天然の結晶性セルロースだけを見抜く酵素をキノコから発見!

ad

2024-09-05 東京農工大学

東京農工大学大学院農学府の小嶋由香特任助教、田川聡美産学官連携研究員(当時)、同大学大学院連合農学研究科環境資源共生科学専攻博士課程(当時)の波多野友博、青木萌里、暮井達己、同大学大学院農学研究院環境資源物質科学部門の堀川祥生教授、船田良教授、吉田誠教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の砂川直輝講師、五十嵐圭日子教授、京都大学大学院農学研究科の和田昌久教授で構成された研究チームは、キノコから天然の結晶性セルロースに特異的に吸着する酵素を発見しました。この新規酵素は、セルロースの結晶性・非晶性の違いだけでなく、天然型・人工型の違いも区別して吸着することができます。この酵素の吸着構造を糖化酵素に導入することにより、木質バイオマス変換においてボトルネックとなっている難分解性の結晶性セルロースの分解効率を大幅に上昇させることができると期待されます。

本研究成果は Carbohydrate Polymers(9月2日付)に掲載されました。
論文タイトル:A cellulose-binding domain specific for native crystalline cellulose in lytic polysaccharide monooxygenase from the brown-rot fungus Gloeophyllum trabeum
URL: https://doi.org/10.1016/j.carbpol.2024.122651

背景
セルロースは植物を構成する繊維であり、地球上で最も豊富に存在する生物由来ポリマーの一種です。木材には、結晶性セルロース(セルロースI)と非晶性セルロースが混在しており、特に結晶性セルロースは難分解性であるため分解できる生物は限られています。しかし、キノコは独自の酵素を利用することで結晶性セルロースまでも完全に分解し、栄養源として利用することができます。キノコのセルロース分解酵素の中には、セルロース吸着能をもつドメイン構造注1)(セルロース結合ドメイン)を有するものがあります。セルロース結合ドメインは、分解酵素をセルロースの表面に局在させることで酵素の分解効率を上昇させます。そのため、特に難分解性の結晶性セルロースを効率的に分解するためには不可欠な因子であると考えられています。しかしながら、キノコの中にはセルロース結合ドメインを欠損している種も存在します。そこで本研究では、その代表的な菌であるキチリメンタケを対象として、結晶性セルロースの効率的な分解を可能にする因子を明らかにするために、本菌が有するセルロース分解酵素を調査しました。

研究体制
本研究チームの構成は以下の通りです。
◯東京農工大学大学院:小嶋由香特任助教(農学府)、田川聡美産学官連携研究員(当時 農学府)、波多野友博(当時 連合農学研究科環境資源共生科学専攻博士課程)、青木萌里(当時 連合農学研究科環境資源共生科学専攻博士課程)、暮井達己(当時 連合農学研究科環境資源共生科学専攻博士課程)、堀川祥生教授(農学研究院 環境資源物質科学部門)、船田良教授(農学研究院 環境資源物質科学部門)、吉田誠教授(農学研究院 環境資源物質科学部門)
◯東京大学大学院農学生命科学研究科:砂川直輝講師、五十嵐圭日子教授
◯京都大学大学院農学研究科:和田昌久教授
本研究はJSPS科研費23H00341、22H02403、19H03018、およびJST COI-NEXT JPMJPF2104の助成を受けて行われたものです。

研究成果
キチリメンタケの遺伝子転写産物注2)の配列解析を実施した結果、本菌が有するセルロースを酸化的に低分子化する酵素(溶解性多糖モノオキシゲナーゼ)のうちの1つに、未知のドメインが付加していることが明らかとなりました(図1)。そこでこの未知ドメインが新規のセルロース結合ドメインであると仮定し、結晶形態の異なるセルロース注3)に対する吸着能を調査しました。その結果、比較対象である既知のセルロース結合ドメインは、天然型の結晶性セルロース(セルロースI)、人工型の結晶性セルロース(セルロースII、セルロースIII)、および非晶性セルロースのいずれにも吸着した一方で、この未知ドメインはセルロースIに特異的に吸着し、非晶性セルロースや人工型の結晶性セルロースには全く吸着しないことが明らかとなりました(図2)。さらに、セルロースIに対しては、既知のセルロース結合ドメインより強い吸着力を有しており、吸着効率は20倍以上も高いことが示されました(図3)。次に、この新規のセルロース結合ドメインがキチリメンタケ以外のキノコにも保存されているかを調査するため、アメリカのジョイントゲノム研究所が公開しているゲノム情報を元に真菌のゲノム配列を解析しました。その結果、キチリメンタケ以外にも34株のキノコが有する限られた種類の分解酵素の末端に、本ドメインが付加することが分かりました。これを受けて、糖質関連酵素の情報がまとめられているCAZyデータベース注4)には、本ドメインを中心とした新しい分類群(Carbohydrate-binding module family 104:CBM104)が追加されました。
今後の展開
 自然界においてキノコは木材分解を担う主要な生物ですが、その分解メカニズムはほとんど明らかになっていません。本研究で見出されたセルロースIに特異的に吸着する新規のドメインは、溶解性多糖モノオキシゲナーゼをはじめとした限られた種類の酵素にのみ付加していました。このことから一部のキノコは、結晶性セルロースに特化した少数精鋭の酵素分解システムを有することで、既知のセルロース結合ドメインを利用するよりもさらに効率よく木材中のセルロースを分解していると推察されます。今後は、この酵素分解システムにおける酵素間の協調的な働きについて調査を進めていく予定です。得られた知見は、酵素を用いた高効率かつ低コストの木質バイオマス変換技術の開発に貢献すると考えています。

用語説明

注1)ドメイン構造
酵素の中で独立した立体構造をもつ領域のこと。数十個から数百個程度のアミノ酸から形成されており、多くの場合ドメインだけで独自の機能を有する。

注2)遺伝子転写産物
遺伝子情報をもつDNAがRNAに転写されてできた産物のこと。遺伝子転写産物はその後タンパク質に翻訳されるため、その配列を解析することでどのようなタンパク質が合成されるのかがわかる。

注3)結晶形態の異なるセルロース
セルロースはセルロース鎖同士が水素結合して整列している結晶性セルロースと、整列していない非晶性セルロースに大別される。さらに結晶性セルロースは、セルロース鎖の向きや距離の違いからセルロースI、II、IIIに細分化される。天然に存在する結晶性セルロースはセルロースI、人工的に作り出した結晶性セルロースはセルロースIIあるいはセルロースIIIの形態をとる。

注4)CAZyデータベース
糖質の生合成、代謝、輸送に関与する酵素の情報が登録されているデータベース。アミノ酸配列が類似した酵素をファミリー毎に分類している。

天然の結晶性セルロースだけを見抜く酵素をキノコから発見!
図1. 新規結晶性セルロース結合ドメインの配列と立体構造モデル (a)新規結晶性セルロース結合ドメインを含むキチリメンタケ由来溶解性多糖モノオキシゲナーゼの遺伝子転写産物の配列。選択的スプライシングによって溶解性多糖モノオキシゲナーゼのみの配列と、溶解性多糖モノオキシゲナーゼに新規結晶性セルロース結合ドメインが付加する配列の2種類が転写されていた。黒はシグナル配列、青は溶解性多糖モノオキシゲナーゼのエキソン、緑は新規結晶性セルロース結合ドメインが付加する場合にのみ転写されるエキソン、マゼンタは新規結晶性セルロース結合ドメインのエキソン、灰色はイントロンを表す。上段は塩基配列、下段はアミノ酸配列を示す。(b)新規結晶性セルロース結合ドメインを含むキチリメンタケ由来溶解性多糖モノオキシゲナーゼのアミノ酸配列とアミノ酸配列から予測された立体構造モデル。文字と立体構造モデルの色は(a)に対応する。(c)アミノ酸配列から予測された新規結晶性セルロース結合ドメインの立体構造モデルと既知のセルロース結合ドメインの立体構造。(図はCarbohydrate Polymers (2024): 122651を基に作成)


図2. 種々の形態のセルロースに対する新規結晶性セルロース結合ドメインおよび既知のセルロース結合ドメインの吸着量比較 吸着量の測定を容易にするために両セルロース結合ドメインには赤色蛍光タンパク質(RFP)を融合した。バックグラウンドとしてRFPの吸着量を示している。エラーバーは標準誤差を示す(n=3)。アスタリスク(*, **, ***)は、t検定によりコントロールと有意に異なるサンプルを示す(それぞれp<0.05、0.01、0.001)。(図はCarbohydrate Polymers (2024): 122651を基に作成)


図3. 新規結晶性セルロース結合ドメインと既知のセルロース結合ドメインの吸着能の比較 吸着量の測定を容易にするために両セルロース結合ドメインには赤色蛍光タンパク質(RFP)を融合した。バックグラウンドとしてRFPの吸着量も示している。(a) 各種結晶性セルロースに対する新規結晶性セルロース結合ドメインおよび既知のセルロース結合ドメインの吸着等温線。各ドメインと結晶性セルロースを混合して2時間静置した後、結晶性セルロースに吸着していない遊離タンパク質の濃度と吸着したタンパク質の濃度を測定し、得られたプロットをHillの式にフィッティングした。(b)フィッティングしたHillの式から算出した吸着パラメータ。新規結晶性セルロース結合ドメインはセルロースIIIには吸着しなかったためパラメータは算出していない。(図はCarbohydrate Polymers (2024): 122651を基に作成)

研究に関する問い合わせ
 東京農工大学大学院農学研究院
環境資源物質科学部門 教授
吉田 誠(よしだ まこと)

報道に関する問い合わせ
 東京農工大学 総務課広報室

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課 総務チーム 広報情報担当

生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました