加齢や疾患に伴う筋萎縮の予防に期待
2019-06-11 東北大学,日本医療研究開発機構
発表のポイント
- ミトコンドリアは、細胞内のエネルギー産生において中心的な役割を担う細胞小器官で、筋肉の活動や発達、維持においても不可欠である。一方で、加齢や疾患に伴い、その機能が低下すると筋肉の急速な萎縮が進行することが知られている。
- 今回、モデル生物を用いて、ミトコンドリアの働きが低下した際に、筋細胞内のカルシウム濃度が上昇し、その結果、筋細胞の外側で細胞間の接着や維持に重要な細胞外マトリックス*1のコラーゲン成分が分解され、最終的に筋の崩壊に至る経路を突き止めた。
- 今後、加齢や様々な疾患に伴う筋萎縮の予防や治療につながる可能性が示唆される。
概要
加齢や疾患に伴うミトコンドリアの障害により、筋の萎縮や崩壊が生じることは良く知られていましたが、その詳細なメカニズムについては解明されていませんでした。東北大学大学院生命科学研究科の東谷篤志教授らの研究グループは、英国ノッティンガム大学ならびにエクセター大学との共同研究により、モデル生物の1つである線虫を用いて、ミトコンドリア障害時に筋細胞内のカルシウム濃度が上昇し、その結果、筋細胞の外側で細胞間の接着や維持に重要な細胞外マトリックスのコラーゲン成分が分解され、最終的に筋の崩壊に至る経路を解明しました。さらに、カルシウムの過剰流入を抑えること、フーリン*2活性を抑えること、マトリックスメタロプロテアーゼ*3を抑えることなど、いずれかのステップを抑えることで、筋萎縮を抑制できることを証明しました。また、線虫の筋ジストロフィー疾患モデルにおいても、これらのいずれかのステップを抑えることで、筋疾患の進行を遅らせることができることも明らかになりました。
本研究成果は、米国実験生物学会連合誌FASEB Journalに6月4日付けでEarly onlineとして掲載されました。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「宇宙に生きる」ならびに国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」研究開発領域(研究開発総括:名古屋大学 曽我部正博)における研究開発課題「筋萎縮の病態に迫るミトコンドリアのメカノバイオロジー」(研究開発代表者:東谷 篤志)の一環として行われました。
詳細な説明
筋細胞では、エネルギーとカルシウムイオンの調節を通して、筋原線維の収縮や弛緩を行います。筋細胞内のカルシウムイオンは、筋小胞体からリアノジン受容体*4を介して細胞質に放出され、その濃度上昇に伴って筋原線維が収縮し、再び、カルシウムイオンはSERCA*5カルシウムイオンポンプで筋小胞体に戻され、濃度低下に伴って筋原線維が弛緩する、この繰り返しが筋の活動につながります。
今回、モデル生物の1つである線虫(C.エレガンス)を用いて、ミトコンドリア活性を阻害する薬剤を投与した際に生じる急速な筋細胞の崩壊メカニズムについて、詳細な解析を行いました。その結果、(1)ミトコンドリア活性の低下に伴い、筋細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇し、(2) カルシウム依存性のエンドプロテアーゼ*6の1つフーリンの活性化が生じ、(3)細胞外マトリックスメタロプロテアーゼがフーリンにより活性化され、(4)細胞外マトリックス成分であるコラーゲンの分解が促進され、これら一連の反応により最終的な筋細胞の崩壊に至ることを明らかにしました。
すなわち、筋小胞体からのカルシウムイオンの放出を抑えること、フーリンの酵素活性を薬剤などで抑えること、マトリックスメタロプロテアーゼの活性を同様に薬剤などで抑えること、これらいずれの方法においても、ミトコンドリア障害から生じる急速な筋萎縮に対して抑制効果があることが確かめられました。
また、線虫の筋ジストロフィー疾患モデルにおいても、これまでは筋細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇することは知られていましたが、筋崩壊の進行メカニズムについては不明でありました。今回、ミトコンドリア障害に伴う筋崩壊に有効であった上記いずれの方法も、線虫の疾患モデルにみられる筋崩壊の進行を抑制できることが確認され、同様の分解経路が筋ジストロフィー疾患においても生じている可能性が示唆されました(下図にはフーリンの阻害剤投与の結果を示す)。
これらの研究成果は、今後ヒトにおいて、加齢や様々な疾患に伴う筋萎縮のメカニズムの解明に寄与し、筋萎縮をはじめとするロコモティブシンドロームの予防・治療法の開発等につながる可能性が示唆されます。
【図】線虫筋ジストロフィー疾患モデルにみられる筋細胞の早期崩壊(上段)とフーリン阻害剤の投与による崩壊抑制(下段)。ファロイジンによる筋アクチン繊維の染色像(赤色)
用語説明
- *1 細胞外マトリックス:
- 細胞の外側に存在する物質で、主に、コラーゲンなどの成分からなり、細胞間をつなぎとめ細胞や組織を安定に保護する役割がある。
- *2 フーリン:
- カルシウム依存的なエンドペプチダーゼの1つで、マトリックスメタロプロテアーゼなどの前駆体(不活性型酵素)の一部を切断し分解することで、活性型酵素に転換させる酵素。
- *3 マトリックスメタロプロテアーゼ:
- 主として、コラーゲンなどの細胞外マトリックスの分解に関わる酵素。
- *4 リアノジン受容体:
- 細胞内のカルシウム貯蔵に関わる小胞体膜上に存在するカルシウムチャンネル(小胞体から細胞内への流入経路)で、その名は、植物がつくる圧かロイド成分の1つリアノジンが結合することにより由来する。
- *5 SERCA:
- 小胞体に存在するカルシウムイオンポンプで、細胞質から小胞体へのカルシウムイオンの取り込みを担う。
- *6 エンドペプチダーゼ:
- タンパク質の末端からでなく、非末端のペプチド結合を加水分解するタンパク質分解酵素の総称。
論文題目
- 題目:
- Mitochondrial dysfunction causes Ca2+ overload and ECM degradation-mediated muscle damage in C. elegans
- 著者:
- Surabhi Sudevan, Mai Takiura, Yukihiko Kubota, Nahoko Higashitani, Michael Cooke, Rebecca A Ellwood, Timothy Etheridge, Nathaniel J Szewczyk, Atsushi Higashitani
- 雑誌:
- FASEB Journal
- DOI:
- 10.1096/fj.201802298R
お問い合わせ先
研究に関すること
東北大学大学院生命科学研究科
担当 東谷 篤志(ひがしたに あつし)
報道に関すること
東北大学大学院生命科学研究科広報室
担当 高橋 さやか(たかはし さやか)
AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課