透明化組織標本の3次元観察を手のひらサイズの装置で実現~いつでも、どこでも、誰でもが使える光シート顕微鏡の実現~

ad

2025-01-30 東京大学

発表のポイント

  • バイオサイエンスや病理等で使用される透明化された組織標本の3次元イメージングを、非常に簡単な装置でありながら、従来の3次元イメージング装置と全く遜色のない解像度を実現し、さらに、導入コストも従来の数10分の1にすることに成功しました。
  • HandySPIMでは、LED光を厚さ10~20μm、幅20㎜、長さ10㎜の超薄板ガラスに入射することで、厚さ20μm程度の光シートを出射することに成功しました。この光を励起光として光シート顕微鏡(SPIM)を実現します。レーザーや、レンズ、ミラー等の光学系を使用していないため、小型で、高い安定性、使い勝手の良さ、さらに低導入コストが実現されました。
  • HandySPIMの実現により、より多くのバイオ、医療関係研究者が3次元イメージングを利用可能となり、この分野の研究が大きく加速することが期待されます。

透明化組織標本の3次元観察を手のひらサイズの装置で実現~いつでも、どこでも、誰でもが使える光シート顕微鏡の実現~
一般の2次元顕微鏡のステージにHandySPIMを設置することで3次元イメージングが可能

発表概要

東京大学大学院理学系研究科附属フォトンサイエンス研究機構の小野寺宏特任研究員、湯本潤司特命教授、同大学大学院工学系研究科附属光量子科学研究センターの田中麻美派遣職員、株式会社ミユキ技研の上原健司取締役、日本電気硝子株式会社の村上巧研究員、フォトンテックイノベーションズ株式会社の森下裕介代表取締役らによる研究グループは、バイオサイエンスや病理等での研究対象である透明化された組織標本の3次元イメージングを、非常に簡単で小型でありながら、解像度は従来の3次元イメージング装置と全く遜色なく、さらに、導入コストも従来の数10分の1にすることに成功しました。 この装置はHandySPIM(注1)と名付けられ、光シート(注2)発生部と上下移動するサンプルホルダーで構成されています。HandySPIMを従来の2次元顕微鏡のステージに置くことで、光シートを励起光とした蛍光発光の2次元画像を顕微鏡で撮影し、さらに、サンプルを上下に移動させることで3次元イメージングが可能になります。HandySPIMでの光シートの厚さは約20μmで、LED光を厚さ10~20μm、幅20mm、長さ10mmの超薄板ガラスに結合するだけで、その対向端面からシート状の光が出射します。

また、高品位の3次元画像を取得するには、標本の透明化も重要で、小野寺が開発したLUCID(注3)を用いることで高い透明化が達成されることが確認されています。さらに、LUCIDで透明化した標本は、10年以上保存可能で、この特徴は他の透明化試薬では実現されていません。今後、LUCIDとHandySPIMを用いることで、遠隔3次元病理診断への発展も期待できます。(図1)


図1:(左)HandySPIM。光シート発生モジュールと高さ方向に移動可能なサンプルホルダーとで構成されている。電源はUSB-Cを使用。(右)HandySPIMを一般の顕微鏡のステージにセットした写真。

発表内容

生体の3次元イメージングは、透明化、さらに免疫染色、核染色をした組織標本を光励起し、その蛍光発光をイメージングする方法です。イメージング方法の一つである光シート顕微鏡は、これまで、厚さ5~10μm、幅数ミリメートルの光シートを励起光として用い、光シートが照射された2次元領域からの蛍光発光を画像として取得していました。さらに、透明化された組織標本を上下に移動することで、3次元イメージングが可能となります。これまでの光シート顕微鏡では、レーザー光をレンズやミラーを用いて光シートとしているために、大掛かりな光学系が必要で、さらに光学系の調整等に専門知識が必要です。それに加え、導入維持コストが高額だという点も大きな課題でした。それに対して、本研究で開発されたHandySPIMは、励起光として安価なLED光を用い、光シートの生成では、レンズやミラーなどの光学系を一切用いず、超薄板ガラスだけで実現しているため、小型軽量で、安価で、さらに可搬性も実現され、さらに、専門的な光学知識や経験も必要ありません。

3次元イメージングは、図1のようにHandySPIMを一般的な顕微鏡のステージに置くことで可能となり、画像の解像度は、使用する顕微鏡で決まります。

図2は、LUCIDで透明化された組織標本をHandySPIMと一般の顕微鏡で撮影された画像です。左はマウスの肺の3次元画像、右は、腎臓の画像です。これらの画像は、高価な3次元イメージング装置で取得された画像と比べても全く遜色がありません。

このように、生体の3次元イメージングが、レーザー光を用いず、LEDで実現でき、さらに、複雑な光学系も使用していないため、一般的な顕微鏡の知識を持ってさえいれば初心者でも使用可能です。また、場所を取らず、一人1台の3次元イメージング装置としても利用可能です。さらに、運搬が容易で、電源はUSB-Cなので、フィールドワークでも使用可能です。

また、LUCIDで透明化した標本は、10年以上の保存が可能であることが確認されており、LUCIDとHandySPIMの組み合わせにより、遠隔病理診断への発展も期待されます。一方、小型で、メンテナンスの必要なく、さらに安価であることは、高等学校での授業や部活動など、これまで想定されていなかった場面でも3次元イメージングの利用を可能とするため、今後3次元イメージングが飛躍的に普及することが期待されます。


図2:LUCIDで透明化し、HandySPIMを用いて撮影したマウスの肺の3次元画像と腎臓の画像。拡大図は、腎臓の糸球体。

関連情報:
併設展示会「SPIE BiOS Expo」(2025/1/25-26)ブース8210において、フォトンテックイノベーションズ株式会社がHandySPIMを展示。
https://spie.org/conferences-and-exhibitions/photonics-west/exhibitions/bios-expo

関連リンク:株式会社ミユキ技研日本電気硝子株式会社フォトンテックイノベーションズ株式会社

学会情報
学会名 SPIE Photonics West 2025
Conference13323 Imaging, Manipulation, and Analysis of Biomolecules, Cells, and Tissues XXIII題名 Development of lensless light-sheet sources and their application for compact selective plane illumination microscopy (SPIM) (Invited Paper)

発表者 Hiroshi Onodera, Kenji Uehara, Takumi Murakami, Asami Tanaka, Yusuke Morishita, and Junji Yumoto*(*責任著者)

URL https://spie.org/photonics-west/presentation/Development-of-lensless-light-sheet-sources-and-their-application-for/13323-36

研究助成

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)・研究成果最適支援プログラム(A-STEP)「3次元顕微鏡用光源システムの開発(課題番号:JPMJTR224C)」の支援により実施されました。また、JST・革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)「コヒーレントフォトン技術によるイノベーション拠点(課題番号:JPMJCE1313)」の支援による研究成果を基盤として実施されました。

用語解説

注1  HandySPIM
超小型光シート顕微鏡光源ユニット。光シート顕微鏡技術(Selective Plane Illumination Microscopy, SPIM)は、一般的にはレーザー光をシート状に集光する照明光学系と、照明され組織標本からの蛍光発光像を顕微観察する観察光学系と、試料を走査するステージが一体となった装置として実現されるが、HandySPIMは、既存の顕微鏡のステージに本ユニットを装着することで組織標本へのシート照明を実現する。レーザーではなくLEDを使用することで、SPIMの小型化、可搬性の向上、低コスト化を実現している。

注2  光シート
光を通常のレンズで集光すると、光の進行方向について軸対称な、断面の丸いビーム形状が得られるが、円筒形をしたシリンドリカルレンズなどを用いて集光方法を工夫すると、焦点の近傍で厚さ方向と幅方向の比が大きい、シート状のビーム形状を得ることが出来る。このように集光された光は光シートと呼ばれている。HandySPIMでは、レンズで集光するのではなく、光を超薄板ガラスに結合させ、この超薄板ガラスの対面端面から光を直接出射させることで、光シートを実現している。

注3  LUCID
生体透明化試薬。IlLUmination of Cleared Organs to IDentify Target Moleculesより命名。細胞は、細胞小器官と内在水で構成され、それぞれの屈折率が異なるために光が散乱され、不透明となる。LUCIDで内在液を置換し、組織小器官の屈折率と整合させ、細胞内の屈折率を一様にすることで光の散乱が抑制され、臓器、植物等の生体が透明になる。LUCIDの透明化プロセスは簡便で、さらに蛍光指示薬の併用が可能、透明化した標本の10年以上の長期保存可能といった特徴を有する。長期保存可能な特徴は、病理検体標本の推奨保存期間(5~10年)を満たしており、今後、病理診断への応用も期待される。

生物工学一般
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました