2019/01/09 筑波大学,科学技術振興機構(JST),内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)
ポイント
- 実験データが取得できる元素の同位体は限られているため、データの存在しない同位体の原子核の情報を、対称性の制限を課さない理論計算によって取得し、核データとして整備しました。
- 一般向けのウェブサイト「InPACS」を構築し、これらの最新の計算核データを公開するとともに、原子核・核変換などの基礎的な解説を提供しました。
- InPACSはインタラクティブに原子核を学ぶことができ、教育用資料としても利用することができます。
筑波大学 計算科学研究センター 中務 孝 教授らの研究グループは、数千種に及ぶ原子核に対して大型数値シミュレーションを実行し、核変換における新しい核変換経路を見いだす基礎となる計算核データを整備しました。原子核の構造・反応を汎用的かつ普遍的に記述することができる密度汎関数理論注1)を用いた数値シミュレーションにより、数千核種における基底状態の構造データ、数百核種における励起状態・光反応断面積の情報を取得し、理論計算核データとして整理したものです。
これまでは、必要な計算量があまりに膨大になってしまうため、いくつかの対称性を仮定する制限を設けて計算を行っていました。今回、計算量を大幅に削減できる計算手法に基づく密度汎関数計算プログラムを開発した結果、対称性を一切仮定しない計算が可能となり、軸対称性や鏡映対称性を持たない未知の原子核の存在やその性質を予言することに成功しました。この成果により、さまざまな核反応断面積を計算する上で必要となる核構造データを提供することが可能になりました。
核図表上のほぼ全域にわたる核種についてこれらのデータをまとめ、ウェブサイト「InPACS」(Interactive Plot of Atomic nuclei & Computed Shapes)を立ち上げ、データのダウンロードなど専門家のニーズに応えるだけでなく、一般向けに作成した「さわれる核図表」から、個々の原子核の形状や密度分布などを分かりやすく提示しました。
原子核の構造・反応に関するさまざまな情報は、基礎物理学を超えて、原子力工学、物質工学、放射線医療などさまざまな分野で有用な基礎データとなります。世界各国に設立されている核データセンターでは、加速器などを用いて得られた貴重な実験データが、国際ジャーナルなどでの成果発表が終了した後に評価・公開され、人類共通の資源として活用されています。一方、実験データが取得できる核種は限られているため、理論モデルの助けがさまざまな応用の場面で必要となります。
今回、理論計算によって構築された核データをInPACS上で公開したことで、実験データのない核種におけるさまざまな計算核データにアクセスできるようになりました。また、原子核に関する専門的知識を持たない一般の方向けに、InPACSでは画面上でインタラクティブに個々の原子核の性質を知ることができるようになっています。
特に、一般にはよく知られていない原子核の形を図示し、拡大・回転などの機能を付けることで、ミクロな原子核の世界に具体的なイメージを持ってもらえるような工夫がされています。また、より一般の方に馴染みの深い周期表上で原子核を選ぶことで、核図表上の対応する位置を知ることも可能です。
ウェブサイトInPACSの構築・公開は、科学技術に携わる研究者や企業の技術者のみならず、高校レベルの理科の知識で理解できるような視覚的解説を提供し、原子核と放射線に関する基礎を学ぶことができるサイトとして、高校・大学レベルでの教育にも有益な資料を提供できると期待しています。
この度、2019年1月9日に本研究の成果をウェブサイトで公開しました。
本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。
内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
プログラム・マネージャー | 藤田 玲子 |
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研究開発プログラム | 核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化 |
研究開発課題 | 核構造計算による核反応モデルの高精度化 |
研究開発責任者 | 中務 孝 |
研究期間 | 平成26年度~平成30年度 |
