珪藻のフィジオロミクスに基づく褐色のエネルギー革命のためのパイロットプラントの完成

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培養コストの大幅低減による低炭素社会実現と有用物質の生産

2018-01-25 兵庫県立大学,京都大学,科学技術振興機構(JST)

ポイント

  • 珪藻は地球上の光合成の約25%を担っていて、バイオ燃料、医薬品原料、養殖用餌料などの有用物質を生産する藻として注目されていましたが、培養コストが高く課題となっていました。
  • 低コストで珪藻を大量培養するための要素実験の結果に基づき、下水処理施設の一画にパイロットプラントを設計・完成しました。
  • 今後、実証パイロットプラントでのシステムを具現化・社会実装することで、環境に優しい低炭素化社会の実現が期待されます。
微細藻類注1)は、陸上作物よりも単位面積当たりの燃料生産性が高いことから、次世代の持続可能エネルギー生産生物として期待されており、同時に温室効果ガスである二酸化炭素を低減させる高い効果も期待されます。中でも、珪藻は地球上の光合成の約25%を担っており、再生可能資源生物としてポテンシャルが高いと言えます。しかし、微細藻類を産業的に利用するためには、培養コストが高い、超大型培養系における培養条件が確立していない、形質転換微細藻類を野外解放系で大量に培養した時の拡散防止措置などの手立てが確立していないという問題が残されています。このような問題を解決するためには、微細藻類の光合成機能や細胞内生理を理解するという基礎科学的研究と合わせ、パイロットプラント注2)を用いた実地試験が欠かせません。
兵庫県立大学 大学院生命理学研究科の菓子野 康浩 准教授、京都大学 大学院生命科学研究科の伊福 健太郎 助教らの研究グループは、姫路市の協力により、下水処理施設「大的析水苑」の一画に、珪藻の光合成機能を利用して二酸化炭素を有用物質に変換するための実証パイロットプラントを設置しました。
今後、この実証パイロットプラントにおいて、下水に含まれる窒素分などを珪藻培養の栄養塩(肥料)として利用することにより、培養コストを大幅に下げて現実的コストで燃料、医薬品原料、養殖用餌料などを生産する仕組みが確立される予定です。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)実用技術化プロジェクトの一環で行われています。

<研究の背景と経緯>

微細藻の一種である珪藻は、地球上で行われる光合成による二酸化炭素(CO2)固定の約25%を担っており、熱帯雨林の光合成量に匹敵するほどの生産性を有します。また、珪藻の光合成により、脂質、DHA注3)/EPA注4)、シリカ、抗酸化能の高いフコキサンチン注5)などの有用物質も産生します。本研究グループでは、弱い光環境に最適化した生物である珪藻の光合成機能を強化して、明るい環境下でも光による光合成阻害を回避しつつ迅速に増殖し、効率的に有用代謝産物や油脂を生産する細胞へと分子育種することを目指しています。そのために、珪藻細胞の生理学的機能を統合的に理解(フィジオロミクス)するとともに、遺伝子工学的形質転換技術やゲノム編集技術の構築を進めています。現在、大量培養が可能な微細藻類は数えるほどですが、そうした微細藻類では実用的な遺伝子工学的技術は確立されていません。これまでに本研究グループでは、海洋性珪藻の一種で、牡蠣のような二枚貝やエビの養殖の餌料としても用いられているツノケイソウ(図1)を用い、実用的な遺伝子工学的技術を開発しました(特許出願済み)。そして、麦角菌注6)由来の脂肪酸水酸化酵素の遺伝子をツノケイソウで発現させたことで、本来珪藻が合成することができないリシノール酸注7)を生産させることが可能となりました。リシノール酸は、プラスチック原料としても使われる有用物質です。これにより、光のエネルギーを使ってCO2を上記のような有用代謝産物に変換する実用的な生物学的プラットフォームができました。
一方、産業的培養を視野に、まず野生のツノケイソウ(野生株)を用いて、野外で5トンレベルの開放系培養実験に取り組みました。そして、昼夜で光強度が大きく変動し、それに伴って温度も変わるという自然環境下での疎放的培養を可能にしました。加えて、海洋性の珪藻にも関わらず、ゲリラ豪雨や台風で塩濃度が下がっても増殖を維持できるという強健な性質も確認しました。
そこで、大量培養後に有用物質を抽出する過程の効率化を進めました。一般的に、大量の水の中から微細藻の細胞を集め、乾燥させてから細胞を破砕し、有用物質を抽出・精製しますが、この一連の工程では、手間がかかる上に多大なエネルギーの投入が必要です。この問題を解決するため、珪藻細胞を集めることなく細胞を破砕すると同時に油脂やフコキサンチンのような有用物質を濃縮・回収するという、マイクロバブル処理による基盤技術を確立しました(特許出願済み)。その上で、より大型化して実用的な技術への展開のために装置の改良を進めています。
これまでの研究で社会実装するための基盤技術は着実に構築されつつありますが、培養コストが高い、超大型培養系における培養条件が確立していない、形質転換微細藻類の野外解放系で大量に培養した時の拡散防止措置などの手立てが確立していないという問題が残されています。

