日焼け防止剤と高水温に応答するサンゴ遺伝子の網羅的な特定に成功~人とサンゴ礁が共存共栄できる社会を目指して~

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2024-09-13 東京大学

発表のポイント
  • 白化の主要な原因である高水温と、白化へ及ぼす影響に関心が集まっている日焼け防止剤へ応答するサンゴ遺伝子群の特定に成功しました。
  • 特定した日焼け防止剤応答遺伝子には生体異物代謝酵素やシグナル伝達関連因子が含まれており、サンゴが日焼け防止剤を認識・解毒するメカニズムに関与すると考えられます。
  • 特定した遺伝子を指標として利用することで、サンゴに有害な物質の同定やより有害性の低い物質の探索・開発を通じた“サンゴ礁の保全”と、紫外線からの“人体の保護”の両立への貢献が期待されます。

日焼け防止剤と高水温に応答するサンゴ遺伝子の網羅的な特定に成功~人とサンゴ礁が共存共栄できる社会を目指して~
試験に使用した大気海洋研究所内のサンゴ飼育水槽

発表内容

東京大学の髙木俊幸助教は、花王株式会社 安全性科学研究所の西岡咲子研究員、本田大士研究員らと、サンゴの白化(注1)の主要な原因である高水温と、白化へ及ぼす影響に関心が集まっている日焼け防止剤(紫外線防止剤)へのサンゴ遺伝子発現プロファイル(注2)の違いを世界で初めて明らかにしました。

サンゴ礁は豊かな生物多様性を有する生態系です。近年、気候変動等によるサンゴ礁への影響が世界的に注目されています。生物多様性の損失を食い止めプラスに転じさせる“ネイチャーポジティブ(注3)”の実現が国際的に重要視されていることからも、サンゴ礁生態系の維持と回復、ストレス源の把握はますます重要な課題になると考えられます。こうした中、漁業関係者やマリンレジャーでの使用により環境へ流出するオキシベンゾン(注4)を含む一部の紫外線防止剤が、サンゴの白化へ及ぼす影響に関心が集まっています。一方で、野外活動では皮膚がん等の病気を予防するために、紫外線防止剤の利用が推奨されているというジレンマをわれわれ人間は抱えています。

同研究グループは、実環境のサンゴが紫外線防止剤にさらされた際にどのように応答するかを科学的に解明するために、一般的なサンゴ白化の要因として知られている高水温にさらされたサンゴと、高濃度のオキシベンゾンにさらされたサンゴ遺伝子の応答を比較しました。まず、造礁サンゴの一種であるウスエダミドリイシを高水温条件(31℃)と、試験水中にオキシベンゾンを添加した4種類の濃度条件で96時間飼育しました(図1)。従来から試験水中のオキシベンゾンの濃度減少が問題点として挙げられていましたが、飼育海水での使用器具をガラス製に置き換えることで、オキシベンゾン濃度の維持に成功しました。飼育試験の結果、沖縄県の実海水中から検出されたオキシベンゾン量の既報最大値と比較して、1,000倍以上の高濃度水槽でのみ、サンゴへの影響が確認され、一般的に環境中に排出されているオキシベンゾン量では、サンゴへの急性影響は限定的であることが明らかになりました。


図1:サンゴの試験水槽と、試験に用いたサンゴの様子

次に、それぞれの条件で飼育したサンゴについて次世代シーケンサーを用いた遺伝子発現解析を行い、各サンゴの応答の特徴を主成分分析(注5)で可視化しました(図2)。この解析では、遺伝子発現の特徴が似ている場合、近い距離にプロットされます。その結果、オキシベンゾン存在下で飼育されたグループは濃度依存的に直線上に配置された一方で、高水温条件のサンゴは明らかに異なる位置にプロットされました。この結果から、高水温とオキシベンゾンに対するストレス応答を示す遺伝子発現のプロファイル(作用機序)は、一部共通する部分があるものの、明瞭に異なることが明らかになりました。さらに、遺伝子機能推定の結果、高水温では免疫応答に関連する遺伝子群の発現を上昇させ、オキシベンゾンでは特定のシグナル伝達経路や細胞外マトリクスに関連する遺伝子群の発現を上昇させるなどの特徴がみられました。オキシベンゾンに応答して発現上昇した遺伝子には、生体異物代謝酵素も含まれていました。これらの遺伝子応答は、サンゴがオキシベンゾンを認識・解毒するメカニズムに関与すると考えられます。


図2:高水温とオキシベンゾン存在下におけるサンゴ遺伝子発現応答の違い

今回、紫外線防止剤オキシベンゾンに対するサンゴの応答は、高水温に対する応答とは異なる特徴があることを見出しました。特定した遺伝子をバイオマーカー(注6)として応用すれば、サンゴに有害な化学物質の同定や、より有害性の低い化学物質の探索・開発にも役立つと考えられます。また、実環境でのサンゴの生育に影響を及ぼすストレス源を検出・識別することが可能になれば、それぞれの海域にあわせた「テーラーメードな環境保全の実現」にも繋がります。本成果は、サンゴ礁生態系の回復をめざすネイチャーポジティブの達成に向けた重要な情報となり、将来的には生物へ無害な紫外線防止剤の開発を通じて“サンゴ礁の保全”と、紫外線からの“人体の保護”の両立への貢献も期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学 大気海洋研究所
髙木 俊幸 助教

論文情報

雑誌名:Science of The Total Environment
題 名:Deciphering mechanisms of UV filter (benzophenone-3)- and high temperature-induced adverse effects in the coral Acropora tenuis, using ecotoxicogenomics
著者名:Sakiko Nishioka, Kaede Miyata, Yasuaki Inoue, Kako Aoyama, Yuki Yoshioka, Natsuko Miura, Masayuki Yamane, Hiroshi Honda*, Toshiyuki Takagi*
DOI:10.1016/j.scitotenv.2024.176018
URL:https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2024.176018

用語解説
(注1)サンゴの白化
サンゴが共生している褐虫藻を体外へ失う、または共生している褐虫藻の光合成色素が消失することで、サンゴが白くなる現象。
(注2)遺伝子発現プロファイル
遺伝子発現とは、遺伝子がもっている遺伝情報がメッセンジャーRNAへ転写、およびタンパク質への翻訳を通じて具体的に現れること。本研究では、メッセンジャーRNAを対象として、遺伝子発現の全体的な様子(プロファイル)を解析している。
(注3)ネイチャーポジティブ
社会・経済活動による自然生態系の損失を抑えて、むしろ回復(ポジティブな状態)させていくことを目指す概念。
(注4)オキシベンゾン
紫外線から肌を保護する紫外線防止剤の一種。
(注5)主成分分析
膨大な変数で表される情報(高次元)を圧縮して、少数の合成変数(低次元)で表現する解析方法のひとつ。1つの丸印は、1つのサンゴ断片の情報であることを示す。横軸は第一主成分、縦軸は第二主成分を示し、楕円は各グループの95%信頼区間を示す。
(注6)バイオマーカー
遺伝子やタンパク質などの生体内の物質で、病状の変化や治療効果の指標となるもの。
問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門
助教 髙木 俊幸(たかぎ としゆき)

生物環境工学
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