日本人統合失調症のリスク遺伝子は民族を超えて他の精神疾患と共通する
2018-10-03 藤田保健衛生大学,理化学研究所
本研究は、藤田保健衛生大学医学部精神神経科学の池田匡志准教授、岩田仲生教授、理化学研究所統合生 命医科学研究センターの久保充明副センター長(研究当時)、国立循環器病研究センターの高橋篤部長(理化 学研究所生命医科学研究センター・客員主管研究員)、京都大学の鎌谷洋一郎准教授(理化学研究所生命医科 学研究センター・チームリーダー兼務)らを含め、18 の大学・施設・研究チームと共同で行われた研究の成 果です。
統合失調症とは
「統合失調症」は、思春期以後に発症し、幻覚・妄想といった陽性症状、感情鈍麻・意欲の減退・社会的引き こもりなどの陰性症状、さらには認知機能障害などを特徴とする疾患です。その有病率は、どの民族でもおおよ そ 100 人に 1 人といわれており、決して稀な疾患ではありません。
双生児研究・家計研究などの結果から、発症には遺伝的要因がかなりの割合で関与することがわかっています が、詳細な原因は未だ不明です。
研究成果のポイント
- 統合失調症の有病率は1%程度と推測され、その病態生理は完全に解明できていません。
- 本研究では、統合失調症のリスク遺伝子同定を目的に、過去最大規模となる約2千人の統合失調症 サンプルと約7千人の対照者(全て日本人)を用いた全ゲノム関連解析を行いました。
- さらに独立した追試サンプルとして約4千人の統合失調症サンプルと 5 万人を超える対照者を用 い、全ゲノム関連解析の結果の確認をしました。
- 統合的解析の結果、日本人統合失調症と関連する新規リスクを3個を同定しました。
- それら遺伝子の機能と統合失調症との関係は、現時点ではっきりしませんが、今後新たな治療ター ゲットとして有望であると言えます。
- 白人を中心とした統合失調症全ゲノム関連解析の結果を結合した解析も実施し、さらに12個の新規リスクを同定しています。
- また、本結果を利用し、遺伝的共通性を日本人―白人統合失調症で検出することが出来ました。さ らに、統合失調症の近縁精神疾患である双極性障害と、民族を超えた遺伝的共通性を見出すことが 出来ました。
この研究は日本医療研究開発機構の脳科学研究戦略推進プログラム「課題 F 健康脳(うつ病等に関する研究)」、 同「臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳)」、「オーダーメイド医療の実現プログラム」、「先端ゲノム研究開発」、日本学術振興会「科研費」、文部科学省「私学ブランディング事業」の一環として行われ たもので、その研究成果は国際科学誌 Schizophrenia Bulletin に、2018 年 10 月 3 日(日本時間 10 月4日)にオ ンライン版で発表されました。
「研究の背景」
「統合失調症」は、思春期以後に発症し、幻覚・妄想といった陽性症状、感情鈍麻・意欲の減退・社会的引きこもりなどの陰性症状、さらには認知機能障害などを特徴とする疾患です。その有病率は、どの民族でもおおよそ 100人に1 人と報告されており、決して稀な疾患ではありません。しかし、統合失調症に罹患すると、個人の生活の質(QOL)が低下するのみならず、経済的損失も多大であり、通常は治療を要します。現在行われている治療法は、抗精神病薬を用いた薬物療法が主体ですが、再発率が高いなどまだまだ根本的治療とは言えない状況が続いています。
他方、双生児・家系研究など疫学的研究は全世界で行われています。その結果から、発症には、遺伝的要因が関与することがわかっていますが、詳細な原因は未だ不明です。従って、早急な原因・リスクの解明を行い、それに基づく根本的治療の開発が望まれています。
現在までに、遺伝的リスクを検討するべく、多くの研究がなされてきました。最近では、各個人に存在 する全ゲノム上の多数の遺伝子多型(例えば 50~100 万個の一塩基多型(SNP)注1)を用いて、個々の遺 伝子多型がどの程度疾患に寄与するかを検討する全ゲノム関連解析(Genome-Wide Association Study 、 略して GWAS と言います。) 注 2が主流となっています。
統合失調症では、2007 年より全ゲノム関連解析が報告され始め、2011 年には、世界中の研究室が参画す るコンソーシアムである Schizophrenia Working Group of Psychiatric Genomics Consortium(PGC)が、 2 万 1 千近くのサンプル数を用いた論文を Nature Genetics 誌に掲載しています(Ripke et al. 2011, Nat Genet)。また、2014 年には同グループが 108 領域を(Ripke et al 2014, Nature)、昨年学会で報 告されたものでは 247 領域を有意と報告されています(Ripke et al. 2017 World Congress of Psychiatric Genetics meeting)。ただし、日本人を対象とした解析では、他の報告よりも極めて小規模 のサンプルのため、GWASでは一つもリスクは同定されていません(Ikeda et al. 2010 Biol Psychiatry)。 従って、今後も統合失調症のリスク同定のためには、サンプル数を拡張していく必要があり、かつ遺伝 的に均一な日本人サンプルを用いることは極めて重要であるといえます。
「研究の手法と成果の概要」
本研究は、藤田保健衛生大学を中心に、18 の大学・施設が参画したプロジェクトで、共同して統合失調 症のサンプルが収集・解析がなされました。また、対照となるサンプルは、理化学研究所が参画する BioBank Japan の結果を用いています。最終的に対象となったサンプル数は、全ゲノム関連解析におい ては 1,940 名の統合失調症と 7,408 名の対照者を用いています。これらのサンプルを用い、全ゲノム上 を網羅する一塩基多型(SNP)を約 90 万個決定し、全ゲノム関連解析を行いました。さらに、本解析で 関連が強い SNP のみを独立したサンプルを用いて追試を行っています。この際の追試研究のサンプル数 は 4,071 名の統合失調症と 54,479 名の対照者です。
1) 日本人サンプルのみを用いた結果
本サンプルすべてを用いた解析(全ゲノム関連解析と追試解析を合わせた結果)では、3領域に有意な 関連を同定しました(図1、2)。本領域との関連は、既報にないものであり、新規の統合失調症のリス ク遺伝子として同定されました。
これら領域に位置する遺伝子の機能は、細胞機能や神経伝達物質と関連するものではありますが、現状 のところ、統合失調症への直接的な機能的意義は証明されていません。従って、今後、統合失調症との 関連という側面を考慮しながら機能解析を行っていく必要があります。
(A) SPHKAP、(B)SLC38A8、(C)CABP1-ACADS 領域
2) ヨーロッパ民族・漢民族サンプルを中心とする結果とのメタ解析・比較
前述の PGC(Ripke et al 2014, Nature)や、漢民族の報告(Li et al. 2017 Nat Genet)は、結果の 一部を公表しており、このデータと、本研究の日本人サンプルを結合させた解析を行いました(メタ解 析といいます)。その結果、サンプル数が拡大され、12個の新規のリスクを同定することが出来ました (SFXN5, FHIT, OTOL1, LIN28B, FLJ35282, MIR4332, SEC16B, LOC440704, NDST3, CSMD1, DLG2,ADAM10)。 これら遺伝子の機能はさまざまな役割を果たすことが知られていますが、統合失調症発症における役割 は、やはり不明です。今後も機能解析をすすめることで、リスク分子をターゲットとした独自の作用機 序を持つ新規薬剤の開発などが期待されます。
3) 日本人統合失調症を含むアジア人を中心とした精神疾患と白人を中心とした 精神疾患の遺伝的リスク効果の共通性の検討
上述で行っている解析は、遺伝子多型(SNP)が統合失調症と関連するかどうかを検討する解析であり、 リスク遺伝子を同定する方法論です。最近は全く別の方法論を用いた解析、すなわち、数多くの SNP を 用いて、相加的に遺伝子の疾患に対する寄与を検討する解析があります(例:Polygenic Risk Score 解 析や遺伝的相関解析)。ここでのリスク SNP は、確定的リスクを示すもののみで解析せず、「SNP のすべ て」、あるいは「SNP の一部(例えば、P<0.5 という決して有意ではない SNP という意味です)」を含んで 解析することで、全体として例えば「日本人統合失調症と、白人を中心とした統合失調症(PGC のサン プル)」のリスク効果が共通しているかを検討することが出来ます。
