2025-01-21 早稲田大学
発表のポイント
- アスリートが瞬発力をトレーニングするために頻繁に取り入れるウエイトリフティング種目とジャンプ種目ですが、実は両者に期待されるトレーニング効果の違いはよくわかっていませんでした。
- この研究で、ジャンプ種目は軽い負荷から重い負荷まで負荷を変えることで低速~高速の幅広い速度範囲の動きを鍛えられるのに対し、ウエイトリフティング種目は重い負荷を用いた時しか全力を出せず、やや低速の動きにのみ効果が期待されることが判明しました。
- ただし、重い負荷を背負ってジャンプ種目を行うと着地が危険なことから、軽い負荷で高速の動きを鍛えたい時はジャンプ種目、重い負荷でやや低速の動きを鍛えたい時はウエイトリフティング種目が効果的だと考えられます。
概要
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科(当時)の神林 壮真(かんばやし そうま)、帝京大学スポーツ医科学センターの武井 誠一郎(たけい せいいちろう)助教、早稲田大学スポーツ科学学術院の平山 邦明(ひらやま くにあき)准教授らの研究グループは、アスリートの瞬発力トレーニングで頻繁に用いられるウエイトリフティング種目とジャンプ種目の違いを力学的に分析し、軽い負荷から重い負荷まで全て全力で実施できるジャンプ種目とは異なり、ウエイトリフティング種目は重い負荷でしか全力を出せず、比較的遅い速度域でのみジャンプ種目と同等の力が発揮される特性を持つことを明らかにしました。
本研究は、2024 年12月28日にネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌『Scientific Reports』に発表されました。
これまでの研究で分かっていたこと
サッカーやラグビー、陸上短距離走など多くのスポーツ競技において、瞬発力が勝敗を左右する重要な要因とされています。瞬発力に関わる要素の一つに、素早く動くなかで大きな力を発揮する能力があります。筋肉には、遅い動きでは大きな力を発揮できるものの、速い動きでは大きな力を発揮できないという「※1力-速度特性」があります。多くのスポーツでは、静止状態からの加速や最大速度での運動など、異なる速度条件下での高い力発揮が求められます。そのため、アスリートのトレーニングは、向上させたい動作速度に対応した速度領域で行うことが必要です。
従来の研究では、ジャンプスクワット(自体重~バーベルを担いだジャンプ)は、全身の爆発的な力を効果的に鍛えるために優れた運動とされ、特に幅広い負荷に対応できる点で高く評価されてきました。一方で、ハングクリーンやハングクリーンプルといったウエイトリフティング種目(図1)は、力と速度の向上に役立つと考えられていますが、それぞれの種目が力-速度特性のどの部分に作用するかについては十分に明らかになっていませんでした。しかし、重いバーベルを担いだジャンプスクワット(図2)は、着地時に膝や腰を痛める可能性が高いなどの理由から敬遠される傾向があり、多くのアスリートはウエイトリフティング種目で瞬発力を鍛えていました。
図1 ハングクリーンとハングクリーンプルの様子
図2 ジャンプスクワットの様子
今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究は、ウエイトリフティングの主要種目であるハングリーンおよびハングクリーンプルが、下肢の力–速度特性のどの速度域に効果を発揮するのかを、着地衝撃を緩和する特殊な安全装置を使ったジャンプスクワットと比較したものです。バーベルを肩でキャッチする“キャッチ動作”があるハングクリーンと、“キャッチ動作”がないハングクリーンプルは、どちらの種目も「どの負荷で」「どの速度域に」「どれだけの力を出せるのか」という点を明確にすることを研究の目的としました。
本研究では、選手が実際に持ち上げられる最大重量(1RM)に対してさまざまな割合の負荷を設定し、その際に発揮される力と速度を高精度のフォースプレート(地面反力計)で測定するという手法を用いました。
図3は、各種目で実際に発揮された力と速度を表しています。破線はジャンプスクワットを用いて推定した力-速度特性で、これは各速度において下肢が発揮し得る最大の力を表しています。ハングクリーンは1RMの60%以上、ハングクリーンプルは1RMの40%以上の中~重負荷において、最大の力を発揮できることが示されました。一方、それよりも軽い負荷では、ジャンプスクワットのように身体とバーベルを空中に放り出すことができないため、力や速度の発揮が抑制される傾向が確認されました。つまり、ハングクリーンやハングクリーンプルは「低~中速度域」へ効果的に作用し、「高速度域」に対しては十分なトレーング刺激を与えない可能性があることが判明したのです。
図3 各種目を軽~高負荷まで行った時に発揮された力と速度
図4は、力–速度特性(破線)に対し、ジャンプスクワット、ハングクリーン、ハングクリーンプルの各種目がターゲットにできる力-速度特性の領域を、それぞれ青色、赤色、緑色の線で示しました。青色の領域は、ジャンプスクワットを安全に行える最大の負荷がバックスクワットの1RMの40%であると仮定しています。
この結果は、競技特性に応じた最適な組み合わせでトレーニングを行う際の具体的なガイドラインとなり得る新たな知見といえます。
図4 各種目がターゲットにできる力-速度特性の領域
研究の波及効果や社会的影響
本研究の成果は、アスリートの瞬発力向上トレーニングを各競技の特性や個人差を考慮して実施することを可能にする大きな一歩です。例えば、スプリント走の最初の加速局面の瞬発力を鍛えたければウエイトリフティング種目、トップスピードに近い速度に達した局面の瞬発力を鍛えたい場合はジャンプ種目といった具合に、課題により正確に対応したトレーニングが可能になることが期待されます。
今後の課題
今回の研究はあくまでもトレーニング種目の特徴を明らかにしたに過ぎません。トレー二ングに対する適応には特異性があり、身体は与えられた刺激に応じた適応をするので、ジャンプ種目やウエイトリフティング種目の特徴を反映した適応が起こることが予想されますが、まだ確信は持てません。今後は、実際に各種目のトレーニングをして力-速度特性がどう変化するか確認することが必要です。
研究者コメント
これまで実際のトレー二ング現場では、ウエイトリフティング種目とジャンプ種目を十分に使い分けていなかったと思います。スポーツ科学は「スポーツ現場の後追い」と指摘されたこともありますが、今回の研究のようにスポーツ科学が現場に知見を与えられることが最近は増えています。一方でスポーツの課題は現場にしかありません。これからもスポーツの現場の課題を科学で解決していくことに挑戦し、スポーツやトレー二ングをより安全で効果的なものにしてきたいと思います。
用語解説
(※1) 力-速度特性
低速では大きな力を発揮できるのに対し、高速ではあまり大きな力を発揮できないという筋肉の特性のことです。筋肉の場合は、直角双曲線のような形になりますが、多関節の運動だと直線に近くなります。例えば、図3および図4の破線は、低速から高速まで、全力で発揮できる力の大きさを表していることになります。
論文情報
雑誌名:Scientific Reports
論文名:Portions of the force–velocity relationship targeted by weightlifting exercises
執筆者名(所属機関名):武井誠一郎(帝京大学)、神林壮真(早稲田大学大学院スポーツ科学研究科)、勝毛志輝(早稲田大学大学院スポーツ科学研究科)、岡田純一(早稲田大学スポーツ科学学術院)、平山邦明(早稲田大学スポーツ科学学術院)*
※武井誠一郎と神林壮真は本研究に同等の貢献を行った共同第一著者
※*印は責任著者
掲載日時(現地時間):2024年12月28日
掲載日時(日本時間):2024年12月28日
(オンライン掲載)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-82251-8#Abs1
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-024-82251-8
研究助成
研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)
研究課題名:オリンピックリフティングは脚伸展動作の力-速度関係をどう変えるか?(JP17K01696)
研究代表者名(所属機関名):平山邦明(早稲田大学)
研究費名:早稲田大学 特定課題 基礎助成
研究課題名:ジャンプスクワット、クリーン、クリーンプルの力-速度特性(2020C-700)
研究代表者名(所属機関名):平山邦明(早稲田大学)