ゲノム編集技術を用いて自閉症スペクトラム症を生じる15番染色体重複症候群iPS細胞の染色体を改変 病態解明と創薬に役立つツールを作製

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2024-08-21 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. 自閉症スペクトラム症を来すコピー数多型として頻度の高いヒト染色体15q11.2-13.1重複症候群(Dup15q症候群)注1)患者さん由来iPS細胞の余剰15番染色体をCRISPR-Cas9によるゲノム編集により除去し、患者さん細胞と遺伝学的背景が同一のアイソジェニックiPS細胞株注2)を作製した。
  2. 神経発達異常をもたらす遺伝子発現変化を調べるため、Dup15q患者さん由来iPS細胞、及びそのアイソジェニックiPS細胞を用いて、大脳オルガノイド注3)を作製し、scRNA-seq注4)解析を実施した。
  3. Dup15q症候群では、グルタミン酸作動性ニューロンおよび GABA 作動性ニューロンにおいて、神経機能に関連する遺伝子発現変化が認められた。

1. 要旨

宗實悠佳 特定研究員(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門、T-CiRA井上プロジェクト)、今村恵子特定拠点講師(京都大学CiRA増殖分化機構研究部、T-CiRA井上プロジェクト)、藤本直子特定研究員(京都大学CiRA臨床応用研究部門、T-CiRA堀田プロジェクト)、堀田秋津准教授(京都大学CiRA臨床応用研究部門、T-CiRA堀田プロジェクト)、行武洋サイエンティフィック ディレクター(武田薬品工業株式会社、T-CiRA井上プロジェクト)および井上治久教授(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門、T-CiRA井上プロジェクト)らの研究グループは、CRISPR-Cas9によるゲノム編集技術を用いて、Dup15q症候群患者さん由来iPS細胞において3本ある15番染色体のうち、余剰15番染色体を取り除き、患者さんと同一遺伝背景をもつアイソジェニックiPS細胞株の樹立に成功しました。更に、作製した細胞を用いて、大脳オルガノイドのscRNA-seq解析を実施しました。その結果、グルタミン酸作動性ニューロンおよび GABA 作動性ニューロンにおいて、神経機能に変化をもたらし得る遺伝子発現変動が生じていることを明らかにしました。作製したアイソジェニック細胞株は、Dup15q症候群の病態解明や創薬研究において有用なツールとなることが期待されます。
この研究成果は2024年7月18日に国際科学誌「European Journal of Cell Biology」でオンライン公開されました。

2. 研究の背景

15番染色体重複(Dup15q)症候群は、15番染色体の特定領域(長腕q11.2-13.1)のコピー数が増えることによって、自閉症をはじめとする神経系症状が出現する疾患です。Dup15q症候群には、染色体の構造異常として、interstitialタイプ [int(15)] とisodicentric [idic(15)] タイプの2種類があり、前者は重複領域のタンデムコピーが15番染色体内部に存在するのに対し、後者は、重複領域が三番目の独立した小さな余剰染色体として存在します(図1)。15番染色体の重複領域には、約30個の遺伝子がコードされており、病態を司る細胞種や責任遺伝子など、Dup15q症候群の病態分子メカニズムはほとんど不明です。Dup15q症候群患者の重複領域コピー数と疾患の重症度を解析した過去の報告からは、両者には明確な相関がないことが示されていました。このことは、染色体の重複に加え、個人の有する遺伝学的背景が、疾患病態に寄与する可能性を示唆していました。そのような疾患において、遺伝子の重複によって出現する変化を見極めるには、遺伝学的バックグラウンドの違いを排除したアイソジェニック細胞が有用なツールになると考えられました。

ゲノム編集技術を用いて自閉症スペクトラム症を生じる15番染色体重複症候群iPS細胞の染色体を改変 病態解明と創薬に役立つツールを作製
(図1)Dup15q症候群における15番染色体の構造異常の模式図

研究チームは、CRISPR-Cas9ゲノム編集技術を用いて、isodicentricタイプのDup15q患者さん由来iPS細胞から、余剰染色体除去を試みました (図2)。