我々は、過去に双極性障害(躁うつ病)の全ゲノム関連解析を実施しており、また日本人と同じアジア 系サンプルとして漢民族でのうつ病における全ゲノム関連解析が報告されています。また、ヨーロッパ 系民族の精神疾患の結果としては、前述の統合失調症をはじめ、同様に双極性障害とうつ病のデータも 利用可能です。
そこで、今回ターゲットとした日本人統合失調症とアジア系サンプルの精神疾患、および民族を超えて ヨーロッパ系民族精神疾患との遺伝的共通性を Polygenic Risk Score 解析と遺伝的相関解析を実施し ました。
まず、Risk Profile Score 解析の方法ですが、2個のデータセットの組み合わせの中で、一方の関連解 析から定義した「リスクとなりうる(この場合、確定的なリスクでないことは前述の通りです)」SNP の 選出をまず行います。次に、その選出された SNP を用い、もう一方サンプルセットの症例・対照全ての サンプルにおける遺伝的スコアを計算し、「症例のスコア」が「対照者のスコア」よりも高ければ、遺伝 的に共通していることを推測できる、という論理です。本研究でも、日本人双極性障害の「リスク」を もとに算出された遺伝的スコアは、日本人の統合失調症が対照者よりも最も有意に高いことが同定され ました。また、同様に、ヨーロッパ民族統合失調症と双極性障害の「リスク」も有意に日本人統合失調 症が対照者よりも高いスコアを示しました。他方、アジア民族・ヨーロッパ民族いずれのうつ病データ の「リスク」をもとにした解析では、スコアに有意な差は認められませんでした。
さらに、最近開発された方法により、遺伝的相関も検討しました。この解析では、集団における SNP 同 士の相関(連鎖不平衡)の程度と、個々の SNP での対象疾患における関連の程度を利用して、2個の疾 患についての遺伝的相関を検討する手法です。この方法でも基本的に、Polygenic Risk Score 解析を支 持する結果を得ています。
赤矢印が有意となった結果。日本人統合失調症と、アジア民族の精神疾患データおよびヨーロッパ民族の精神疾患データ を比較した解析で最も有意であったのは、日本人躁うつ病サンプルであった。
「研究成果の意義」
今回の研究成果により、新規遺伝子領域を含む複数の統合失調症リスク遺伝子が同定されました。しか し、個々の遺伝子が統合失調症に及ぼす効果の大きさは極めて小さいものであり、すぐに診断に実用で きたりするものではありません。しかし、これらの関連遺伝子を詳細に調べることで、統合失調症が発 症する一因を解明することが期待できます。
また、遺伝的共通性を日本人統合失調症と、1)日本人双極性障害、2)ヨーロッパ民族の統合失調症、 3)ヨーロッパ民族の双極性障害とで検出することができました。他方、うつ病との共通性は見出すこ とは出来ませんでした。
このことはすぐに診断などに役立つものではなりません。しかし、遺伝学的に疾患・民族を超えた共通 性を検討することは診断の妥当性を間接的に証明したり、あるいは共通しない部分が民族独自のリスク になりうる可能性を提案したり極めて重要な解析です。また、このような総和的な解析は、新たな診断 分類の基盤になる可能性もあります。
また、統合失調症と双極性障害との共通性は、過去に報告されているものですが、アジア民族での統合 失調症とうつ病に共通性が見いだせなかったことは、ヨーロッパ民族のデータ(統合失調症―うつ病) で共通性が同定されていることと異なるものでした。このことは、漢民族うつ病データのサンプル数が 少ないことや、うつ病そのものの疾患異質性に起因する可能性があります。後者の場合は、うつ病とい う診断が、実は様々な病態の集合であることを示唆するものであり、診断学的にも興味が持たれる知見 です。真の共通性の有無を検討するには、さらなるサンプル数を用いた解析が必須であるため、今後も このような解析を行っていきたいと考えております。
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