2025-01-27 東京大学医科学研究所
発表のポイント
- リソソーム内でRNAを分解する酵素RNaseT2の欠損によるリソソームRNAストレスが、病原体を認識する受容体TLR13を活性化し、臓器マクロファージの蓄積を誘導するメカニズムを、マウスを用いた研究により解明しました。
- TLR13が活性化することにより、哺乳類の体内で脂質の恒常性を調節するLXRが活性化された組織保護型クッパー細胞が肝臓で成熟および増殖することや、脾臓(ひぞう)で抗炎症性IL-10を発現するマクロファージの増殖を促進することを示しました。
- 本研究は、TLRを介した急性肝障害の耐性メカニズムを明らかにしており、新たな肝疾患治療法や組織保護を促進する戦略の開発につながる可能性があります。
リソソームRNAストレスはTLR13を介した組織保護応答を誘導する
概要
東京大学医科学研究所 感染遺伝学分野の三宅健介教授と佐藤亮太助教らによる研究グループは、リソソーム(注1)RNAストレス(注2)がTLR(注3)の活性化を介して肝臓保護作用を誘導することを明らかにしました。
リソソーム内でRNAを分解する酵素RNaseT2の欠損マウスを用いた研究により、腸内細菌由来のRNA(rRNA:リボソームRNA)がTLR13を活性化し、脾臓や肝臓でのマクロファージ(注4)蓄積を促進することが分かりました。
TLR13は、脾臓ではマクロファージの増殖と抗炎症性サイトカインIL-10(注5)の分泌を誘導し、肝臓では単球(注6)を組織保護型クッパー細胞(注7)へと成熟させることが示されました。また、このクッパー細胞は炎症応答を抑えるとともに、組織修復分子(注8)の発現を高め、肝障害に対する耐性を示しました(図1)。
これらの発見は、リソソームRNAストレスによって活性化されたTLR13が、組織保護型クッパー細胞の補充を促進する重要な役割を果たしていることを示唆しています。本研究は、マクロファージのストレス応答と臓器保護の新たなメカニズムを解明し、肝疾患の治療に向けた新たな可能性を提示しています。
本研究成果は1月24日、米国医学雑誌「Journal of Experimental Medicine」オンライン版で公開されました。
図1:リソソームRNAストレスはTLR13を介した組織保護応答を誘導する
アセトアミノフェン(APAP)(注9)は、肝細胞に損傷を与え、それに伴い危険シグナル(注10)が放出されます。このシグナルを受け取ったマクロファージは炎症反応を引き起こし、さらなる肝細胞の損傷を促進します。一方、RNaseT2欠損マウスでは、腸内細菌由来RNAがリソソームに蓄積し、リソソームRNAストレスが発生します。このストレスがTLR13を活性化することで、肝臓内で単球が組織保護型クッパー細胞へと分化・成熟し増殖していました。この分化過程において、核内受容体のLiver X Receptor(LXR)(注11)が活性化されていました。これらのクッパー細胞は、LXR活性化を介して、炎症反応の抑制やMerTKなどの組織修復遺伝子群の発現の増加といった組織保護応答が誘導されていました。これにより、RNaseT2欠損マウスではリソソームRNAストレスを介したTLR13-LXR経路が肝障害を軽減し、APAP誘導性の肝細胞損傷からの回復が促進することが示されました。
発表内容
本研究グループは自然免疫応答を誘導するTLRファミリーの研究を一貫して行ってきました。TLRファミリーは免疫細胞に発現しており、病原体由来の脂質、タンパク質、核酸に応答することで感染防御反応を誘導します。その中でも、核酸を認識するTLRは細胞表面ではなくリソソームに局在しています。本研究グループでは、核酸の代謝によるTLR応答制御に注目して研究を進めてきました。これまでの研究で、核酸トランスポーター(注12)の欠損によるヌクレオシド(注13)蓄積がリソソームストレスを引き起こし、免疫細胞の異常な活性化を誘導することが知られていました。しかし、リソソーム内に蓄積するRNAやDNAがどのような影響を及ぼすかは未解明のままでした。
今回、本研究チームは、リソソーム内でRNAを分解する酵素「RNaseT2」を欠損させたマウスを作製し、その影響を解析しました。その結果、脾臓や肝臓を含む諸臓器でマクロファージが異常に蓄積する現象を発見し、この原因となる新たな免疫応答メカニズムを解明しました(図2)。
RNaseT2欠損マウスでは、脾臓や肝臓の肥大が認められました。これらの表現型はRNAセンサーであるTLR13との二重欠損マウスで消失していました。また、脾臓や肝臓でリソソームRNA量が増加していました。よって、蓄積したリソソーム内のRNA(リソソームRNAストレス)が、腸内細菌由来RNAをリガンド(注14)とする受容体「TLR13」を活性化していることが分かりました(図2)。
図2:RNaseT2欠損マウスの表現型
RNaseT2欠損マウスは、脾腫や肝腫といった特徴的な表現型を示します。また、マクロファージマーカーF4/80による染色を行ったところ、脳、肺、脾臓、腎臓および肝臓において、マクロファージの異常な蓄積が確認されました。さらに、これらの表現型は、TLR13との二重欠損マウスでは消失(赤矢印)していることが明らかになりました。また、脾臓や肝臓のリソソームRNAの量が野生型(WT)に比べてRNaseT2欠損マウスで増加している(青矢印)ことが明らかになりました。