<研究の内容>

本研究グループでは、ツノケイソウが海洋性珪藻にもかかわらず、増殖および油脂生産性の塩濃度依存性が小さく、下水の汚水などと混合して効率的に培養可能であることを見いだしています。作物が肥料を必要とするように、微細藻類が光合成で増殖するためには栄養塩として窒素分やリン酸が必要です。下水の汚水には、富栄養化物質である窒素分やリン酸が含まれています。つまり、下水処理場で珪藻を培養すれば、培養の高コストの主要因である栄養塩を汚水から得られると期待できます。さらに、汚水処理の過程で活性汚泥や消化槽から発生するCO2を光合成に利用することができます。しかし、実際に実用化するためには、パイロットプラントを用いて培養実験を行い、最適化する必要がありました。
そこで、兵庫県姫路市の協力を得て、姫路市東端の沿岸部にある下水処理施設「大的析水苑」内の土地に珪藻培養設備を設置し、処理場に流入する汚水、および汚水処理により発生するCO2を用いた培養実験を開始しました。この施設(図2)は2棟の温室からなり、温室は、光透過特性を考慮したフィルムで覆われています。それぞれ温室の中には約3.5x6メートルのプール型培養槽、約2x10メートルのレースウェイ型培養槽が設置されており、5〜8トンの培養を行うことができます。培養槽には、汚水処理場の初沈後の汚水を汲み込むための導水システムと、処理場脇の澪から汽水を汲み込むための導水システム、汚水処理の曝気槽からCO2を多く含む空気を送り込むシステムがつながっています。また、水温、気温、光強度、通気中のCO2濃度といった物理化学的環境因子を測定するセンサーが設置され、自動的に記録することができます。

<今後の展開>

この施設を用いてツノケイソウの「野生株」を培養し、汚水と海水との混合比や通気方法、年間を通した培養条件の最適化、細胞破砕と有用物質回収のためのマイクロバブル処理のシステム化、帯電性ナノバブルの利用、トータルのコスト評価、CO2低減効果の評価などを行い、増殖特性と物質生産の効率化を目指した実験を進めていく予定です。さらに、培養実験を「野生株」で行うことで、将来の形質転換株培養のために、形質転換株を大量に培養する際の設備上の問題点が洗い出せるようになっています。
太陽光による光合成を通じて、温室効果ガスの1つであるCO2を有用物質や油脂に転換して社会に提供するシステムを具現化・社会実装し、生態系に優しい低炭素化社会の実現を目指した研究を進めていきます(図3、4)。

