2025-02-13 国立長寿医療研究センター
多くの高齢者は様々な疾患を持っている多疾患併存の状態にありますが、疾患どうしがどのように関係、影響しているか十分に理解されていません。例えば、認知症の代表的な原因である脳卒中とアルツハイマー病が合併するとどうなるのでしょうか?今回、国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典)の認知症先進医療開発センター、分子基盤研究部の武倉アグドグプル研究員、篠原充副部長、里直行部長のグループは三重大学、東京都医学総合研究所、米国メイヨークリニック、香港科学技術大学との共同研究にて、「脳卒中(注1)の既往があるとタウ病理(注2)が少ないこと」を大規模なヒト臨床病理データから確認するとともに、その因果関係について、実験マウスを用いて「脳血流が低下するとタウの蓄積を減らすこと」を明らかにしました。
まず米国 National Alzheimer’s Coordinating Center (NACC)のデータベースを用いて健常人や認知症者を含む4500名以上の剖検脳のデータを解析することで、脳卒中の既往があるとタウ病理が少ないことが分かりました(図1左グラフ)。また脳卒中の原因となるラクナ(注3)などの梗塞について、梗塞のあるアルツハイマー病患者と梗塞のないアルツハイマー病患者を比べると、梗塞がある方がタウ病理が少ないことも分かりました(図1右グラフ)。
図1. 脳卒中の既往があるとタウ病理が少ない
次に、「脳卒中の既往があるとタウ病理が少ない」という関係から、因果関係はどうなのかを動物モデルを用いて検討しました。共同研究者の鈴掛雅美博士および長谷川成人博士が開発した凝集したタウを脳に注入すると、タウ病変が神経回路を伝って伝播するモデルを用いました。このモデルにおいて脳血流低下を来す手術を施すとタウの蓄積が減少することを見出しました(図2)。
図2. 凝集したタウを脳に注入するモデルにおいて脳低還流はタウの蓄積を減少させる
では「脳血流低下がタウの蓄積を減少させる」メカニズムは何なのでしょうか?まず我々は脳内においてタウを分解する可能性のあるミクログリア細胞(注4)に着目しました。すると、脳血流低下を施したマウスではミクログリア細胞の活性化が起こっていました。また実際にミクログリア細胞に取り込まれたタウが観察されました(図3)。
図3. 脳血流低下を施したマウスではミクログリア細胞の活性化が起こっている。また、ミクログリア細胞に取り込まれたタウが観察される
ではミクログリア細胞に取り込まれたタウはなぜ分解、減少するのでしょうか?そこで我々は、蛋白質を分解する酵素であるカテプシンに着目しました。するとカテプシンD(注5)という酵素が脳血流低下によって活性化されることを見出しました。実際、活性化されたミクログリア細胞内においてカテプシンDはタウと同じ場所に存在することが判明し、タウを分解している可能性が示唆されました(図4)。
図4. 脳血流低下は蛋白質分解酵素であるカテプシンDを活性化する。ミクログリア細胞内においてタウはカテプシンDと共局在する
以上のことから、マウスにおいて「脳血流の低下はタウ蓄積を減少させる」という証拠が示され、ヒトにおける「脳卒中の既往があるとタウ病理が少ない」という関係に因果関係が存在することが示されました。そして、ミクログリア細胞において活性化されたカテプシンDがタウを分解することがそのメカニズムかもしれないと考えられました(図5)。今後、さらに研究を続けて参ります。
図5. 脳血流低下がタウの蓄積を低下させることについての想定されるメカニズム
加齢とともに、動脈硬化などの血管病変や、アミロイドβやタウというアルツハイマー病理が増加することが知られていますが、今回の結果からは少なくとも一部の血管病変とアルツハイマー病理は相反する関係にあると想定されます。ただいずれにしても、血管病変とアルツハイマー病理いずれもが認知機能低下や認知症の原因になることから、両者を満遍なく抑えることが認知症の予防には重要であるとは思われます。また脳内でのタウの蓄積を可視化する技術が開発され、臨床の現場で近年取り入れられるようになりましたが、我々の結果は「脳血管病変を考慮したうえでタウの蓄積は評価しなければならない」ことを示唆するものです。
用語(注)
(注1)脳卒中: 脳梗塞および脳出血、くも膜下出血を含む。
(注2)タウ:微小管結合タンパク。生理的にはこの微小管の安定化に役立つと考えられている。しかし、このタウが病的に凝集すると 線維構造をとり、神経原線維変化として神経に蓄積するが、アストロサイトやオリゴデンドロサイトにも蓄積する。アルツハイマー病ではアミロイドβ(老人斑に蓄積する)とこのタウが蓄積するのが特徴である。
(注3)ラクナ:脳の奥にある細い血管が詰まる脳梗塞のこと
(注4)ミクログリア:脳における免疫細胞のひとつ。末梢組織でのマクロファージに相当する。
(注5)カテプシンD:蛋白質を分解する酵素の一つ。
論文情報
本研究成果は、専門学術誌「Annals of Clinical and Translational Neurology」に掲載されました。
Ghupurjan Gheni†, Mitsuru Shinohara†, Masami Masuda-Suzukake, Akihiko Shindo, Atsushi Watanabe, Kaori Kawai, Guojun Bu, Hidekazu Tomimoto, Masato Hasegawa and Naoyuki Sato*. (†Co-first author, *Corresponding author)
Cerebral hypoperfusion reduces tau accumulation.
Annals of Clinical and Translational Neurology, 2025; 12(1): 69–85, doi: 10.1002/acn3.52247
†These authors contributed equally to this work. First published: 02 December 2024
リリースの内容に関するお問い合わせ
<この研究に関すること>
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
認知症先進医療開発センター 分子基盤研究部 部長 里直行
<報道に関すること>
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
情報発信室長 川嵜隆治