次に本研究チームは、TLR13依存的に脾臓のマクロファージが増加する細胞メカニズムに注目しました。TLR13の活性化によって、RNaseT2欠損マウスの骨髄や脾臓でミエロイド前駆細胞(注15)が増加し、新しいマクロファージが次々と補充されていました。さらに、トランスクリプトーム解析(注16)により、脾臓のマクロファージは増殖しながら、抗炎症性サイトカイン「IL-10」を発現する成熟マクロファージへと分化することが判明しました。同様に、肝臓でもTLR13が単球やマクロファージを活性化し、その増殖が促進されていました。また、これらの単球由来マクロファージは、LXRが活性化された単球由来のクッパー細胞へと分化していることが確認されました。このLXR活性化は組織修復を促進し、慢性炎症を抑制する可能性を示しています。
実際に、RNaseT2欠損マウスは、APAPやLPS(注17)誘発性の急性肝障害モデルにおいて抵抗性を示し、生存率が高くなりました(図3)。通常、APAPはまず肝細胞を傷つけ、放出された危険シグナルがマクロファージを活性化させてさらなる炎症反応を引き起こしますが、RNaseT2欠損マウスではこの炎症反応が抑制されていました。その結果、肝障害マーカーであるASTやALTの持続的な上昇が見られませんでした(図3)。この耐性の背景には、TLR13依存的に蓄積したクッパー細胞のLXR活性化が関与しています。特に、LXR依存的に高発現した組織修復に関与する遺伝子群(MerTK、Axl、AIMなど)が危険シグナルを抑制し、肝臓の炎症を軽減していたと考えられます。
図3:RNaseT2欠損マウスは急性肝障害モデルに抵抗性を示す
一般的に、APAPを腹腔内に大量投与すると、24時間後には急性肝障害が引き起こされ、個体死が誘導されます。組織構造を可視化するH&E染色により、肝細胞死が確認され、肝障害マーカーであるASTやALTは6時間後および24時間後も持続的に上昇します。一方、RNaseT2欠損マウスでは、肝細胞死の誘導が低減し、マウスの生存率が向上しました(右上)。これらの表現系はTLR13との二重欠損マウスでは消失していました。肝障害マーカーは6時間後には上昇が見られるものの、24時間後には持続しないことが明らかになりました(右下)。
本研究の成果は、リソソームRNAストレスがTLR13を介して組織保護的な免疫応答を誘導する新たなメカニズムを示したものであり、慢性炎症や肝障害に対する新しい治療法の開発につながる重要な知見を提供します。特に、RNaseT2やRNA認識TLRをターゲットとした治療法の可能性が期待されます。今後、このメカニズムをさらに詳細に解析することで、免疫疾患や炎症性疾患の治療に向けた新たな道が切り開かれると考えられます。
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 感染遺伝学分野
三宅 健介 教授
佐藤 亮太 助教
論文情報
雑誌名: Journal of Experimental Medicine
題 名: RNaseT2-deficiency promotes TLR13-dependent replenishment of tissue-protective Kupffer cells
著者名: Ryota Sato, Kaiwen Liu, Takuma Shibata, Katsuaki Hoshino, Kiyoshi Yamaguchi, Toru Miyazaki, Ryosuke Hiranuma, Ryutaro Fukui, Yuji Motoi, Yuri Fukuda-Ohta, Yun Zhang, Tatjana Reuter, Yuko Ishida, Toshikazu Kondo, Tomoki Chiba, Hiroshi Asahara, Masato Taoka, Yoshio Yamauchi, Toshiaki Isobe, Tsuneyasu Kaisho, Yoichi Furukawa, Eicke Latz, Kohta Nakatani, Yoshihiro Izumi, Yunzhong Nie, Hideki Taniguchi, Kensuke Miyake* *責任著者
DOI : 10.1084/jem.2023064
URL: https://rupress.org/jem/article/222/3/e20230647/277232/RNase-T2-deficiency-promotes-TLR13-dependent
研究助成
本研究は、科研費(課題番号:JP 21H04800, JP 22H05184, JP 22K19424, JP 22H05182 and 24K22045, JP 19K16685, JP 21K15464 and 24K10255)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR21E4)、「持田記念医学薬学振興財団」、「第一三共生命科学研究振興財団」、「武田科学振興財団」「上原記念生命科学財団」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)リソソーム:細胞内の不要な物質や損傷した構造を分解・再利用する細胞内小器官です。様々な消化酵素が含まれており、その中にはヌクレアーゼも含まれます。