本研究開発課題では、原子核密度汎関数理論を用いた核構造研究をさらに発展させ、未知の原子核に対して高い予言能力を持った理論模型の構築と、それを用いた大規模数値計算を実行、さらに核反応モデルとの融合に取り組んでいます。
ImPACT「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」プログラムでは、高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核分裂生成物(LLFP)を分離回収し、核変換を行うことにより、廃棄物をリサイクルして資源化する日本独自の技術を提案することを目指しています。
本プログラムでは、LLFPの核変換に関して、原子力研究開発機構のJ-PARCの核破砕中性子源による中性子核反応実験や理化学研究所のRIビームファクトリー(RIBF)を用いた重陽子による核反応データ取得試験を行っています。実験と理論、あるいは異なる理論グループが協力して核変換の基礎データを理解することは重要です。理論からの示唆は、得られたデータの解釈と物理的内容の理解などに貢献し、新しい核反応の経路を実現するために欠かせないものです。具体的には、核構造情報の高精度化に向けて、時間依存密度汎関数理論に基づく核励起の性質の精査、核分裂機構の微視的解明に向けた開発、およびエネルギー密度汎関数の精度の向上とそれに必要な数値計算法の開発を北海道大学、大阪大学と協力して行いました。これらの開発を基礎にして、一般向け「さわれる核図表」を公開しました。
本成果は高レベル放射性廃棄物の低減・資源化へ向け、今後の理学(核物理)と工学(核データ評価)の連携の橋渡しとなる成果です。
原子核の構造・反応に関するさまざまな情報は、原子力工学、物質工学、放射線医療などさまざまな分野で有用な基礎データとなります。しかし、これらの情報を実験的に取得するためには、加速器を用いるため大規模な実験施設が必要であり、また、実験を行うために高額な予算を必要とします。このため、国際ジャーナルなどでの成果発表が終了した後に、得られた実験データを公開し、人類共通の資源として活用することが求められています。こうしたデータ公開を目的として、世界各国で「核データセンター」が設立され、データの評価・公開を進めています。国内では、日本原子力研究開発機構(JAEA) 核データ研究グループや北海道大学 原子核反応データベース研究開発センターなどにおいて、このような活動を行っています。また、国際原子力機関(IAEA)のもと、得られたデータを共有するなど、各国の核データセンター間で国際的な協力を取り合っています。
原子力発電所などで生じる放射性廃棄物の処理・処分問題は世界的な問題です。内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性破棄物の大幅な低減・資源化」において、藤田 玲子 プログラム・マネージャーは、この問題を解決するために、廃棄物から有用元素を回収し資源として利用する方法や、長寿命核分裂生成物(LLFP)を取り出して、短寿命核種もしくは安定核種に核変換して放射能を低減する方法を開発しています。目的達成に向け、LLFPに関する基礎的な核反応データの取得・評価・利用も重要課題の1つとなっています。また、研究成果のアウトリーチ活動、一般向け解説なども推進しています。このプログラムの中で、筑波大学 計算科学研究センター 原子核物理研究部門を中心とするグループは、核反応モデルの改良を目指して、高精度理論計算による原子核構造の解明を担当して推進しています。
近年、計算機の性能や計算手法が大きく進展したことにより、大規模並列計算を用いて多数の原子核についてシミュレーションを行い、さまざまな理論計算データを取得することが可能になってきています。特に、原子核密度汎関数理論を用いた計算では、エネルギー密度汎関数注2)を1つ決めると、質量数の小さな軽い原子核から超重元素の原子核、さらには中性子星にあると考えられるマクロな核物質まで、汎用的かつ高精度な計算が可能です。理論計算核データを整備することで、現状の技術・施設において実験データが取れないような原子核の情報を手軽に手にすることができます。
原子核の構造・反応の量子ダイナミクスを記述する時間依存密度汎関数理論注3)を用いた数値シミュレーションにより、数千核種における基底状態の構造データ、数百核種における励起状態・光反応断面積の情報を取得し、理論計算核データを整備しました。本研究は筑波大学 計算科学研究センターの中務 孝 教授、鷲山 広平 研究員(現 九州大学)、北海道大学の江幡 修一郎 特任助教(現 東京工業大学)の共同研究として実施されたものです。この成果を公開するとともに、原子核の性質や核変換に関する一般向け解説を整備し、核図表上でインタラクティブに情報を見ることができるウェブサイトを公開しました。また、ImPACT藤田プログラムの中では、これらのデータを核反応模型へのインプットとして利用し、LLFPの核変換に関わる核反応断面積の計算を実行しました。さらに、この結果改良された重陽子入射反応断面積※1)を粒子・重イオン輸送コード(PHITS)に取り入れ、マクロな体系での核変換シミュレーションに利用することにより、新しい核変換の経路を実現する重要なツールとすることができました。
実験で得られた貴重なデータを公開・共有するための核データセンターは、世界各国に設置されており、人類共有の財産として広く認識されています。しかしながら、技術的・資源的制約から、実験ができる核種は限られており、さまざまな分野で必要とされている核データの一部しか提供できません。今回の研究では、安定核とその周辺にとどまらず、LLFP核種を含む核図表上のほぼ全域をカバーする幅広い領域において、理論計算核データを提供しました。この計算は密度汎関数理論に基づいています。密度汎関数理論では、1つのエネルギー密度汎関数を出発点として、全ての原子核の基底状態および励起状態に関する情報を決定することができます。この高い汎用性が理論の大きな特徴・利点です。しかしながら、3次元空間を全て取り入れ、あらゆる形に対応できる計算は困難であったため、これまでは、原子核の基底状態に対して、形に関する制限(特定の対称性を仮定)を課した数値計算が行われてきました。これに対して今回の計算は、この原子核形状に対する制限を完全に排除して実施しました。この計算を可能にしたのが、2010年に中務・江幡を中心に開発し提唱した理論・計算手法※2)を用いた密度汎関数計算プログラムの開発と、筑波大学 計算科学研究センター 学際共同利用プログラムによるスパコン計算資源の提供です。まず、この理論・計算手法を採用することで、計算量を大幅に削減することに成功しました。例えば、中重核領域の原子核の線形応答計算では、従来の計算時間を、1/100から1/10,000程度にすることができました。さらに、大規模並列計算を可能にするプログラムを開発し、原子核基底状態に現れるさまざまな形を明らかにしました。軸対称性を持つプロレート型(レモン型)、オブレート型(パンケーキ型)の変形状態に加えて、軸対称性を持たない変形(三軸非対称型、キウイ型)や鏡映対称性を持たない八重極型変形(洋梨型)の原子核などが予言されています。今回、これらのデータをウェブサイトInPACSに公開しました。図1は核図表上で、原子核の形が球形からどれだけずれて変形しているのかを色で表したものです。さらに、計算で得られた個々の原子核に関する詳細な情報を閲覧でき、データや図をダウンロードできるようにしました。対称性の制限を一切課さないフル計算の結果をこれだけ大規模に公開するのは初めてのことです。
原子核の形はさまざまな観測量や核反応断面積に大きな影響を与えることが知られています。一例として、図2には、光吸収断面積が受ける影響をジルコニウムのアイソトープを例に示しています。LLFPの1つである93Zrの中性子吸収断面積には、94Zrのガンマ線強度関数が大きく関わります。今回の計算では、このガンマ線強度関数の実験データを精度良く再現していることが分かりました。さらに中性子を増やすと、中性子数が60で突如大きな変形が出現します。これに伴って、10-13MeVの光の断面積が著しく増大することが予言されます。
InPACSは、Interactive Plot of Atomic nuclei and Computed Shapes(原子核とその形の計算を対話的に見る)の略で、周期表および核図表を通して、原子核の世界を覗けるようになっています。特に、一般向けを意識して、マウス・カーソルで指定された核種の原子核形状が図示され、インタラクティブに拡大・回転などができる機能を備えた「さわれる核図表」として公開しました(図1)。これにより、利用者は平面での理解が難しいキウイ型などの原子核の形を、実際にPC上で回して理解することができます。さらに詳しい情報が欲しい場合には、それぞれの原子核の基底状態の大きさ(半径)や分離エネルギー、原子核を構成する陽子と中性子の核内での密度分布の様子などを知ることができます(図3)。
