローレス島(インドネシア:図2)のリャンブア洞窟の約6万年前の地層から見つかり、2004年に報告された推定身長106cm(※)の小型原人Homo floresiensis(フローレス原人:文献1・2)は、ホモ・サピエンス以前の人類が海を越えて島へ渡っていたこと、かつてのアジアに多様なホモ属の人類がいたことを知らしめ、人類進化観を大きく変えました。以来、フローレス島の原人がどのように小さな身体と脳を進化させたかに関心が寄せられ、同島の140万~70万年前の化石が得られるソア盆地が注目を集めてきました。
我々は2016年に、ソア盆地のマタメンゲ(図2)からフローレス原人と類似する歯と下顎骨化石を発見し、同島における原人の歯と顎における小型化が70万年前までに生じていたことを報告しました(文献3)。今回のマタメンゲからの追加報告は、その時点で得られていなかった待望の四肢骨1点(上腕骨の下半分)と歯2点についてで、これらの解析から、以下の結論が導かれました。
- デジタル顕微鏡による微細構造の観察から、小さな上腕骨(SOA-MM9)は大人の骨で、その太さと復元した長さにおいて、既知の人類化石の中で最小です。
- 計10点となったマタメンゲの人類化石は、少なくとも4人分(うち子供2人)のものです。どれもリャンブアのフローレス原人とよく類似しており、歯の特殊化が進んでいない古いタイプのHomo floresiensisとみなせます。
- 比較が可能な、少なくとも2個体に属する歯・下顎・上腕のどれにおいても、リャンブアのサイズを下回ります(図3)。つまり70万年前のフローレス原人は、リャンブアと同等かそれより小さかったと言えます。
- 復元した上腕骨の長さ(211-220 mm)から推定した身長は、低身長のヒトモデルではマタメンゲが103-108 cm、リャンブア(LB1)が121 cm、類人猿モデルではマタメンゲが93-96 cm、リャンブア(LB1)が102 cmでした(※)。大腿骨の長さから検討したリャンブア(LB1)の推定身長は106 cm程度と報告されています(文献1)。
- 小型であることを除けば、マタメンゲの化石はジャワ原人と高い類似性を示します。したがって、現代人並みに大柄だったジャワ原人からフローレス島において劇的な小型化が生じたと想定されます。フローレス原人が、ジャワ原人より小柄で原始的な猿人やホモ・ハビリスから進化したとの説は支持できません。
- 体長3メートルになるコモドオオトカゲやワニが生息していた太古のフローレス島で原人が小型化したことは、原人にとってこれらの大型爬虫類はさしたる脅威ではなかったことを示唆します。島における早期の小型化とその後の体サイズの平衡は、孤島における小さな身体が、原人にとって何等かのメリットがあったことを暗示します。
- (参考情報)フローレス原人における脳サイズの縮小がいつ、どう生じたかは、頭骨化石が未発見の現状では不明です。フローレス原人は、当地にホモ・サピエンスが出現した5万年前頃に姿を消しました。
文献1)Brown, P. et al. Nature 431, 1055-1061 (2004).
文献2)Morwood, M. J. et al. Nature 431, 1087–1091 (2004).
文献3)van den Bergh, G. D., Kaifu, Y. et al. Nature 534, 245-248 (2016).
文献4)Morwood, M. J. et al. Nature 437, 1012-1017 (2005).
※身長と上腕の長さのプロポーションの違いから、2つのモデルの予測は異なります。リャンブアのフローレス原人は両者の中間的(大腿骨と比較した上腕の長さが現代人より長く類人猿よりは短い)であるため(文献4)、2つのモデルの中央値(約100cm)がマタメンゲの実際の身長に近いと予測されます。
<研究者のコメント>
小さな上腕骨を最初に見たときは子供の骨と思ったが、気になって発育段階を調べた結果驚いた。年齢や長さの推定作業は困難だったが、共同研究者との連携プレーでうまく課題解決し、説得力のある成果に結びつけることができた。(海部陽介)
図3:フローレス島ソア盆地にあるマタメンゲの化石発掘地点
(2013年調査時)(撮影:海部陽介)
図4:マタメンゲ(左)とリャンブア(右)の
フローレス原人の上腕骨(撮影:海部陽介)
〇関連情報:
新発見の化石のレプリカを、下記特別展示にて一般公開します。出展中のフローレス原人(リャンブア洞窟)、港川人、「日本史上最高のマッチョマン(縄文時代晩期)」などとともに、2024年10月6日の会期終了までご覧いただけます。
特別展示『海の人類史 – パイオニアたちの100万年』
https://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/id/IMT0277
https://www.um.u-tokyo.ac.jp/IMT/attachments/download/8125/PR074_JA.pdf
主要研究グループ構成員
海部 陽介 教授 東京大学総合研究博物館
水嶋 崇一郎 教授 聖マリアンナ医科大学解剖学講座(人体構造)
澤田 純明 教授 新潟医療福祉大学自然人類学研究所
Iwan Kurniawan Center for Geological Survey, Geological Agency, Bandung, Indonesia
Gerrit D. van den Bergh Centre for Archaeological Science, School of Earth, Atmospheric and Life Sciences, University of Wollongong, NSW, Australia
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Early evolution of small body size in Homo floresiensis
著者名:Yousuke Kaifu*, Iwan Kurniawan*, Soichiro Mizushima, Junmei Sawada, Michael Lague, Ruly Setiawan, Indra Sutisna, Unggul P. Wibowo, Gen Suwa, Reiko T. Kono, Tomohiko Sasaki, Adam Brumm, Gerrit D. van den Bergh* (*責任著者)
DOI: 10.1038/s41467-024-50649-7
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-024-50649-7
※著者の役割:インドネシア・オーストラリアの調査隊が化石を発見し、その形態解析を海部・水嶋・澤田・ラーグらが担当して論文を執筆しました。
研究助成
科研費「基盤A(課題番号:22H00421)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:23K17521)」ほか