(注2)RNAストレス:ヌクレアーゼや核酸トランスポーターの欠損などにより、細胞内にRNAが蓄積した状態を示します。核酸ストレスが起こることで、免疫応答が活性化され自己免疫疾患などの多様な応答を引き起こします。
(注3)TLR:細菌やウイルスなどの病原体を認識するための受容体群です。細胞膜およびエンドソームに存在し、病原体の構成成分を認識します。炎症性サイトカインやインターフェロン産生を誘導することで、感染防御に重要な働きを果たします。今回着目したTLR13は、細菌由来のリボソームRNAを認識することが知られています。
(注4)マクロファージ:白血球の一種で、細胞や組織の異物や老廃物を貪食して除去する役割を持ちます。病原体の認識や炎症反応の調節、組織修復の促進など、多様な機能を担います。また、抗原提示を通じて獲得免疫の活性化にも関与します。
(注5)IL-10:体内の免疫反応を調整する抗炎症性サイトカインで、過剰な炎症を抑えて組織のダメージを防ぐ役割を持ちます。その働きから、自己免疫疾患や炎症性疾患の治療標的として注目されています。
(注6)単球:骨髄由来の白血球の一種で、血液中を循環し、組織に移行するとマクロファージや樹状細胞に分化します。異物の貪食や免疫応答の調整に重要な役割を担います。
(注7)クッパー細胞:肝臓に特異的に存在するマクロファージで、主に肝洞(血管内皮の一部)に分布しています。血流中の異物や老化した赤血球、病原体を貪食し、肝臓の免疫防御や代謝調節に重要な役割を果たします。また、炎症応答や組織修復にも関与することが知られています。
(注8)組織修復分子:損傷した組織の修復や再生を促進する働きを持つ分子群のことです。本研究では、TAM受容体型チロシンキナーゼファミリーの一部で、マクロファージによる死細胞の貪食(エフェロサイトーシス)を促進するMerTK、Axlや、細胞の生存を促進し、炎症や代謝疾患、免疫応答に関与する多機能分子であるAIMなどを指します。
(注9)アセトアミノフェン(APAP):一般的な鎮痛剤および解熱剤で、痛みの軽減や発熱の抑制に使用されます。肝臓で代謝され、通常は安全に使用できますが、高用量摂取や長期使用は肝臓に負担をかけ、肝不全などの重篤な副作用を引き起こすことがあります。
(注10)危険シグナル:細胞損傷やストレスによって放出される内因性分子です。これにはATP、HMGB1、DNA断片などが含まれ、免疫細胞を活性化して炎症反応を引き起こします。これらは自然免疫のセンサー(例:TLRs、NLRs)によって認識されます。
(注11)Liver X Receptor(LXR):脂質代謝や炎症応答を調節する核内受容体ファミリーに属する転写因子です。LXRにはLXRαとLXRβの2種類があり、コレステロールや脂肪酸などの代謝産物と結合して、遺伝子の発現を調節します。主に肝臓や脂肪組織で作用し、脂質のバランスを保つために重要な役割を果たします。
(注12)核酸トランスポーター:細胞膜や細胞内膜を介してDNAやRNAなどの核酸を輸送する分子群を指します。代表例として、核酸の取り込みや排出を担うSLC(Solute Carrier)ファミリーの一部が含まれます。
(注13)ヌクレオシド:塩基が糖に結合した分子であり、RNAやDNAの構成因子です。RNAの場合、糖はリボースで構成され、塩基の違いによりアデノシン、グアノシン、シチジン、ウリジンに分類されます。DNAの場合、糖はデオキシリボースで構成され、塩基の違いによりデオキシアデノシン、デオキシグアノシン、デオキシシチジン、チミジンの4つに分類されます。
(注14)リガンド:特定の受容体に結合して、その働きを引き起こしたり抑えたりする分子のことです。TLRの場合、タンパク質、核酸、脂質などが挙げられます。
(注15)ミエロイド前駆細胞:骨髄で産生される免疫細胞の前駆細胞で、主にマクロファージ、好中球、赤血球、血小板などに分化する細胞。免疫応答や血液の恒常性維持に重要な役割を果たします。
(注16)トランスクリプトーム解析:細胞や組織におけるRNAを網羅的に解析する技術です。これにより、遺伝子発現パターンや転写後の修飾などが明らかになり、疾患のメカニズムや細胞の機能的状態の理解が進みます。RNAシークエンスが代表的な解析方法です。
(注17)LPS:グラム陰性細菌の細胞壁成分で、TLR4が認識することで強力な免疫応答を引き起こします。LPSは肝臓で炎症反応を引き起こし、急性肝炎や肝細胞の損傷を誘導します。このモデルは、肝障害のメカニズムを研究するために広く使用されています。
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国立大学法人東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 感染遺伝学分野
教授 三宅 健介(みやけ けんすけ)
助教 佐藤 亮太(さとう りょうた)
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