2018-12-05 中央大学,東京理科大学,愛媛県立医療技術大学,東京大学,日本女子大学,生理学研究所
概要
中央大学 山口真美教授と東京理科大学・愛媛県立医療技術大学・東京大学・日本女子大学・生理学研究所の共同研究チームは、赤ちゃんが横顔を顔として見る力は、正面向きの顔を見る力よりも遅く、しかし、より急峻に発達することを報告しました。これまでにも、赤ちゃんが横顔を見る力が生後8か月ごろ獲得されることは中央大学と生理学研究所のチームから報告してきましたが、新たに本研究では、14人の赤ちゃんを生後3か月から8か月まで毎月1回ずつ計測するという縦断的研究を行うことで、正面顔と横顔とでは顔を見る力の発達の仕方が違うことを明らかにしました。さらに、赤ちゃんの顔を見る力には個人差があること、その一方で、生後8か月に向けて個人差が小さくなってくることも示されました。
顔を見る力は、ヒトの社会性を支える重要な能力の一つです。赤ちゃんの顔を見る力を理解することは、ヒトの社会性がどのように育まれていくかを理解するうえで役に立つと考えられます。
研究者
山口 真美 中央大学文学部 教授(心理学専攻)
市川 寛子* 東京理科大学理工学部 講師(研究開始時:中央大学研究開発機構 機構助教)
仲渡 江美* 愛媛県立医療技術大学保健科学部・准教授(研究開始時:自然科学研究機構生理学研究所 特任助教、中央大学研究開発機構 客員研究員)
五十嵐康彦 科学技術振興機構・さきがけ専任研究員(研究開始時:東京大学大学院新領域創成科学研究科 特任研究員)
岡田 真人 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授
金沢 創 日本女子大学人間社会学部 教授
柿木 隆介 自然科学研究機構生理学研究所システム脳科学研究領域統合生理研究部門
*市川・仲渡が共同第一著者
発表雑誌
NeuroImage
(論文著者)Hiroko Ichikawa*; Emi Nakato*; Yasuhiko Igarashi, Masato Okada, So Kanazawa, Masami K. Yamaguchi, Ryusuke Kakigi (*市川・仲渡が共同第一著者)
(論文題名)A longitudinal study of infant view-invariant face processing during the first 3 to 8 months of life.(乳児の顔向きに依存しない顔処理能力の生後3~8か月間の縦断的研究)
●本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP24・7809 to H.I., JP24500334 to E.N., JP17K12735 to Y.I.)、及び科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築」(JP17H06343 to M. K. Y,)、「スパースモデリングの深化と高次元データ駆動科学の創成」(JP25120009 to M. O., JP26120529 to H. I.)、「学際的研究による顔認知メカニズムの解明」(JP20119002 to M. K. Y, JP23119708 to M. O.)の助成を受けて行われました。
研究内容
1.背景
よく知っている人でも、横から見たら誰だかわからなかった、という経験は誰にも思い当たることでしょう。これは、正面から見た顔(正面顔)には顔の目や口などの内部特徴がすべて含まれているのに対し、横から見た顔(横顔)は目が一つで口も半分しか見えないなど、顔として見るための情報が少なくなっているためと考えられます。
赤ちゃんでは、正面顔は遅くとも生後5か月以降に顔として見ることができる一方、横顔は生後8か月にならないと顔として見ることができないことが知られています。これは、2009年に中央大学と生理学研究所のグループによって報告されました。2009年の研究では、生後5か月児と生後8か月児、それぞれ10名を対象に、横顔を見ている時と正面顔を見ている時とで後側頭領域*1の脳血流反応に違いがみられるかを、近赤外分光法(Near-Infrared Spectroscopy;NIRS)*2によって計測することで明らかにしました。しかし、5か月から8か月までの間に、横顔を見る力がどのようなプロセスで発達しているかはまだ検討できていませんでした。
図1 近赤外分光法(NIRS)による脳血流計測の様子。乳児の右後側頭部に近赤外光を照射するためのパッドがついている。
2.研究内容と成果
そこで本研究では、生後3か月児14名を対象に、生後3か月から8か月まで毎月一回ずつ(泣いてしまって計測できない月は2回、3回と…)計測に参加してもらい、正面顔と横顔、それぞれを見る力がどのように変わるかを追跡する縦断的研究*3によって検討しました。計測した結果は14人の赤ちゃんそれぞれについて回帰分析*4によって解析しました。
その結果、赤ちゃんが横顔を顔として見る力は、生後3か月時点ではまだないのですが、生後5か月半ごろを境に獲得され、8か月に向けて発達していくことが分かりました。14人中11人の赤ちゃんでは、正面顔を見る力と比べ、横顔を見る力が生後のより遅い時期に、しかしより速く発達しました。また、正面顔と横顔に共通して、赤ちゃんの顔を見る力の発達には個人差があることもわかりました。さらに、生後3か月時点での顔を見る力が小さい赤ちゃんほど、顔を見る力の発達の速さが大きく、生後8か月に向けて個人差が小さくなってくることも示されました。
図2 横顔観察時の側頭領域での血流反応(左)と、正面顔観察時の側頭領域での血流反応(右)。グラフ中の各点は、各乳児のそれぞれの月齢での血流反応を表している。赤い線は回帰直線。横顔観察時のほうが、回帰直線の傾きが大きく、月齢に伴う血流反応の増加が急であることがわかる。
3.今後の展開
顔を見る力は、ヒトの社会性を支える重要な能力の一つです。社会性に関わる能力には、正面顔を見る力のような、もって生まれた能力だけでなく、横顔を見る力のような、生後の経験によって熟達する能力の両方があります。赤ちゃんの顔を見る力を理解することは、ヒトの社会性がどのように育まれていくかを理解するうえで役に立つと考えられます。
お問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>
山口 真美 (ヤマグチ マサミ)
中央大学文学部(心理学専攻),中央大学研究開発機構 教授
柿木 隆介 (カキギ リュウスケ)
自然科学研究機構 生理学研究所 教授
市川 寛子 (イチカワ ヒロコ)
東京理科大学 理工学部教養 講師
仲渡 江美 (ナカト エミ)
愛媛県立医療技術大学 准教授
<広報に関するお問い合わせ>
学校法人中央大学 広報室
東京理科大学研究戦略・産学連携センター(URAセンター)
学校法人日本女子大学 入学・広報部 広報課
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 研究力強化戦略室
用語解説
*1:後側頭領域
脳の側面にある領域。赤ちゃんが、正面顔あるいは横顔を顔として見るとき、後側頭領域で血流の増加がみられることがわかっています。
*2:近赤外分光法(Near-Infrared Spectroscopy;NIRS)
近赤外光が生体を透過しやすい性質を利用し、脳表面の血流に含まれるヘモグロビン量の変化を計測する非侵襲の計測手法です。2000年頃から国内外で、赤ちゃんの脳反応計測に広く用いられています。
*3:縦断的研究
同一の研究対象者に対し、時間間隔をおきながら、同じ手法を用いて繰り返し計測する研究手法です。本研究では同じ赤ちゃんを一か月ごとに半年間繰り返し計測し続けることで、月齢による違いと、赤ちゃんの発達の個人差とを分けて知ることができるというメリットがあります。
*4:回帰分析
ある変量(例. 顔を見る力)が他の変量(例. 月齢)に依存して変化する様子をモデルで表すための統計手法です。本研究では、顔を見ている間の血流反応yが月齢xの増加に伴って直線的に変化すると仮定し、y = ax +bに当てはめる線形回帰分析を行いました。傾きaは顔を見る力の発達の速さに相当し、aが大きいほど顔を見る力の発達が速いと考えられます。また、切片bは生後3か月時点での顔を見る力に相当し、bが小さいほど生後3か月時点での血流反応が小さい、つまり、顔を見る力が弱いと考えられます。