蛍光による共生パートナーの誘引
2019-01-22 基礎生物学研究所,東北大学大学院生命科学研究科,産業技術総合研究所
サンゴ礁を形作り、南の海の生態系の維持に不可欠な存在であるサンゴは、その多くが紫外線や青色光を受けると緑色の蛍光を発します(図1)。これは、サンゴがその体内に緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein: GFP)を持ち、紫外線や青色光を吸収することにより緑色の蛍光を呈するためです。これまで、GFPがサンゴをはじめとする刺胞動物の色彩に関わっていることは知られていましたが、その役割はよく分かっていませんでした。基礎生物学研究所 環境光生物学研究部門の相原悠介研究員、高橋俊一准教授、皆川純教授らは、東北大学大学院生命科学研究科の丸山真一朗助教、豪James Cook大学Andrew Baird教授、産業技術総合研究所地質情報研究部門の井口亮主任研究員と共同で、サンゴの緑色蛍光が、サンゴの生育に不可欠な共生藻類(褐虫藻)の誘引に働くことを初めて明らかにしました。近年、海水温の上昇などの環境変動により、サンゴの白化(サンゴが体内から共生藻類を失って白くなる現象)とそれに伴うサンゴの死滅が問題となっており、本成果は白化したサンゴの回復などに役立つ可能性があります。この成果は2019年1月21日の週に発行の米国科学アカデミー紀要に掲載されます。
図1:青色光を受けて緑色の蛍光を発するサンゴ
【研究の背景】
サンゴ礁に生育するサンゴ種のほとんどは、体の中に褐虫藻と呼ばれる藻類を共生させ(図2)、生育に必要な栄養の一部を共生する褐虫藻に依存しています。そのため、褐虫藻なしでは生育できません。多くのサンゴ種は、褐虫藻を環境中から獲得するのですが、どのように両者が出会っているかは不明でした。以前より、サンゴが環境中を遊泳する褐虫藻にシグナルを出して、褐虫藻がそのシグナルに向かって泳ぐのではないかと考えられていました。しかし、そのシグナルの正体はおろか、そもそもサンゴが褐虫藻を誘引できるのかさえ不明でした。そこで、研究グループはサンゴの緑色蛍光に着目し、これが褐虫藻の誘引に働くかどうかを調べました。
図2:サンゴと褐虫藻の共生
褐虫藻が共生したサンゴでは、拡大すると共生する褐虫藻の存在が粒状に確認できる。
【研究の成果】
今回の研究では、サンゴが緑色蛍光を放つ青色光の下で、褐虫藻がサンゴの周りに集まることを明らかにしました(図3)。また、サンゴの緑色蛍光タンパク質(GFP)と同様に緑色蛍光を出す市販の蛍光ペイントに対しても、青色光下で褐虫藻が集まることを示しました(図4)。
図3:生きたサンゴによる褐虫藻の誘引。サンゴが緑色蛍光を放つ青色光の下では、褐虫藻がサンゴの周りに集まる(図中右)。図中左は比較のために置いた死んだサンゴの骨格(GFPを持たない)。光照射10分後の写真。
図4:蛍光ペイントによる褐虫藻の誘引。蛍光ペイントが緑色蛍光を放つ青色光の下では、褐虫藻が蛍光ペイントを塗ったプラスチック片の周りに集まる(図中右)。図中左は比較のために置いた白色のプラスチック片。光照射10分後の写真。
これらの結果より、サンゴの緑色蛍光は環境中を遊泳する褐虫藻の誘引に働くことが実験的に初めて明らかとなりました。褐虫藻の走光性注1)の特性を調べた結果、褐虫藻が緑色蛍光に誘引される理由は、褐虫藻が弱い緑色光に向かって泳ぐ性質(正の走光性)と、太陽光のような強い青色光を含む光から逃げる性質(負の走光性)の二つを併せ持つためであることがわかりました(図5)。これらの結果より、広いサンゴ礁の中でサンゴが共生パートナーである褐虫藻と出会えるのは、サンゴが褐虫藻の好きな緑色蛍光を出しているためと考えられます。
図5:褐虫藻の走光性の光特性。褐虫藻は弱い緑色光に対して最も強い正の走光性を示す。また、強い青色光に対して最も強い負の走光性を示す。
【今後の展望】
海水温が高くなると、サンゴは共生する褐虫藻を失い白化します。白化した直後のサンゴは生きていますが、その状態が長く続くと餓死します。そのため、白化からの回復速度はサンゴの生死に大きく関わります。今回の研究で、サンゴの緑色蛍光が褐虫藻の誘引に働くことが明らかになりました。もしかすると、緑色蛍光による褐虫藻の誘引は「白化からの回復」に重要な役割を果たしているかもしれません。また、多くのサンゴ種は環境中から褐虫藻を獲得し、共生関係をスタートさせるため、緑色蛍光による褐虫藻の誘引は、サンゴの幼生や幼ポリプの生存率にも大きく関わっているかもしれません。今後、緑色蛍光による褐虫藻の誘引が、自然界でどの程度重要な働きをしているかを調べていく必要があります。
【用語解説】
注1)走光性:生物の光に対する反応を示す用語。生物が光に引き寄せられるように行動する場合には「正の走光性がある」と表現し、生物が光から離れるように行動する場合には「負の走光性がある」と表現する。
【発表雑誌】
雑誌名 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)
掲載日:2019年1月21日の週内
論文タイトル:Green fluorescence from cnidarian hosts attracts symbiotic algae
著者:Yusuke Aihara, Shinichiro Maruyama, Andrew H. Baird, Akira Iguchi, Shunichi Takahashi, Jun Minagawa
DOI:10.1073/pnas.1812257116
【研究グループ】
基礎生物学研究所 環境光生物学研究部門の相原悠介研究員(現 名古屋大学)、高橋俊一准教授、皆川純教授を中心として、東北大学生命科学研究科の丸山真一朗助教、James Cook大学(オーストラリア)のAndrew Baird教授、産業技術総合研究所地質情報研究部門 海洋環境地質研究グループの井口亮主任研究員との共同研究として実施されました。
【研究サポート】
本研究は以下の支援を受けて行われました。
文部科学省科学研究費助成事業 (18K19240, 16K14814,16H06552)
ARC Centre of Excellence for Coral Reef Studies
Gordon & Betty Moore Foundation’s Marine Microbiology Initiative Experimental Model Systems grant (#4985)
基礎生物学研究所共同利用研究 (15-362, 16-334, and 17-310)
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 環境光生物学研究部門
准教授 高橋 俊一 (タカハシ シュンイチ)
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
産業技術総合研究所 企画本部 報道室