2024-12-30 東京大学
発表のポイント
- 抗アルツハイマー薬の連続合成を実現した。従来のバッチ法に比べて、二酸化炭素の排出を大幅に削減できる。
- 過酷な条件が必要とされる分子変換を、触媒法を活用した連続フロー合成によって達成した。
- 小分子医薬品の重要性は高く、国内での少量・多品種生産に適した方法として期待される。
連続合成装置
概要
東京大学大学院理学系研究科化学専攻の小林修教授と、同研究科の石谷暖郎特任教授らによる研究グループは、44段階の連続フロー分子変換法による、抗アルツハイマー薬メマンチンの連続合成に成功しました。 メマンチンは、特徴的なアダマンタン構造を持つ小分子医薬品で、単体あるいは他の薬剤との複合化によりアルツハイマー型疾患に対して有効な作用を示す化合物です。核酸やペプチドに代表される中分子医薬品が注目されるなか、価格等の問題から、小分子医薬品は依然として高い需要があります。一方、化学品供給を海外に依存する日本は、このような小分子医薬品を、革新的な技術開発により国内製造する必要があります。本研究では、カラム型反応器に固定化金属触媒を使用する気体-液体-固体系フロー反応や、強酸複合型イオン液体を用いる液体―液体系フロー反応が、このような医薬品の連続合成に適用できることを示しました。
図1:4つの連続フロー反応による抗アルツハイマー薬の合成
発表内容
研究のコンセプト
小分子医薬品は、製造コストが比較的安価で、大量生産も容易なことから、誰もがその恩恵を受けられる汎用医薬品として継続的な需要が見込まれます。この需要に応えるためには、強靭な製造システムが重要です。ところが日本では、多くの小分子医薬品の主成分(原体)の製造を海外に依存しています。この状況は、海外での製造・輸送トラブル、社会情勢、為替等さまざまな影響を受けやすく、必ずしも安定的な供給体制であるとは言えません。ところが、縮小しつつある労働力、設備等への投資、環境への配慮等山積する課題から、製造を国内に取り戻すことは容易ではありません。一方、この課題を解決できるのは、生産の効率を最大限に引き出すことのできる連続生産であると言われています。連続生産は近年さまざまな化合物の化学合成に適用されていますが、その適用範囲は十分ではなく、特に複雑な骨格変換への適用例は限られています。そのため、さまざまな化学反応に対応できる優れた連続フロー分子変換法(注1)の開発が重要な課題となっています。
研究コンセプトの実証
本研究では、「アダマンタン」と呼ばれる、ダイヤモンド構造を持つ抗アルツハイマー薬「メマンチン塩酸塩」の基本構造の合成を取り上げ、これまで極めて困難だった連続合成を達成しました。アダマンタンの構造は、かご型の炭素骨格からなり、その構造の特異性から、かつては合成が困難な炭素小分子とされていました。現在でもその合成には大量の廃棄物が伴うなどの問題がありました。一方、本研究では多環性芳香族化合物アセナフテンを原料として、2段階の連続フロー反応によりアダマンタン骨格が連続的に得られることを見出しました。アセナフテンを望みのアダマンタンに変換するためには、アセナフテンの安定な芳香族構造の完全水素化と、生成する多環性飽和炭化水素骨格を強酸により骨格転移させることが必要です。本研究では、温和な条件で芳香族化合物を水素化できる高機能触媒を使用した連続フロー芳香族水素化反応と、強酸を複合化したイオン液体を使用するフロー骨格転移反応を利用することでそれを達成しました。アセナフテンの水素化、骨格転移反応ともに廃棄物を生じないクリーンな触媒的分子変換法です。さらに、続くラジカル的ニトロ化、ニトロ化合物水素化により目的とするメマンチンを合成することに成功しました。
図2:メマンチン連結合成のための連続フロー反応
アセナフテン(左上)を原料とするメマンチン(右下)の4段階合成反応の全容。4工程はいずれも、原料と試薬をカラム型リアクターに投入すると目的生成物が排出される連続フロー法で成り立つ。
論文情報
- 雑誌名 Chemistry, A European Journal
論文タイトル Development of Continuous-Flow Reactions for the Synthesis of Anti-Alzheimer Drug Memantine
著者 Makoto Iwata, Yuichi Furiya, Haruro Ishitani*, Shu Kobayashi*(*責任著者)
DOI番号 10.1002/chem.202403562
研究助成
本研究は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)・機能性化学品の連続精密生産プロセス技術の開発(課題番号:JPNP 19004)の一環として実施されました。
用語解説
注1 連続フロー分子変換法
原料、添加剤などを反応器の一方から投入すると同時に、反応器の一方から生成物を取り出す反応による有機分子の変換反応。