(図2)余剰染色体の除去によるアイソジェニックiPS細胞株の作製

3. 研究結果

1)CRISPR-Cas9ゲノム編集技術を用いた15番余剰染色体の除去
余剰染色体除去にあたって研究チームは、過去の文献を参考に、外因性の遺伝子の配列が残留することなく、父方・母方由来の染色体への影響が小さく、また組み替えタンパク質を必要としないなど作業工程が比較的簡便と思われた手法(Li et al., Cell Stem Cell, 2012)を軸にストラテジーを組み立てました。まず、余剰染色体にピューロマイシン耐性遺伝子並びにチミジンキナーゼ遺伝子をコードする遺伝子カセット(Puro-ΔTK) をCRISPR-Cas9により導入しました (図3①)。次に、細胞の培地中にピューロマイシンを添加し、遺伝子カセットが挿入された細胞のみを選択しました (図3②)。生き残った細胞について、今度は通常培地内で継代を繰り返すことで、細胞分裂時に偶然起きる、染色体の自然脱落現象を誘発しました (図3③)。最後に、培地中にガンシクロビルを添加することで、遺伝子カセットを持たない細胞を選択しました (図3④)。生き残った細胞について、qPCRベースのコピー数解析および核型解析を行い、余剰染色体を失ったアイソジェニック (以下、Dup15q_iso) iPS細胞株の樹立に成功したことを確かめました。CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集では、編集過程で生じてしまう「ゲノムの傷」がしばしば問題になります。今回作製したアイソジェニックiPS細胞株の父方・母方由来染色体に傷がついたかどうかを確認するために、本来の目的と異なるCRISPR-Cas9のターゲット領域(オフターゲットサイト)になり得る可能性が高いと予想された11箇所を解析しました。その結果、いずれのゲノム領域においても、父方・母方由来の染色体が無傷であったことを確認しました。


(図3)CRISPR-Cas9ゲノム編集技術を用いた15番余剰染色体の除去方法

2)大脳オルガノイドの作製と解析
次に、研究チームは、作製したアイソジェニック細胞株を用いた解析を実施しました。多くの神経発達障害と同様、Dup15q症候群の症状は、乳幼児期から出現するため、神経発達の異常は出生前から生じていることが予想されます。研究チームは、Dup15q症候群の病態解明には、発生過程の脳のいくつかの側面を模す大脳オルガノイドが有用なモデルになるのではないかと考えました。そこで、大脳オルガノイドを作製し、scRNA-seq解析を実施しました (図4)。


(図4)大脳オルガノイドの次元削減解析(UMAP)の結果

各細胞種における遺伝子発現変動について調べたところ、Dup15qとDup15q_isoの比較において、グルタミン作動性ニューロンや、GABA作動性ニューロンで神経機能異常に帰着する遺伝子発現変動が起きている可能性があることが分かりました (図5)。


(図5)グルタミン作動性ニューロンおよびGABA作動性ニューロンにおける遺伝子発現変動

4. まとめ

疾患研究においては、適切な疾患モデルを用いることと、適切な対照を選択することが極めて重要です。疾患発症に、1つの遺伝子の変化が寄与する単一遺伝病とは異なり、Dup15q症候群では、約30個の遺伝子が重複しており、その病態解明には、実験ツールの開発が重要と考えられました。本研究において、作製した細胞株は、ゲノム配列が患者さん由来iPS細胞と同一であることから、疾患解析の対照として用いることにより、遺伝的背景の差の影響を極力抑えた解析ができます。作製されたiPS細胞ツールは、Dup15q症候群の病態解明とそれに基づく創薬研究に貢献することが期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Elimination of the extra chromosome of Dup15q syndrome iPSCs for cellular and molecular investigation

  2. ジャーナル名
    European Journal of Cell Biology
  3. 著者
    Haruka Munezane1,2, Keiko Imamura1,2,3,4, Naoko Fujimoto1,2, Akitsu Hotta1,2, Hiroshi Yukitake2,5, Haruhisa Inoue1,2,3,4,*
    *:責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)
    3. 理化学研究所 バイオリソース研究センター
    4. 理化学研究所 革新知能統合研究センター
    5. 武田薬品工業株式会社 R&Dリサーチ グローバルアドバンストプラットフォーム
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)
  2. 日本医療研究開発機構(AMED)
    「再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 再生・細胞医療・遺伝子治療研究中核拠点」(JP23bm1323001)
7. 用語説明

注1)Dup15q症候群
15番染色体長腕11.2-13.1領域のコピー数が増えることによって、自閉症、てんかん、運動発達遅延、知的障害など神経症状が出現する疾患。コピー数多型を原因とする自閉症の中では最も頻度が高い。

注2)アイソジェニックiPS細胞株
主に、親iPS細胞株の遺伝子操作によって、ゲノムに欠失、挿入、または置換を導入することで作製される、目的遺伝子や目的ゲノム領域以外は、遺伝的に同質なiPS細胞株のこと。

注3)オルガノイド
「臓器 (organ) のようなもの」を意味し、多能性幹細胞や組織幹細胞から分化誘導された3次元の組織のこと。ヒト臓器の構造や生理機能、発生過程を模すことから、新たな研究ツールとして期待されている。

注4)scRNA-seq
1細胞ごとの転写産物 (RNA) の種類と量を網羅的に検出し、調べる方法。次元削減などの数理的な解析と組み合わせることで、遺伝子発現プロファイルを元に、細胞集団を分類し、細胞種ごとに特徴的な遺伝子発現情報を取得することが可能。

細胞遺伝子工学
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