緑内障手術練習用の眼球モデルを開発

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ヒトの強膜の感触を忠実に再現

2019//1/11  名古屋大学,東京大学,三井化学株式会社,科学技術振興機構,内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

ポイント
  • 眼球の白目部分に当たる強膜を薄切りして縫合することが可能な緑内障手術練習用の中空状眼球モデルを開発した。本開発品による手術手技の練習は、生物実験ではないため倫理審査が不要である。
  • 層状の繊維構造を持ち、剥離性を有するとともに、柔軟でちぎれにくく、めくることが可能であるという要件を全て同時に満たす厚さ1mmの模擬強膜の開発に成功した。
  • 繊維材料とエラストマー材料という性質が異なる2種類の材料を層状に統合させることにより、柔らかく伸びにくい膜構造を構築し、ヒトのコラーゲン線維の層状構造を精緻に模倣した模擬強膜を実現した。
  • この眼球モデルを用いることで、実際の手術と同様に強膜の薄切りと縫合の練習を行うことが世界に先駆けて可能となり、若手医師の早期習熟に貢献することが期待される。

名古屋大学 未来社会創造機構の新井 史人 教授、同大学 大学院工学研究科の小俣 誠二 特任助教の研究グループは、東京大学 大学院医学系研究科の相原 一 教授の研究グループ、同大学 大学院工学系研究科の光石 衛 教授の研究グループ、三井化学株式会社との共同研究により、人間そっくりな眼科手術シミュレーターに搭載可能な緑内障手術練習用眼球モデルを開発しました。

近年、医学教育の効率化や難手術の効果的訓練が求められており、以前より当研究グループは、精巧な手術シミュレーターを開発してきました。一方、緑内障手術では、眼圧を下げるために白目に当たる強膜の薄切りと縫合が多く施術されていますが、練習用の眼球モデルが十分に開発されておらず、医師が基礎学習や術前訓練を十分に行うことができませんでした。

本研究では、上記の課題を踏まえ、緑内障手術に必要な強膜構造を形成することにより、緑内障手術における強膜の薄切りと縫合に対応した中空構造の眼球モデルを開発することに成功しました。これにより、従来は行うことのできなかった手技訓練が可能になりました。

この研究成果は2019年1月11日の公開シンポジウム「バイオニックヒューマノイドが拓く新産業革命」、2月1~3日の「第42回日本眼科手術学会学術総会」で展示公開するほか、3月27~30日(豪州)の「World Glaucoma Congress 2019」にて学術発表します。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)

プログラム・マネージャー:原田 香奈子

研究開発プログラム:バイオニックヒューマノイドが拓く新産業革命

研究開発課題:バイオニックヒューマノイドのシステム統合と眼球モデルの開発

研究開発責任者:新井 史人

研究期間:平成27年度~平成30年度

本研究開発課題では、バイオニックヒューマノイド®をモジュール構造化したバイオニックヒューマノイドプラットフォーム並びに頭部システムの眼を対象とした超精密な眼球モデルの開発を行っています。

本プログラムでは、センサーを内蔵した精巧な人体モデル「バイオニックヒューマノイド®」を使って、感覚的な表現を定量的に理解し試行錯誤をなくすことで、技術シーズを早く社会に届けることを提案しています。今回の成果は、緑内障手術のための精密な眼球モデルを世界に先駆けて提供するものです。ヒトの生体組織に忠実なモデルを使用することによって、動物実験ではできなかった医師の教育や訓練が可能となり、多くの緑内障患者の治療に役立つことが期待されます。

医師が手術手技を早期に体得するためには、教育上、人体構造を忠実に再現した手術シミュレーターが重要です。これを用いることにより、身をもって医療行為を理解することが可能になり、さらには、術中のチームワークの評価・向上に役立つと言われています。特に、難治療で、若手医師が経験する機会が乏しい手技に対しては、精巧な手術シミュレーターの開発は、手技修得を促進し、医療行為の安全性を高めるものと期待され、多くの治療行為に対するシミュレーターが活発に開発されています。そして、医学教育の効率化のため、よりリアルな手術シミュレーターの開発が望まれています。

当研究グループでは、さまざまな手術が模擬できる共通プラットフォームとして、生体計測に基づいて生体組織の特性を再現し、力や位置などを計測する機能や動作駆動する機能を兼ね備えた精密人体モデル「バイオニックヒューマノイド®」を構築しています。その一環として、眼科手術のシミュレーションに特化した眼科手術シミュレーターと眼球モデルを開発してきました。

現在までに数種類の眼科手術シミュレーターが市販されていますが、これらのシミュレーターには次のような課題がありました。

  • 従来市販されている眼球モデルの模擬強膜は、ゴムの塊であったり、プラスチックシートを乗せただけであったりする単純構造である。
  • 緑内障手術練習用眼球モデルに必要な、ヒト眼球と同等な厚さ1mmの中空薄肉構造を持たない。
  • 実際の緑内障手術と同様に、適切な薄切り・縫合がともに練習可能な模擬強膜ではない。
  • 線維柱帯切開術注1)および線維柱帯切除術注2)といった緑内障の基本手術手技に対し、実際の環境に即して訓練するための眼球モデルではない。

そこで、当研究グループは上記の課題を解決するために、ヒトの生体組織に忠実な眼球モデルを作製し、緑内障手術の訓練に適した眼科手術シミュレーターを開発しました。

緑内障の発症と進行は、眼圧と密接な関係があります。眼圧は眼の中を循環する液体である房水注3)によって調節されており、房水は毛様体注4)で産生され、隅角注5)にある線維柱帯注6)から排出されます。何らかの原因で排水不良が発生し、眼内圧が上昇すると、視神経を障害して緑内障を発症し、最悪の場合、失明する可能性があります。この排水不良を解消するための主な外科的治療として、線維柱帯切開術および線維柱帯切除術があります。これらは、基本的な手技として、臨床で多く採用されています。この手術において共通することとして、白目に当たる強膜の薄切り・縫合があります。図1に示すように、眼内に循環している房水の排出流路であるシュレム氏管注7)を切り開き、フィルター機能を呈する線維柱帯を切開・切除するため、強膜組織を薄切りして経路の確保を行う必要があります。

強膜組織は、コラーゲン線維が球面に沿っており、層状構造を形成していることが知られています。層状構造のため、強膜を薄切りすることが可能になっています。図2に示すように、シュレム氏管は厚み方向の長さが約200マイクロメートル程度の細い管であるため、強膜をおよそ800マイクロメートルの厚みで薄切りし、その強膜フラップをめくる必要があります。さらに、残りの強膜に穴を開けないように慎重に強膜薄切りを行うことが求められます。強膜組織が積層構造を有しているため、めくった強膜フラップを攝子(せっし:ピンセット)で摘まみながら、ナイフで薄切りし、界面をなでるように切り開いていくことにより、強膜の薄切りが行われます。また、排水流の再建を行った後は、めくった強膜フラップで蓋をするため、縫合します。このような、強膜の薄切りと縫合は、眼科手術の基本かつ高度な手技であり、多くの練習が必要とされています。

現在、市販されている線維柱帯切除術用のシミュレーターでは、このような所作を行うことが十分にできず、ナイフを突き刺して薄切りを無理やり行っています。また、薄切りした強膜フラップを図2に示すように攝子で摘まんだりめくったりすると、模擬強膜の材質が硬いゴムの塊であるために簡単にちぎれます。このため、実際の動作が再現されていないのが現状です。

このように、適切に強膜の薄切りが可能なモデルが開発されていないために、これまでは医師が事前に強膜の薄切りと縫合を練習する機会が乏しい状況にありました。

上記の課題を解決するため、本研究では、

  • 厚みが1mmとなる、柔軟かつ薄切りが可能な模擬強膜を中空の球状に成型する。
  • コラーゲン組織様の模擬的な繊維構造を形成して、剥離性を模倣する。
  • 薄切りした模擬強膜が不用意にちぎれず、めくることが可能で、縫合を可能とする。

という要件を全て同時に満たし、古典的な流出路再建術における強膜の薄切りと縫合が可能な、緑内障手術の練習用眼球モデルを開発しました。

ヒトの眼の強膜組織を模倣するにあたっては、ミクロな繊維を豊富に含んだ繊維層を幾重にも重ねることにより、強膜に多く含まれるコラーゲン線維の層状構造を再現することを世界に先駆けて試みました。また、繊維層を層状の構造体とするために、エラストマー材料注8)を用いました。繊維材料とエラストマー材料という、性質が異なる2種類の材料を層状に統合させ、生体を精緻に模倣した構造を設計することにより、ヒトの強膜の感触を忠実に再現した模擬強膜を開発することができました。このような特殊な積層構造体を形成することにより、あたかもヒトの眼に対して強膜の薄切りと縫合を行っているように模倣することができました。

