2019-08-08 北里大学,国立医薬品食品衛生研究所,日本医療研究開発機構
北里大学薬学部 加藤くみ子教授、国立医薬品食品衛生研究所薬品部 原矢佑樹研究員らの研究グループは、原子間力顕微鏡(AFM、*注1)の微小な針(探針)の形状を評価する手法を開発し、これを用いることで、薬物キャリアである脂質ナノ粒子(リポソーム)の膜剛性(硬さ・変形のしづらさ)を高精度に測定することに成功しました。探針の形状を評価し、測定により適した針を用いることで、剛性計測値の相対標準偏差が最大で24倍向上しました。本研究に関する論文は、2019年8月8日に米国化学会の雑誌『Analytical Chemistry』に掲載されました。
研究成果のポイント
- AFMによるリポソームの剛性計測値のばらつきは、測定に用いる探針形状の差異に影響されることを明らかにしました。
- 市販の線サンプルを用いて探針形状を評価する簡便法を開発しました。
- 開発した評価法により探針を取り付けた板バネ(カンチレバー、下図参照)を選別することで、剛性の計測精度が相対標準偏差で最大24倍向上することを明らかにしました。
- 本成果は、AFMを利用したナノ医薬品の開発促進に寄与することが期待されます。
研究の背景
近年、ナノテクノロジーを応用した医薬品 (ナノ医薬品(*注2))は開発が活発化しており、抗腫瘍薬等として大きな期待が寄せられています。ナノ医薬品の体内動態には、薬物キャリアとなるナノ粒子の様々な物理化学的特性が関連していることが知られています。中でも、力学的特性である剛性(硬さ・変形のしづらさ)は、ナノ医薬品の体内動態や内包した薬物の放出と関連することが報告されています。AFMによる剛性計測は、基板に固定化した物質に対して、カンチレバーを押し当てた際の力と変形の度合いを解析することで達成されます。しかし、剛性をナノ医薬品開発時の特性パラメータとして利用するためには、より計測値のばらつきを低減させることが課題となっていました。
研究内容と成果
今回の研究で、AFMによりリポソームの剛性を評価する際、カンチレバーの探針形状の鋭さが測定値に影響を与えることが明らかとなり、カンチレバーの探針形状がより先鋭なものをスクリーニングする手法を開発することとしました(図参照)。
図:研究内容と成果の概略図
これまでに報告されている線幅が既知で傾斜角度が90度の線サンプルを用いてカンチレバーの探針形状を評価する方法は、市販の線サンプルを2次元上に走査するだけで測定が済み、カンチレバー探針へのダメージは比較的少なく、特別な計算方法やソフトを必要とせずに探針形状を簡便に評価できる点で有用です。しかし、線サンプルを用いる方法により評価したカンチレバーの探針形状と、AFMによって計測される剛性との関係について検討した報告はこれまでにありませんでした。
そこで、カンチレバーの探針形状を、市販の線サンプルを用いて探針形状特性曲線(*注3)及び探針アスペクト比(探針長さ/探針幅)により評価する簡便なスクリーニング法を開発しました(図のb)。次いで、合計24本のカンチレバーを用いて剛性を計測した結果(図のc)、探針アスペクト比の小さいものや探針形状特性曲線がいびつなものを用いて計測を行った場合で計測値の総平均から誤差が大きくなる傾向が見いだされました。また、探針のアスペクト比および探針形状特性曲線の観点からカンチレバーを選別してAFM計測に用いた場合、探針を評価せずに計測した場合と比較して、相対標準偏差で計測精度が最大24倍向上することを明らかにしました(図のd)。さらに、探針形状の観点からカンチレバーを選別してAFM計測を行うことで、これまで剛性の違いが不明であった組成の異なるリポソーム間で有意な剛性の差を見出すことができました。
今後の展開
現在、探針形状の観点からカンチレバーを選別した上でAFM計測を行うと剛性計測の精度が向上するという本研究成果を踏まえて、AFMを用いたリポソーム剛性測定法の標準化研究を行っています。ナノ医薬品の力学的特性と体内動態との関連性が近年注目されており、本研究で得られた知見は、AFMを利用したナノ医薬品の製剤設計や品質管理等に寄与すると期待されます。
論文情報
- 著者:
- 原矢佑樹、合田幸広、伊豆津健一、加藤くみ子
- 論文タイトル:
- Improved atomic force microscopy stiffness measurements of nanoscale liposomes by cantilever tip shape evaluation
- 雑誌名:
- Analytical Chemistry
- 掲載日:
- 2019年8月8日
- DOI:
- 10.1021/acs.analchem.9b00250
用語解説
- *注1:原子間力顕微鏡(atomic force microscopy、AFM):
- カンチレバーと呼ばれる板ばねの先端に取り付けられた探針と試料との相互作用を検出することで、試料の表面形状や剛性(硬さ・変形のしづらさ)を測定することができる顕微鏡。
- *注2:ナノ医薬品:
- ナノテクノロジーを応用した医薬品。リポソームなど、ナノメートルサイズの粒子を薬物キャリアとして利用した製剤や、原薬の結晶をナノメートルサイズに制御した医薬品など、主として薬物の体内動態を改善する目的で用いられる。
- *注3:探針形状特性曲線:
- カンチレバーで線サンプルをなぞることにより得られる探針幅を横軸に、探針長さを縦軸にプロットした曲線。
- 本研究成果は、以下の研究課題により得られました。
- ・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)医薬品等規制調和・評価研究事業「先端的薬物キャリアを利用した製剤の品質特性評価に関する研究」(代表:合田幸広)(研究開発担当者:加藤くみ子)
- ・日本学術振興会 科学研究費補助金「薬物送達効率向上に向けたナノ粒子の多次元物性パラメータによる細胞との相互作用解析」(研究代表者:加藤くみ子)
お問い合わせ先
研究に関すること
北里大学薬学部 生体分子解析学
教授 加藤 くみ子(かとう くみこ)
国立医薬品食品衛生研究所
副所長 合田 幸広(ごうだ ゆきひろ)
報道に関すること
学校法人北里研究所
総務部広報課
国立医薬品食品衛生研究所
総務部業務課
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創薬戦略部 医薬品等規制科学課