InPACSにおいて今回公開したデータをさらに拡充して行く予定です。今回の核構造に関するデータは、核反応断面積を計算する上で重要なデータであり、さまざまな反応断面積を通して、LLFPを含んだマクロな物質の核変換シミュレーションに影響します。また、これらは、さまざまな用途(未知の崩壊プロセス、新しい原子炉のデザイン、宇宙元素合成の解明など)に応用できる基礎データとして有益であると同時に、今後のさらなる発展に向けた一里塚としての意味もあります。対称性の制限を一切課さないフル計算の結果をこれだけ大規模に公開するのは初めてのことであり、今後、より進化した理論に基づく計算を行う場合においても、これらのデータは重要な指針となります。
また、InPACSは専門家だけでなく、一般の方向けの原子核に関する解説と、「さわれる核図表」を通した視覚的な情報から、原子核、原子核物理学、天体核物理学、原子力工学などの基礎的な内容、および最新の計算結果を知ることができるウェブサイトとなっています。エネルギー需要の変化に応じて今後の国の方針を決定する重要な時期が来た際に、専門家でない一般国民が、原子核および放射線に関する基礎知識を持っておくことは非常に重要です。InPACSはこういった一般向けのアウトリーチにも一助となると期待されます。
本研究は、筑波大学 計算科学研究センターの学際共同利用プログラムによって提供されたスパコンの計算資源を用いて実施されました。
図1 ウェブサイトInPACSに公開したデータの1つ、カタチの核図表
図中の色は形の違いを表している。核図表の特定の原子核をクリックすると、その原子核の形が右下に表示され、陽子数、中性子数などが左上に表示される。原子核の形はマウスで自由に回して見ることができる。
図2 ジルコニウムのアイソトープ(同位体)における光吸収断面積および中性子反応断面積を決めるE1強度関数の計算核データ
横軸は光(フォトン)のエネルギー。中性子数の変化に応じて、原子核の形が球形(緑)、プロレート型(赤)、オブレート型(紫)と変化することで、E1強度関数の様相が大きく変化する。また、中性子数が82を越えた領域(水色)では、低エネルギーにE1強度の増加が見られる。この中で実験データが存在する核種は、90,91,92,93,94,96Zrの5核種のみである。
図3 LLFPの1つ107Pdの原子核に対する公開した計算核データの一例
左の表には、基底状態における形の情報、半径の大きさ、超流動性の指標であるギャップエネルギー、1核子分離エネルギーの逆符号に対応する化学ポテンシャルが示されている。右図は陽子・中性子の密度分布を原子核中心からの距離の関数として表示。
- 注1)密度汎関数理論
- 原子核のような多体系の基底状態のエネルギーが、密度分布ρ(r)の汎関数として厳密に書けるという定理に基づいた理論。量子多体系の複雑な波動関数Ψ(r1,r2,… ,rN)を決定する代わりに密度ρ(r)を決めればよいため、計算量を大幅に削減できる。
- 注2)エネルギー密度汎関数
- 上記の密度汎関数理論においては、系のエネルギーは密度分布ρ(r)の汎関数E[ρ]の形で与えられており、主に原子核物理においてこれをエネルギー密度汎関数と呼ぶ。エネルギーE[ρ]を最小化することで、原子核の基底状態を決定する。
- 注3)時間依存密度汎関数理論
- 量子多体系の時間発展を、時間に依存する波動関数Ψ(r1,r2,… ,rN;t)を用いずに、時間に依存する密度ρ(r;t)によって記述する理論。基底状態に対する密度汎関数理論と同様、これが厳密に可能であるという定理に基づいている。
※1)K. Minomo, K. Washiyama, and K. Ogata, J. Nucl. Sci. Tech., 54, 127 (2017).
※2)S. Ebata, T. Nakatsukasa, et al., “Canonical-basis time-dependent Hartree-Fock-Bogoliubov theory and linear-response calculations”, Physical Review C 82, 034306 (2011).
InPACS URL:http://wwwnucl.ph.tsukuba.ac.jp/InPACS/
中務 孝(ナカツカサ タカシ)
筑波大学 計算科学研究センター 教授
内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室
科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
筑波大学 計算科学研究センター 広報・戦略室
科学技術振興機構 広報課