当研究グループは、以前より、眼科手術シミュレーターであるBionic-EyE™(Bionic eye surgery evaluator:バイオニックアイ)を開発してきましたが、本研究で開発した緑内障手術練習用眼球モデルも、Bionic-EyE™に搭載可能です。図3は、作製した眼球モデルをBionic-EyE™に搭載し、模擬強膜の薄切りと縫合の様子を示しています。このように、本研究で開発した模擬強膜を用いることで、実際の強膜薄切りと同様の所作を再現することに世界に先駆けて成功しました。

本研究成果は、2018年1月11日の公開シンポジウム「バイオニックヒューマノイドが拓く新産業革命」、2月1~3日の「第42回日本眼科手術学会学術総会」で展示公開するほか、3月27~30日(豪州)の「World Glaucoma Congress 2019」にて学術発表します。

  • 世界に先駆けて、緑内障手術の1つである線維柱帯切開術の基本手技である強膜の薄切りと縫合の訓練が可能な眼科モデルの開発に成功した。
  • 柔軟なエラストマー材料とマイクロ繊維を積層させたため、リアルな眼球モデルを構築し、実際の動作と同様な薄切り工程と縫合工程の練習が行える。
  • 眼科顕微鏡を有する眼科医局やウェットラボ注9)を有する企業などにて、即座に強膜の薄切りと縫合の練習を行うことが可能になる。

緑内障手術練習用の眼球モデルを開発

図1 ヒト眼球における角膜輪部注10)と隅角の詳細構造

図2 強膜の薄切りの模式図

図2 強膜の薄切りの模式図

図3 作製した眼球モデルのBionic-EyE™への搭載(左)と模擬強膜の薄切りと縫合(右)

図3 作製した眼球モデルのBionic-EyE™への搭載(左)と模擬強膜の薄切りと縫合(右)
注1)線維柱帯切開術
眼の中の排水管の線維柱帯を切って排水を回復する手術。白い強膜を薄切りして線維柱帯を切開する外からのアプローチと、角膜輪部から器具を挿入して中からアプローチする方法がある。
注2)線維柱帯切除術
強膜とブドウ膜の一部を切除して、眼内と結膜下の間にバイパスとなる流路を作製して、房水を結膜下に排出する手術。
注3)房水
眼内を循環する体液。毛様体から分泌される。眼圧の調節媒体。
注4)毛様体
虹彩の裏側の最外周に位置し、眼球内の水晶体を周囲から囲む筋肉を有し、水晶体の曲率半径を変え、焦点を調節する働きをする。また、房水を分泌する。
注5)隅角
線維柱帯・シュレム氏管を含めた房水の流出路の場所で、図1に示す角膜と虹彩の間の空間。
注6)線維柱帯
隅角部において眼内とシュレム氏管との境界となるスポンジ状の膜状組織。加齢などに伴いスポンジが潰れていき眼圧が増加する。
注7)シュレム氏管
房水の排出経路の一種。500マイクロメートル程度の環状の中空構造を持つ。
注8)エラストマー材料
弾力性のある高分子材料。
注9)ウェットラボ
医師が外科訓練を行うための施設や集会のこと。湿潤状態で行うことをウェットラボと称し、乾燥状態で行うことをドライラボと称する。
注10)角膜輪部
透明な角膜と白い強膜との遷移領域の総称。

新井 史人(アライ フミヒト)
名古屋大学 未来社会創造機構 教授

小俣 誠二(オマタ セイジ)
名古屋大学 大学院工学研究科 マイクロ・ナノ機械理工学専攻 特任助教

相原 一(アイハラ マコト)
東京大学 大学院医学系研究科 外科学専攻 眼科学教室 教授

光石 衛(ミツイシ マモル)
東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻 教授

三井化学株式会社 コーポレートコミュニケーション部
Tel:03-6253-2100

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室

名古屋大学 総務部 総務課 広報室

東京大学 医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター

東京大学 大学院工学系研究科 広報室

科学技術振興機構 広報課

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