<参考図>

珪藻のフィジオロミクスに基づく褐色のエネルギー革命のためのパイロットプラントの完成

図1 ツノケイソウ

図2 姫路市の下水道管理センター「大的析水苑」に完成した培養施設

図2 姫路市の下水道管理センター「大的析水苑」に完成した培養施設

図3 下水処理場と共存する培養システムの将来構想

図3 下水処理場と共存する培養システムの将来構想

図4 珪藻を軸にした再生可能物質生産に基づく低炭素社会

図4 珪藻を軸にした再生可能物質生産に基づく低炭素社会

<用語解説>

注1) 微細藻類
酸素発生型光合成生物のうち、いわゆる陸上生物(コケ、シダ、種子植物)を除いたものが藻類で、その藻類の中でも顕微鏡でなければ見えない大きさのもの。原核生物のシアノバクテリア(ラン藻、ラン色細菌)、真核生物の原始紅藻、緑藻、珪藻、円石藻、ユーグレナなどが含まれる。陸上植物と同様、光合成により二酸化炭素を固定して有機物を合成する。
注2) パイロットプラント
実験室での研究成果を工業装置に拡張する中間段階で、各種設計資料を得るための中規模の実験的化学装置(広辞苑)。ここでは、実用化に先立って各種設計データや培養条件を取得するための中規模の実験的培養設備。
注3) DHA
ドコサヘキサエン酸。ω(オメガ)-3脂肪酸に分類される多価不飽和脂肪酸の1つで、分子内に22個の炭素原子を含む。ω-3脂肪酸は生体内で合成できず、欠乏すると皮膚炎などを発症するため、経口摂取する必要がある(「日本人の食事摂取基準(2015年版)のポイント」より)。魚油に多く含まれ、健康補助食品や食品添加物としても用いられている。
注4) EPA
エイコサペンタエン酸。ω-3系脂肪酸に分類される多価不飽和脂肪酸の1つで、分子内に20個の炭素原子を含む。DHAと同様、魚油に多く含まれ、健康補助食品や食品添加物としても用いられている。
注5) フコキサンチン
カロテノイドの一種で、珪藻や褐藻類の光合成補助色素の1つ。高い抗酸化能があるとされ、化粧品原料や食品(健康補助食品)原料としても利用されつつある。現在は、主にコンブなどから抽出・精製されている。
注6) 麦角菌
Claviceps purpureaなどの子嚢菌の一種で、オオムギ・コムギ・ライムギやアシ・笹などの穂に寄生して麦角と呼ばれる菌核をつくる。麦角は、長さ約1~3センチの角(つの)状で表面は紫黒色。麦角にはアルカロイドが含まれ、有毒である。(大辞泉より改変)トウゴマとともに、リシノール酸を合成することが出来る数少ない生物の1つである。
注7) リシノール酸
ω-9系脂肪酸に分類される不飽和脂肪酸の1つで、分子内に18個の炭素原子を含む。医療から工業まで幅広く利用される有用脂肪酸で、伝統的に鎮静剤や抗炎症剤として用いられる他、リシノール酸を重合することで柔軟性に富んだポリアミド11として工業原料に利用される。また、熱分解することで生成されるセバシン酸が潤滑油として利用される。また、化学的に分子内の水酸基に他のリシノール酸を重合することで縮合リシノレイン酸が生成し、チョコレートなどの粘度低下剤として利用されている。リシノール酸は主にトウダイグサ科の亜熱帯植物トウゴマ(Ricinus communis)の種子油(ひまし油)をケン化することによって生産されるが、原産国であるインドや東南アジアでの作付面積および輸出量が減少しており、またトウゴマ種子には毒性タンパク質のリシンやアルカロイドのリシニンが含まれているため、より安全な生物を用いた安定的な生産と供給が求められている(参考プレスリリース「実用珪藻ツノケイソウによるリシノール酸の生産に成功(http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2016/161110_2.html)」)。

<参考文献>

  • Tokushima H, Inoue-Kashino N, Nakazato Y, Masuda A, Ifuku K & Kashino Y (2016) Advantageous characteristics of the diatom Chaetoceros gracilis as a sustainable biofuel producer. Biotechnol Biofuels 9: 235.
    (doi: 10.1186/s13068-016-0649-0)
  • Ifuku K, Yan D, Miyahara M, Inoue-Kashino N, Yamamoto YY & Kashino Y (2014) A stable and efficient nuclear transformation system for the diatom Chaetoceros gracilis. Photosynth Res 123: 203-211.
    (doi:10.1007/s11120-014-0048-y)
  • Kajikawa M, Abe T, Ifuku K, Furutani KI, Yan D, Okuda T, Ando A, Kishino S, Ogawa J & Fukuzawa H (2016) Production of ricinoleic acid-containing monoestolide triacylglycerides in an oleaginous diatom, Chaetoceros gracilis. Sci Rep 6: 36809.
    (doi: 10.1038/srep36809)
  • 菓子野 康浩、伊福 健太郎(2017)珪藻のバイオファクトリー化を目指した基盤技術の開発−珪藻バイオファクトリー−、化学と生物 55 (11): 759-766.
  • 伊福 健太郎、菓子野 康浩(2017)「実用珪藻Chaetoceros属の新しい応用利用に向けた技術開発」ケミカルエンジニヤリング特集「バイオサイエンスを支える革新技術」62 (9): 15-21.

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

菓子野 康浩(カシノ ヤスヒロ)
兵庫県立大学 大学院生命理学研究科 准教授
伊福 健太郎(イフク ケンタロウ)
京都大学 大学院生命科学研究科 助教

<JST事業に関すること>

江森 正憲(エモリ マサノリ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 ALCAグループ

<報道担当>

上田 澄廣(ウエダ スミヒロ)
兵庫県立大学 産学連携・研究推進機構 特任教授兼リサーチ・アドミニストレーター
後藤 綾一(ゴトウ リョウイチ)
兵庫県立大学 社会貢献部産学連携・研究支援
科学技術振興機構 広報課

 

生物化学工学
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